刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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――――この門を潜る者、一切の希望を棄てよ


     ダンテ・アギリエーリ『神曲』



第163話

 二〇一八年、一〇月五日。

ハップル宇宙望遠鏡が補足した地球外の画像には、不思議な軌道を描きながら地球に接近する飛星が確認された。この星の出現は全くの予想外であり、地上の観測者たちは軌道計算ではあり得ない動きに驚愕しつつも、地球の最接近までに五〇年はかかるため、即自的な対応を見送った。

 

ちょうど、この時HST(ハップル宇宙望遠鏡)は旧式のジャイロが以前の故障部分と合わせて3基が完全停止した。以後は改良型のジャイロを用い、HSTはセーフモードへ移行した。

 

それから2か月後。

 

 

 現在から数えて6600万年前、中生代。

 この時期はちょうど「恐竜」と呼ばれる巨大生物たちが地上を支配していた。

 人の祖先となる生物は非力であり、巨大生物の足下を身を竦めて素早く走り回る存在に過ぎなかった。

 二酸化炭素濃度は今よりも濃度が高いと考えられ、しかも太陽光は現在よりも弱い……いわゆる『暗い太陽のパラドクス』などの問題があるにも関わらず、巨大生物たちが陸海空で繁栄を謳歌していた。

 

 しかし、巨大生物はある時期を境に、姿を消した。

 

 そんな生物の系譜上途絶えたと考えられた〝怪獣〟が21世紀の地上に姿を現した。

 

 その名を「バラゴン」と呼称された、その生き物は恐竜たち巨大生物たちと同様に地上から姿を消した筈だった。

 

 …………その筈だった。

 

 のち、「獣害検証委員会」の資料によれば、身長26メートル、体重は245トン。

 紛れもない、悪夢のような怪獣であった。

 

『ギァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』『ギャオオオオン、ギャオオオオオオ!!』『ギャオオオオン』

 

耳を劈くような激しい咆哮が、十二月の東京都下の空に響き渡った。ある生存者の証言によれば、怪獣は天空に向かい七度吼えたという。

 

奇しくも、黙示録に登場する破滅のラッパも七回吹かれると、この世の終わりを示すと伝わっている。……しかし、この化け物には人の考えなど及ばない。

 

暗褐色の皮膚は硬い岩を連想させ、巨大な頭部の鼻上には光る角が禍々しく輝いた。突如、渋谷のスクランブル交差点に出現したこの怪物は、まず、地底から凶悪な前脚と頭を出した。アスファルト舗装された道路は瞬く間に破壊され、すり鉢状に陥没した地形は、多くの人々の逃げ場を塞いだ。

 

 

日本における獣害被害で、有名なものは「三毛別熊事件」がある。死傷者合わせて10名近い被害を出した国内最大の獣害事件の羆は、体長2・7メートル、体重340キロにも及ぶ。

 

しかし、件のバラゴンはそれよりも遥かに巨大であった。

 

 この悪夢のような怪獣が出現した時、既にバラゴンは新鮮な「肉」を求め、逃げ遅れた人々へと凶悪な牙を剥いた。事件発生から僅か2分の出来事である――――。

 

 

 渋谷警察署では当初、この怪獣が「荒魂」であるとの判断を下し、STTの支援要請と刀使の応援を求めて連絡をとり、一般市民の避難誘導をするべく、警察官を出動させた。

この日、すぐに動員できる限りの警察官約50名近くを招集し、スクランブル交差点方面へと向かわせた。

 

合わせて、ハチ公前の広場には交番もある。

交番から現状把握をしつつ、荒魂からの災害対策へと切り替えようとしていた。

――――ただし、それが荒魂であれば、意味のある対策であった。

 

 

長い年月を地下で過ごしていたバラゴンは、本来の肉食性の性質に従い、新鮮なたんぱく質を貪り食らう。

 

 バリバリ、と太い木枝を無数にへし折るような不気味な音が重なり合う。阿鼻叫喚すらも聞こえぬ程、盛大な咀嚼音だった。食事を終えたバラゴンがゴクリと嚥下するまでに「悲鳴」は全て呑み込まれていった。

 下顎に滴るどす黒い血は、唾液と混ざって粘性の高い液体として赤い糸を引いた。

 

 『ギャオオオオン!!』

 

 バラゴンの鋭い牙の間から、人が助けを求めて伸ばしたはずの腕〝だけ〟が見えた。しかし、歯に挟まっただけの腕はすぐに、地面へと吐き捨てられた。

 

 グチャッ、と湿った音を響かせながら、千切れた腕は無残にも地面に転がる。

 

 バラゴンは巨大な眼球をギョロ、ギョロ、と動かして周囲の気配を窺う。完全に捕食者であり、この地上で「人種」よりはるか上位存在であることを示すように、埋まっていた下半身を無理やりに抜け、地上へと完全に乗り出した。

 

 

 荒魂の発生時マニュアルは全ての官庁、自衛隊・警察などに配布されていた。そのため、特別祭祀機動隊との連携を速やかに行う事ができた。

 しかし、事件後の検証委員会の議事録では明確に「荒魂と誤認した事による重大な初動対応のミス」と記されていた。

 

 

 

 

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