刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第164話

 百鬼丸が戦うのを、燕結芽はただ見守ることしかできなかった。否、正確に言えば余りに短い出来事に介入する余地が無かった。

ただでさえ、轆轤秀光という男によって「治療」された後である。病み上がりの病人のような体力では加勢したくても不可能だった。

 

 結芽は刀使として、優れた剣士として、幼いながらも戦闘力は多くの人に評価されてきた。――しかし、百鬼丸と御門実篤の戦いだけは違う。他の何者も寄せ付けない「生き様」と「生き様」の対決だった。

 

「百鬼丸おにーさん」

 幼い胸に、去来したのは悲しさだった。

 

 異形の者同士のぶつかり合いを初めて目の当たりにした。こんなに悲しい存在同士がぶつかることにショックを受けていた。

 

 仄暗い闇と微かな灯りに時折、閃く剣戟の火花。

 決して地上の日の光を浴びることのない者同士の命のやり取り。

 戦う事でしか「自身」の存在証明をすることができない存在。

 かつて、そんな生き様をしてきた結芽にとって、胸の締め付けられるような光景だった。

 

 

 ◇

 

三分三十二秒。

 それが、御門実篤と対話し命を奪うまでの時間だった。

 七〇と余年に及ぶ地下での戦いを終えた一個の男は、全てをやり終えたように静かに死んだ。

 「もう、アンタは戦わなくていいんだ…………」

 百鬼丸は石化した《地下の番人》に語り掛ける。

 長い前髪を垂れ、表情を隠しながら少年はうつむき加減に実篤という男を偲ぶ。

 もし、人の一生というモノが《運命》によって定められているならば、生きる道筋から逃れる事は出来ない。

 それでも、己の役割を最後まで忠実に果たした男に、百鬼丸は複雑な感情を抱く。

 

 …………どうして、運命に忠実に従うことができたのか?/なんでおれに誰かを守れと言ったのか?

 

 「チッ、柄にもなく考えるのはヤメだ」

 悪態をつきながら、石像――――と化した実篤の分厚い胸板に深々と突き刺さる左腕を引き抜こうとして左腕の刃に目線を向けると、気が付いた。

 「この《無銘刀》はもう使えないな…………」

既に何ら神性すら帯びず、単なる鉄の塊となった刃が百鬼丸の顔を反映させた。

 その疲労しきった顔に、思わず自分自身で笑いたくなるくらいだった。

 

 

 

『…………ッ、殺すならば殺せ! その左腕でなァ!!』

突然に柴崎岳弘――が叫んだ。

 

 彼の切断された腕の部位からすでに、黒い色と橙色のラインが幾重も血管のように走った歪な形の腕が生えていた。

 

 岳弘は両膝を地面について、激痛に呻きながらも憎悪の塊と化した怒声で百鬼丸を挑発する。

 

 憎しみきった岳弘の視線の先には、巨大な石像の胸に刃を貫いた状態で数十秒動きを止めた少年が居る。

少年は微かに横へ顔をむけた。

 「――――悪いけど、この刃はもう使えない」

 そう言いながら、百鬼丸は二の腕から肘の部分で装着していた金具を右手の指で外し始めた。

 日本刀における、《茎》と呼ばれる箇所を左腕から滑るように取り外す。

 普段は柄巻きなどに覆われている部分である。目抜き釘の孔に嵌っていた最後の金具を抜いて、ゆっくり、――――無銘刀を引き抜いた。

 

 既に刃からは何の神性も感じられず、単なる金属の塊という印象しかない。

 役割を終えた刀剣は、静かに石像の胸に刺さったまま、これまでの激戦を偲ばせる刃毀れなどは一切見当たらなかった。

「……お疲れ様」百鬼丸は、幼い時から共に戦ってきた友に語りかけるように囁く。

 それから首を岳弘の方角へ巡らせ、口を開いた。

「アンタの構えた銃、実弾入ってないよな?」

「――――っ!?」

 岳弘は弾かれるように驚いた。

「アンタは最初から誰も殺すつもりはなかったんだよな? ……だからと言ってアンタをブチ殺さないワケじゃない。――――なんでおれがアンタを生かしているか、自分でも解らなかった」

 

「どういうつもりだ? あァ?! おい、上から目線でお説教か? お前がいままで奪ってきた命と同じようにオレを殺せッ!! さもなくば、お前を……」

 

「殺す、って? 違うよな。アンタもう本当は動けるよな? でも反撃もしない。なんでだ?」

 チラ、と目線で切断した腕から銃が消えている事を暗に示す。

「チッ、鋭いガキだなァ…………テメェの脳みそをブチまけるチャンスだったのによォオ」

 左腕が後腰のベルトに挟んだコルトパイソンの銃把に手をかけていた。

「アンタもおれの肉体を喰った奴でいいんだよな?」

「お前の肉体かァ――――ああ、そうだな。うまかったぞ。特に純粋な赤子というのは汚れなく、柔肌で美味い。あははは」

 

 「――――そうか」

 少年はそれだけ言うと、瓦礫の山から下りて岳弘の方へ距離を詰める。

 感情のない目で、百鬼丸は地面に膝を屈した男を見下す。

 百鬼丸は、腰に佩いたもう一つの刀――――オリジナルの《無銘刀》の柄に手を乗せる。

 男と同じ目線になるように膝を曲げて、少年は鋭い眼差しで真っすぐ見据える。

 「なんだァ? 刺殺か。はっ、芸がないがマアいいだろう。やれ!」

 不遜な態度で岳弘は百鬼丸を罵倒する。

 しかし、一切の反応をせずに少年は岳弘の耳元へと顔を近づけた。

 『――――、――――……………。』

 ぼそぼそ、と何かを小声で早口に喋っている。

 岳弘は百鬼丸のいう言葉をはじめこそ、馬鹿にして聞かなかったが、暫くすると彼の言葉の真意を理解して――――思わず「お前、正気か?」と訊ねた。

 むろん、少年が正気である筈がない。――――修羅道の体現者となりつつある彼には伊達や酔狂こそあれど、正気というブレーキが無かった。

 

 

 最後に数語言い残して、百鬼丸は岳弘と顔を合わせ、莞爾と口を曲げた。

 「――どうだ? アンタにしか頼めないことなんだが、やってくれるか?」

 呆気にとられていた。柴崎岳弘という存在を騙った荒魂は、この目の前の少年に、畏怖すら感じていた。

 「お前は本当に正気じゃない……おかしいんだ」

 「ああ、おれはとっくにオカシクなってんだな」

 岳弘の肩を二三度叩くと、そのまま踵を返して歩き去ろうとしていた。

 「おい、お前。背中から撃たれる心配はしないのか?」

 肩越しに振り向いた百鬼丸は――――、獰猛な皺を眉間に刻み、

 「やるならとっくにアンタの首を刎ねてるよ」と、言い残した。

 

 

 殺されずに残された岳弘は、しばらく少年の背中を眺めながら彼が耳元で語った内容について、丹念に咀嚼するように考えを巡らせた。

 

 ◇

 

 

 「うへぇ、疲れた…………」

 ふらつく体と滲む視界の焦点を必死に合わせながら、百鬼丸は溜息を零した。

 

 『百鬼丸おにーさん!!』

 背後から幼さの残った声で呼ばれた。

 声の方に振り返ると、燕結芽が居た。彼女は戦い終えた少年に歩み寄ろうとしていた。

 「来るなッ!!」

 「――――ッ、」

 突然、大声で叫んだため結芽は一瞬、驚いて立ち止まった。

 「なんんで……? どうして?」

 さきほどまで、あれほど優しかった百鬼丸に拒絶されたと思った結芽は、悲しさを押し殺したような表情で瞳を動揺させた。

 

 「ごめん。いきなり大声で。……けど、悪い。おれさ、滅茶苦茶汚れてるからさー。汚いんだぜ、あははは」

 誤魔化すように空虚な笑いで肩を竦める。

 「き、汚くなんてないよっ!」

 「…………ありがとな。そんでごめんな。もう、おれに近づかない方がいい」

 「分からないよっ、どうして……? 私のこと嫌いになったの?」

 「――――結芽はさ、将来どうなりたい?」

 「…………? 急にどうしてそんなこと聞くの?」

 「お願いだ。おれに聞かせてくれ」

 「……分かんないよ、だってそんな事考えたことなかったし――――それに、将来のことなんて考えても辛くなるだけだから…………」

 「もう今の結芽なら大丈夫だろ」

 「うん、でも……分かんないよ」

 「おれさ、お前にはもっと楽しく生きて欲しい。こんなどうしようもなく、闇の沼みたいな所に居る存在とは違う、しっかりとした陽の光を浴びた世界で生きて欲しいんだ」

 「そんなことない! 百鬼丸おにーさんは…………」

 「ありがとな。でも聞いてくれ。あの日――――、折神家に襲撃した夜、お前が死にかけた時さ。偶然お前の記憶を見ちまったんだ。夜桜のもとで、親衛隊の連中と楽しくやってる映像がさ、見えたんだ。本当はああやって笑っている顔が一番いいんだって。そう思ったんだ。――だからおれみたいな、ヘンテコな生き物と出会ったこと自体が不運だと思う。……そこは、悪いと思っている。でも、まぁそんなヘンテコな生き物を慕ってくれたからさ」

 喋りながら、百鬼丸は暗闇の中へと逃れるように歩き始めた。

 「化け物からのお礼だと思って、〝寿命〟をキチンと使い切ってくれ」

 少年の淡々とした口調を聞くたびに、結芽は彼と出会い剣を重ねた記憶が次々と思い浮かび、どうしようもない感情に襲われた。

 

 「……そんなことないよ。だって、ここまで私を助けに来てくれた」

 

 「そういや、そうだったな! あははは、そうだ。助けれたか分かんねーけどな! おい、真希、寿々花! くたばってないよな?」

 

 結芽から一八メートル離れた位置に、満身創痍の元親衛隊、一席と二席に向かって呼びかけた。

 

 「ああ」

 「ええ」

 両名共に、頷く。

 ふたりは百鬼丸と共に結芽を助けるべくこの場に来たのだ。彼女たちも結芽と同様に、疲労と怪我によってその場を動くことが出来なかった。

 《あとのことは、頼む》

 テレパシーで百鬼丸は真希と寿々花に意志を伝えた。

 目まぐるしく状況が変化しており、真希も寿々花も頭が追い付いていない。現状把握が難しいなかで、更に追加で百鬼丸の伝言に、頭が混乱して理解できなかった。

 それでも彼が懸命に伝えた言葉には、重みがあった。

 

 

 「君の意志を尊重しよう」真希が、闇に隠れた少年に同意した。

 「…………最初、出会った時は正直、わたくしは貴方が嫌いでしたわ。それでも、誰かを守るために戦える姿には、少しだけ憧れを感じましたわ」

 寿々花は瓦礫と土砂に汚れた頬を手甲で拭い、ワインレッドの毛先を指先で摘まんで弄ぶ。

 

 《もっと褒めてくれてもいいぞ》

 

 「ふん、あまり調子にのらない事ですわ」

 「君は……もうどこかに行くのか?」

 真希が何かを察したように尋ねる。急いでいるような、そんな態度を感じたのだ。

 

 《うん、まあな。また殺し合いだぜ!》

 努めて明るい口調。

 

 「……そうか。ボクが言える立場じゃないが、君の生き方はかなり不器用なんだな」

 

 《あはは、確かに真希には言われたくないですなー。…………多分、アンタたちとはここでお別れだ。だから、お願いだ。おれの存在は綺麗に忘れてくれ。それだけが、おれの望みだ》

 

 「「――――――。」」

 

 真希も寿々花も、両名は理解した。彼は本当に二度と自分たちの前には現れるつもりはないと。

 

 

 

 「ねぇ、百鬼丸おにーさん、どこ? いまどこに居るの? 返事してよぉ、どこ? ねぇ? どこ?」

 まるで幼い子供のように百鬼丸を呼び続ける結芽。彼女にはテレパシーを通しておらず、二人との会話が聞こえていない。

 

 「ああ、悪い悪い。寝てた」

 「…………ッ、ばか! おにーさんのばーかっ!」

 「うひひっ、おっかねー。じゃあ、行くよ。あばよ、結芽。元気でな」

 

 「ねぇ、待って! 置いていかないで…………もう、私を見捨てないで……」

 

 《お前はもう一人じゃない。親衛隊の連中がいる。お前はここまで頑張った。きっと、もっとお前を大切にしてくれる奴がきるさ》

 

 「どうして、百鬼丸おにーさんは一緒に居てくれないの?」

 

 《…………――――。もっと強くなったらな。相手してやるよ。それまで待ってろ。あとガキんちょに興味はねーんだ。グラマーボディーの美女がおれの好みだからなー。へへっ、すまんな》

 

 「……じゃあ、なる」

 

 《――へっ?》

 

 「私、もっと強くなってすっっっごく強くなって、それで、ぐらまらす――なんとかになって、百鬼丸おにーさんを見返すからっ!!」

 

 《おー、そうか。そりゃあ楽しみだなー》

 

 「それでも戦ってあげないけどねー♪ どう? 悔しい? ねぇ?」

 

 《あはは、そうだな。悔しいな。ちくしょう、未来のグラマー美女にフラれちまったかー》

 

 「……うん。もう百鬼丸おにーさんなんか相手にしてあげないから!」

 

 《――残念だなー。んじゃ、行くわ。あばよ!》

 

 その言葉を最後に、結芽の周囲から少年の気配が消えた。

 

 百鬼丸の気配が消えたと同時に、それまで張り詰め続けた偽りの感情が、糸でも切れるように途切れて緩んだ。

 

 幼い少女はその場に膝から崩れるようにヘタりこんで、込み上げてくる悲しさと寂しさを押し殺すように「……うそ、だから。百鬼丸おにーさんといつでも戦ってあげるから」と、小さく誰にも聞こえないように呟いた。

 

 

 

 ◇

 

 少年――――百鬼丸は、地面に投げ捨てた義手を回収して地上へと向かう事にした。既に地上には歪な生き物の気配が感じられていた。

 恐らく荒魂の類ではない。

 左腕の刃は既に地下へと置いてきた。頼れる武器は初代百鬼丸の用いた《無銘刀》であり、魑魅魍魎を多く切り伏せた危うい武器である。

 

 この武器は、異形の生き物の血を好む魔剣となり、持ち主すら蝕む恐るべき武器となっていた。

 

 しかし、今の彼には諸刃の剣として、左の腰に佩き携えている。

 

 

 黒いタンクトップは土泥で汚れ、軍用ブーツも底が擦り切れている。一見して浮浪者のような風体にすら見えた。

 

 それでも百鬼丸は歩みを止めず、地上を目指して長い上り階段を駆けあがる。

 

 「待ってろ糞野郎ども。おれがこの手で全部ブチ殺してやるからよォ!」

 爛と光る両目には、闘志の炎が漲っていた。乱雑に後ろ髪を布切れで結び直し、地上を目指す。

 

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