刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第160話

 翡翠色の目は沈んだ色を湛えている。

 柳瀬舞衣は市ヶ谷基地の襲撃者――――すなわち、京都・綾小路の刀使たちの姿に衝撃を受けていた。

 基地の休憩室に繋がる廊下の壁に背中を預け、刀使を辞めるように言った父の危惧を改めて実感した。

 父は刀使であることに、苦言を呈していた。

 それでも自分(舞衣)は刀使である誇りと責務の意識で反駁していた。

 ――――けれども、荒魂でもない「人間」相手に御刀を振るうことに、迷いがないワケではない。これは、訓練ではなく実戦なのだ。

 (…………どうして、こうなったのかな)

 刀使とはあくまで志願するもので、目的は荒魂を《祓う》こと。

 それが、刀使同士で――――しかも真剣の御刀で斬り合う。

 どんなに覚悟を持っていても、嫌悪感だけは払拭できない。

 綾小路の刀使を中心に構成された近衛隊は、最新の情報によれば一部の鎌府女学院の刀使を加え、勢力を拡大させているという。

 

 「それでも、〝刀使〟だから出来ることはある、よね」

 無意識に蛍光灯の点る天井を仰ぎ見た。…………目に眩く、思わず舞衣は顔を顰める。

 

 『舞衣、大丈夫…………?』

 小さく囁くような声で、呼びかけられた。

 声の方向に顔を向けると、廊下の自販機に隠れるようにして少女が顔を半分覗かせていた。

 

 「えっ、沙耶香ちゃん? どうしたの?」

 驚いた様子で舞衣は訊ねた。

 

 「――――舞衣が、何か考えていたから」

 

 (話しかけたかったのかな?)

 舞衣は努めて普段通りの表情を作り、微笑みかける。

 「どうしたのかな?」

 母親のように優しい口調で尋ねた。

 沙耶香はゆっくり自販機から移動して舞衣の傍まで歩み寄る。

 「…………舞衣は刀使としてこの先、どう考えてる?」

  上目遣いで、真摯な眼差しで言った。

 「えっ!? どういう事? なんでそんなことを急に?」

 まるで、先程の懊悩を見透かされているような気分になり、舞衣は思わず焦ったような声になった。

 

 「…………前に、薫に教わった。よく考えて自分で斬るべき相手と向き合うこと。でもそれは荒魂だけじゃなかった」

 

 

 「うん……そうだ、ね」

 苦いものが拡がったような表情で舞衣は同意する。――それも先程まで考えていたことだ。

 

 「……同じ刀使でも、やっぱり違うのかな?」

 これまで自らの考えというモノを埒外にして、ただ己一個を機械の如く駆使してきた幼い彼女は、初めて《自我》の苦しみに藻掻いていた。

 考えたくなかったワケではない。ただ、誰も何も「糸見沙耶香」という少女について真剣に考えて寄り添う事をする大人たちが居なかったのだ。

 

 舞衣は小さく首を振って肩を竦める。

 「ごめんね、沙耶香ちゃん。今回のことは私もよく分からなくないんだ」

 弱々しく微笑みかける舞衣。それが偽らざる気持ちだった。

 「……舞衣でも、分からないの?」

 「うん、わたしなんて何も知らないことばっかりだよ」

 お姉ちゃんとして、できることなら沙耶香の悩みを受け止めたい。けれど、舞衣自身が大きすぎる悩みに対して気持ちの整理がつかなかった。

 沙耶香に対して言いようもない罪悪を感じて、無意識に舞衣は視線を外していた。

 

 「…………だったら、舞衣は一緒に考え続けてくれる?」

 ふと、沙耶香が小さな口を動かし意を決して言った。言い終わってから不安になったのか、美濃関の制服の袖を指先で摘まむ。

 その行動に思わず舞衣は目を瞠った。これまでの彼女では考えられない自発的な考え方と「誰か」を頼りに前に進む意志を示す。

 まるで、本当の妹のようだと思っていた少女の成長に舞衣は言葉に出来ない嬉しさを感じた。

 (沙耶香ちゃんも、藻掻きながら前に進もうとしてるんだ)

 舞衣は自らを勇気づけるように深呼吸をする。

 「うん、考えるね。沙耶香ちゃんがどんな答えになっても大丈夫だから。一緒に悩むよ。だって、お姉ちゃんだもん」

 そう言いながら、袖を摘まんだ小さな手を優しく舞衣が自らの掌で包み込む。

 

 一瞬、沙耶香はどう反応して良いか迷った。しかし、既に言うべきことは決まっていたように、硬い意志の眼差しを向ける。

 「……うん。いまは胸の奥が苦しいけど、……前に進みたい」

 「そっか」

 「……うん」

 そうだよね、と言って舞衣は色素の薄い柔らかい髪を撫でる。小動物のようなかわいらしさを内包した沙耶香は、目を細めて気持ちよさそうに頬を緩める。

 

 

 ◇

 東京。

 街頭の巨大なモニターでは理知的な女性キャスターが、『続いてのニュースです』と読み上げる。

 

 『えー、続いてですが、午後10時ごろに発生した自衛隊市ヶ谷基地の襲撃事件について。この襲撃に関わったとされる刀剣類管理局の維新派、代表の高津雪那氏から、報道発表があるようです』

 

 政府機関などの公式発表がなされる会見場に姿を現した女性は、きわめて画面映えのする所作で入室し、檀上で一礼した。

 それから数秒沈黙を守ったあと、取り囲む記者の呼吸を見計らって、言葉を発する。

 

 『ご紹介頂きました、刀剣類管理局維新派の高津と申します。今回の件について、皆さまに与えました混乱などに対しまして、深く謝罪させて頂きます』

 と、言いながら檀上で頭を下げた。

 それから、間をおいて頭を上げると、前面の記者たちに挑発的な視線を向けた。

 『――――そして、ここで皆さまに与えました誤解や不安を解消させるために説明責任を果たしたいと思います』

 

 

 

 

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