都市圏を緻密に敷設された鉄道網は完全に打撃を受け、大規模な交通麻痺を起こした。更に間の悪いことに日本周辺を巡る各国の領海・空侵犯によって内閣府は処理容量をオーバーしていた。
国家の中枢は冷静な判断を下せない状況に陥った。
ボクシングなどで一般的な無力化の手法「脳震盪」を引き起こされた、と考えて良い。
都心は甚大な被害を受け、経済的損失ではこの一日だけで数千億以上にも及んだ。
1
怪獣の出現以降、迅速かつ厳重な交通規制が警察庁から敷かれた。
そんな警戒網をお構いなしに、常識を逸した移動を繰り返す百鬼丸は、バイクを乗り捨てる事に決めた。
背中には剣袋に模した細長いシルエットがある。ブルーシートで包んだ刀。それを乱雑に余ったワイヤーで胸前に結んでいる。簡単に解けないか確認したあと、ステップから足を離して座席部に直立した。
kawasaki ninja400は、不安定に車体が左右に揺れ始める。
濛々と煤煙を吐き出し続けた気筒からピタッ、と煙が止まった。
そして、案の定バランスを失ったバイクは左側へ大きく倒れた。派手に火花を散らしながらアスファルトと摩擦して赤白いスパークを放つ。
エンジン周辺のメタリック部分が悲鳴を上げるように地面を滑ってゆく。そのまま、縁石ブロックに沿うようにバイクは滑り、車体が一回転した後ガードレールに衝突し、グニャリ、と溶けたチーズのように柔らかく変形した。滑った影響でゴムの焦げた匂いが漂う。
交通規制の影響で道路に人影は無く、ただ車が長蛇の列をつくっているに過ぎない。
バイクを乗り捨てた張本人は二輪が転倒する寸前に加速装置で宙へと姿を消した。
盛大な破壊音を横目に、ビル風に煽られながら肉体が加速の速度に乗り始めるのを実感した。目を下界に向けながら百鬼丸は、
「もうそろそろ、違和感の正体とご対面かな」目標の地点を目指して冷静な口調で言った。
心臓が高鳴る。血が騒ぐ。
殲滅せよ――――。
ただ、戦闘マシーンとして彼は目的地へと赴く。
◇
加速装置で空中移動を行い渋谷に到着した場所がビル屋上の一角だった。華麗にスライディング着地したあと体勢を整えながら立ち上がる。
少年の眼下に広がる光景は、惨禍という状況に相応しい様相を呈していた。
「アレ、か」
目を細めて標的を捕捉した。
左足の太腿から高温の熱気が揺らめき、足裏には白い噴煙の痕跡となる霞みが薄く漂っていた。
ブルーシートを剥ぐ。乱雑に包まれた《無銘刀》の武骨な鞘が顔を現す。
黒瑪瑙の鞘に収まる幅が太く肉厚の刀身。
恐らく平安後期~鎌倉期にかけての産だろう。
幾千万の魑魅魍魎、悪鬼羅刹を切り伏せた《無銘刀》は、それ自身が魔剣として生まれ変わった。――異形の血を求める。
切り伏せるたび鋭さを増す、まさに退魔の剣という名に相応しい。…………だが、常に妖魔を斬る事は不可能。そうである場合、持ち主の生命力を吸い取る悪夢のような対価を要求する。
「できれば使いたくないよなぁ……」
嫌そうにボヤく百鬼丸は、実際にその対価を支払った経験がある。
激痛だけではない。存在そのものを喰われそうな錯覚に陥る、恐ろしい対価を要求する。
しかし、文句は言ってられない。
柄巻きを握り、百鬼丸は横に素早く薙ぐように抜刀する。
キィーン、と金属の共鳴音が空気に響き渡る。かつて、武士同士での戦いに明け暮れたであろう刀身は、異形の化け物に恐れられる刀剣へと変貌を遂げた。
《無銘刀》の「樋」(溝)=血流しには、毛細血管のように赤い筋が幾重も伸びていた。まるで人間の臓器のように生々しく、脈打つようだった。
「――――よしッ」
この《無銘刀》に呑まれぬよう短く自らに喝を入れる。
剣尖を敵の方角に合わせ、首を斜めに動かして睨む。
「ブチ殺してやる」
地上8階のビルから百鬼丸は勢いよくジャンプして屋上フェンスを飛び越え、自由落下速度に身を任せながらバラゴンへと突進した。
2
三白眼の男が、小さな紅の瞳を機敏に動かしながら周囲を窺う。
背中には刀を二振りクロスさせて装備している。鍛え抜かれた肉体は鋼のように強く美しく、箒を逆立てたような剛髪が歩く度に揺れ動く。
マフラーのように赤い布切れが高級な絨毯を敷いた廊下に触れる。
彼は今、刀剣類管理局維新派の本部である東京駅に隣接するホテルに居た。
英雄(ヒーロー)殺しのステイン。
かつて、元の世界に居た時、彼を畏れた世間が名付けた二つ名。
敵の血液を舐めることで、相手の血液を凝固させる…………その能力と超人的な身体能力、熟練した殺人の技術。
そして何より、強固な《意志》こそが、彼の武器だった。
真のヒーローに倒されること。
いわば、思想犯である。
この男は今、元折神家親衛隊の第三席、皐月夜見の護衛まがいのことをしている。
その理由は様々であるが、一番の要因は百鬼丸との再戦にある。
この異世界で初めて出会った骨のある敵であり、まさしく自己犠牲を厭わない相手だった。彼ならば、偽物たちとは違う本当の殺し合いができる。そして、自分(ステイン)を打ち滅ぼすのにふさわしい相手。
それによって、悪が完全に負ける事ができる。
ステインの歪んだ愛情はすでに極北に達していた。
「百鬼丸ゥ、お前は今どこに居る? アァ?」
喉の渇きに似た感覚で宿敵の名を呼ぶ。一度、ショッピングモールでの戦闘で敗れて以来顔を合わせていない。
既に、百鬼丸を殺す準備は整っている。
「体が奥底から疼く。早く殺し合おう。百鬼丸」
ステインは歯を剥き出しに、邪悪に微笑む。
今年中に終わらせるので、テンポよくやっていきたいと思います。