刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第161話

 朝。――――極東の島国に新たな陽が昇る。

 やはり、早朝の空は未だに白く、冬の乾いた空気は冷たく辺りに滞留していた。

 「……んっ、もう朝、か」と、可奈美が呟く。

 宿舎の玄関から一歩外に出れば、基地敷地内の歩哨任務を行う自衛隊員たちの姿が多く確認できた。

 

 しかし、昨夜と違い特別祭祀機動隊――――通称『刀使』の姿がみえない。

 

 昨夜、突如強襲を仕掛けた『刀剣類管理局維新派』を名乗る刀使の部隊が、自衛隊基地を守備する刀使と衝突した。……その結果、多数の負傷者を出した。

 本来彼女たちの役割は異形の化け物、《荒魂》を祓う存在である。

 現在関東一円で多発する荒魂討伐のため、伍箇伝より刀使の増援を募った。

 

 荒魂に唯一対抗できる存在である彼女たち、刀使は貴重な戦力である。それを温存するため、刀剣類管理局の指示により、早々に歩哨などの警戒監視任務から刀使たちは除外され、今は官庁が保有する宿舎や仮眠室などを利用して休息をとっていた。

衛藤可奈美もまた、例外ではない。

現役でも最高戦力の一人として数えられた彼女は、ものの数十分で警戒監視任務から除外され、そのまま半ば強引に仮眠を取るように命じられた。

タキリヒメとの会話/剣の道を究めるという事/《孤独》への恐怖/強さへの渇望/失うことの恐怖…………。

様々な思考が巡り、結局一睡もできなかった。可奈美は目の下にクマを浮かべながら、眠くもない目を擦る。

「頑張らないと…………」

自分がもっとしっかりしないと何も守れない。

思い詰めた顔で自らを戒める。

ふと、眩い太陽の光線に目を細めた少女は手で陽光を遮り、東の方角を窺った。四角いビルの尖塔群から姿を見せた完全な円形は、全てを照らし上げてゆく。

 

 甘栗色の髪は厳しい風に浚われ、乱れた。

 美しい琥珀色の瞳は形容しがたい感情を裏に隠したまま、柔和な下唇は薄い桜色を淡く色づく。太陽に背を向け歩き出す。

 いま、左手の中で感じられる御刀《千鳥》を収めた朱塗りの鞘だけが、可奈美に安心を与えた。

 

『――――可奈美』

 と、凛とした声が聞こえた。

 振り返ると、濡羽色の長い髪を流麗に流した少女が佇んでいた。

 「姫和ちゃん。どうしたの?」

 「い、いや。……昨日は、その…………よく眠れたか?」

 「うん、哨戒の任務は途中で外されちゃったけど、おかげでぐっすり眠れたよ」  

 「…………嘘をつけ。お前の目の下にクマができてる」

 「えっ!? 本当?」

 慌てて顔をペタペタ触れた。

 「馬鹿者。どうせ、ロクに眠ることも出来なかったんだろう」

 「えへへ……ばれちゃったかー。うん、本当は空き時間にも剣の練習したかったんだけど、流石に宿舎の中だと制限も多くて……えへへ」

 「まったく。そんな事だからお前は剣術バカと言われるんだ」

 「むーっ、姫和ちゃんひどいなー」

 「事実だ」

 むーっ、と頬を膨らせたまま可愛らしく睨んだ可奈美は、やがて「ふふっ」と笑い始めた。

 釣られて姫和も微笑を零した。

 「えへへへっ」

 「ふっ、まったく」

 二人はそこで初めて、お互いの視線を合わせた。

 たった数時間しか離れていないのに、まるで長い時間が経過したようだった。

 

 「ね、姫和ちゃん。せっかくだから一緒にご飯食べようよ」

 「そうだな」

 「――――その後は手合わせして欲しいなー」

 「まったく、お前は懲りないヤツだ」

 「……うん。そうだね」

 「解った。少しだけだぞ」

 可奈美は嬉しそうに頷いて「ありがとう姫和ちゃん」と満面の笑みでお礼を言った。

 「ほら、行くぞ」

 切り揃えられた前髪を右手で梳き、ローファーを鳴らして歩き出す。

 そんな姫和に、

 「…………何があっても、前に進もうね」

 と、語り掛けた。

 言葉に反応するように肩越しに顔を向けた黒髪の少女は、複雑な表情で首肯する。

 「そう、だな」

 

 

 ◇

 STT(特別機動隊)の食堂では、昨夜の会見を特集した朝のワイドショーがTV画面を通して放映していた。

 

 

 刀剣類管理局の維新派、首魁の高津雪那。

 まるで、舞台女優のように堂々とした立ち振る舞いと、記者からの質問をそつなく対応する姿は、優秀な人間であると印象付けられた。

 無数のフラッシュを焚かれても一切動じる気配がない。……むしろ、人々の注目が自身に集まっていると理解してか、大胆にも笑みを浮かべる余裕もあった。

 

『高津代表に質問です。刀使を軍事利用する、あるいは利用されるという懸念も一部では持ち上がっていますが』

 

『お答えいたします。まず、我々はあくまで警察権の一部を有する組織に過ぎません。人間同士の戦力として考えれば、論外です。あくまで刀使は荒魂を祓う存在に過ぎません。むしろ如何にして軍事利用をできるか。根拠のない憶測は、悪意のある風説と同じです。我々の役割は、改革です』

 

『改革、ですか。具体的にお願いします』

 

『現在の刀剣類管理局はあまりに、不透明です。例えば昨日も八丈島から銚子沖の間を航行する米国籍の潜水艦がありました。――――しかし、我々維新派の調査によれば、本来は米国籍ではなく、不審船として処理される筈だった。なぜ急に、米国籍の潜水艦となったのか? 原子力潜水艦と刀剣類管理局は、通信記録を辿ると連絡をとっていた。……不審な点はいくつもあります。このような不透明さのまま、一般市民を守れると思われますか? また、記憶に新しい「鎌倉特別危険廃棄物漏出問題」について、全く説明責任を果たせていません。どこに、そんな組織を信じるというのです? 我々は必ず説明責任を果たし、皆さまの信頼を勝ち取ります』

 

 一度も言い淀む事もなく説明する雪那の気迫に押された記者たちは水を打ったように静かになった。

 

――――会見場は、いつしか独壇場となっていた。

 

 

 ワイドショーでは、コメンテーターやアナウンサーが映像について様々に語り合っている。

 

 

 

 モニターのある食堂は俄かに、活気づいていた。

 朝の訓練を終えたSTTの隊員たちは様々な意見を言い合いながら会見の様子について、感想を話しあっていた。

 皆、様々な意見があるにしろ、まるで茶化すように軽い気持ちで隊員たちは語り合っていた。

 

 

 しかし、ただ一人だけ真剣な様子で画面を見ている男がいる。

 彼、STT隊長(D部隊)の田村明は冷水を呑みながら画面を睨む。

(まったく、ふざけてやがるッ!)

 肚の底から怒りを抑えながら明は暴発寸前の苛立ちを呑み込む。

 色々と高津雪那という女性について言いたいことはある。しかし、何よりも舞草の里襲撃の作戦に関わっていた可能性がある…………そう聞くだけで、明は冷静ではいられない。

 

 あの時、STTという駒として刀使に銃口を向けようとしていた。

 

 本来守るべき人々に向けた銃口の行く先が、罪のない人々だった。

 

 維新派を標榜する彼女は予め用意していた動画を使い、〝近衛隊〟と呼称される部隊の説明を行っていた。

 

 しかし、明には細かな説明など意味がない。

(――――要するに新しい手駒って事だよな)

 以前の自分たちと同じように、今度は異なる手法で彼女たちは駒を用意した。そして、「命令」するだけで、近衛隊の刀使たちは刃を向ける――――たとえ同じ刀使であっても。

 

「クソが」短く吐き捨て、明は煙草を吸いに外へ出ようとした。

 

 出入口でちょうど、同僚と鉢合わせした。

「おお、どうしたそんな怖い顔して?」

「なんだ、お前か――――いや、コレだよ」

と、言いながら煙草を吸うジェスチャーをした。同僚の男は「ああ」と納得して破顔する。同僚の男はふと、明の背後で流れるTV画面の映像を一瞥した。

「昨日の会見だなー。まったく、俺たちに関係ない話だといいんだがなー」

「フン」

「どうした? 機嫌悪いのか?」

「さぁな」

「しかし、どちらにしても、刀使に銃口向けろって命令だけはイヤだなー。ほら、俺娘いるじゃん? まだ小さいけどさ、でもなんかさー。嫌だよ。本当に。命令ってヤツは仕方ないのは頭で分かってても、なんか嫌だな」

「……だな」

「願わくば、平和であってほしいなー」

「じゃあ、煙草行く」

「ああ、呼び止めて悪いな」

「いや、いいさ」

 

 廊下を歩きだした明は両手をポケットに入れ、喫煙所へと赴く。

 

 ――――あ、そうだ。

 と、背中の方から思い出したような声音が聞こえる。

 「おーい、明」

 「っち、なんだよ?」

 不機嫌そうに返事をした明に、同僚の男は煙草を吸うジェスチャーをしながら、

 「禁煙するつもりないのか? 年とると色々不便だぞ」

 「馬鹿いうな。俺は毎日禁煙してるんだ」

 「禁煙と一緒に喫煙できるなんて器用な奴だな」

 「そうだな。口と鼻の孔があるから吸う時と吐く時は別々にすればいいんだ。お前こそ飲酒はいいのか?」

 「俺も同じもんさ。口から酒をいれて、同じ口から戻せば禁酒できるんだ」

 

 「ったく、ロクでなしだな」

 「お互い様だろうに」

 肩を竦めて男たちは皮肉な笑みでお互いの変わらない馬鹿さ加減を確かめあった。

 


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