その日、冬の到来を告げる木枯らしが吹き、都心には寒波の訪れを予感させる分厚い鉛色の雲層が空を覆った。
十二月某日。年末商戦にむけた商品広告や人々の賑わう喧騒が渋谷の中心にあった。スクランブル交差点では、行き交う人々の雑踏に紛れ、大音響で広告の音楽が流れ、大画面のモニターにはCMが放映されていた。
クリスマス、そして年末年始。
イベントを迎えるために浮かれ、忙しく歩く足が無数に舗道を埋め尽くす。まさに「群れ」と形容するに相応しい様子だった。
《道玄坂》方面から冷やかな眼差しで交差点を眺める人影があった。
〝ニエ〟
と、呼ばれる少年だった。
腕組みをしながら人間たちをまるで虫けらでも見るように見ていた。
その彼の外見は印象的であり、新雪のように白く、髪や肌、全てが「白色」で統一されていた。唯一、その瞳だけが真紅である事で神秘的な雰囲気を醸し出していた。
薄い唇をニィ、と不敵に歪めて交差点の方角へと歩き出した。
――――ニエ、はその肌と同じ白地のフード付きマントを翻しながら歩を進めた。
その右手には円形の…………ダークリングと呼ばれる器具を握りながら。
ニエの左耳にはインカムが付いている。
『定刻になれば、発動しろ。いいな?』
インカムから男性の声が聞こえた。彼の指示を当然のように頷き「解りました」と返事をしながら顎を上げてモニター付近にあるデジタル時計を一瞥する。
午前十時半。
あと、数分。その時間でこの「リング」を発動させる。
ニエの左腕には、異形の腕が掴まれていた。肘から手先までの部分を持ったニエは、リングの持ち主だった「ジャグラー」と名乗る異星人の腕を切り落とし、リングを奪い取った。
本来、彼はこの次元の住人ではない。しかし、タギツヒメの策略により『ある媒介』を使用し、異次元より召喚させられた。
…………その目的は単純明白である。百鬼丸を抹殺させるために呼び寄せた。
彼は自らの奪われた四十八箇所を奪った荒魂たちを討伐するため、その元凶となったタギツヒメを討伐するために行動している。
百鬼丸の存在を恐れたタギツヒメは異世界より、戦力を揃えようとした。
(あんな存在は、我々と比較しても恐れる存在ではない――――。)
ニエは苛立つ。
あまりに、他の連中が百鬼丸という存在を恐れすぎている。能力でも性能でも「我々」の方が上なのだ。
――――――と。
ニエの頬に冷たい感触がした。ふと、曇天を見上げると、ゆらゆら綿片のようなモノが降ってきた。
東京都心では珍しく、小さな雪が降り始めていた。「雨」と「雪」の中間に位置するような白い断片が僅かに街を濡らしてゆく。
渋谷の街を行く人間たちは上空を仰ぎ見ながら、口々に嬉しそうに喋っていた。
『ニエ。時間だ。やれ』
インカムの男性は無感情な声で命令を発した。
ニエは多数の人間がすれ違う交差点の中心地まで辿り着くと、フードを払う。純白の長い髪が外界に露出した。
その透明度に彼の傍を通った人間たちの視線を奪い、一身に注目を浴びる。
ジャグラーから切り落とした腕をリングの持ち手部分に触れさせながら、〝ある怪物〟の名前を頭の中に思い浮かべた。
「――――――。」
ニエが声を発した瞬間、半径十五メートル範囲では強烈な閃光が拡がる。その眩さは網膜を焼く錯覚を周囲に与えた。
一〇時三十五分、ここから世界に終わりを告げる一連の序曲が始まった。
のち、この渋谷を中心にした混乱を「渋谷巨獣事件」と呼ばれる惨禍として語られることになった。