刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第173話

 たまらねぇよなぁ――――自分の生命(いのち)と敵の生命、どちらか一方を奪い合う瞬間ってのはよぉ……………。

 胸の底が疼くんだよぉ、なぁ? 聞こえてるかなぁ? ギャハハハハハハ!!!

 

 1

 額から血を流しながら、飛来するコンクリート破片を避ける百鬼丸。

 無数に襲い掛かる瓦礫の弾丸を寸前で躱し、空中を移動する少年は加速を続ける。時速250~300㎞の速度は人間の小さな体格にとって過負荷である。乗り物のように空気抵抗などを考えられた構造ならば別だが、生身での滑空はそれだけで体力を消耗する。

 しかし、百鬼丸は迷わず加速、加速、加速、と唱えるようにリボルバーを回転させ瞬発的な速度を得る。

 

 

 

 ギャオオオオオオオオオン!! ギャオオオオオオオオオン!!

 

 威嚇するようにバラゴンは吼えた。

 「ぎゃおおおん!!! あっはははは、おい、もっと吼えろよ、ぎゃおおおん!! へへへっ、あはははは!!」

 アドレナリンの分泌が過剰になっているようだ。百鬼丸は既に、高揚した感情のまま戦闘に突入する。すでに始末する算段はついている。あとは体に染み込ませた脳内シミュレーション通りに動くだけ。

 目を大きく見開き犬歯を剥き出しに、一筋の流星の如くバラゴンに近寄る。

 

 ――――百鬼丸の鼻はすでにガスを嗅ぎ分けていた。

 

 バラゴンの地中移動により発生した地層の構造性ガスなど天然ガスが渋谷の中心に漂っていた。しかも、飲食店で利用されていたプロパンガスたちも破けて散乱している。数種類のガスがバラゴンの出現したすり鉢状の地形に充満している。

 

 …………火だ。

 (コイツを一度火焙りにしてみよう。)

 ほくそえみながら、少年は怪獣の悶える姿を想像して、倒せない敵ではないと漫然と思った。

 

 (そいや、こいつ火炎放射すんのかな? …………ま、いいか)

 冷酷なまでの眼差しで未だ非難中の群衆を見下す。百鬼丸の内心では、人々を救うことは第一優先ではない。

 彼はあくまで「刀使」を助けることにのみ注力しており、それ以外の人間が生きようが死のうが構わないのだ…………。

 (自分の気持ちに嘘をつかなくてよかったよ。さっきの連中ども、助けにきた刀使に暴言浴びせてたからな。消えちまっても、おれには関係ないし)

 醒めきった横目で眺めながら、バラゴンの隆起した背中へと着地した。

 百鬼丸は、自らのドス黒い絶望に気が付いた。暗い感情が胸の奥を支配してゆく感覚。

 (おれが普通の人間を助けるのは刀使が、それを優先しているからだ。おれが本当に助けたい訳じゃあないんだよな…………。)

 

 差別、悪意、嘲り、――――人間の負の側面をなるべく意識しないように目を背け続けていた百鬼丸は、しかし、この瞬間から理性の糸を断ち切るように決断する。

 

 「…………おれの力は、刀使(あいつら)のために使う」

 感情の無い淡々とした口調で百鬼丸は、《無銘刀》を振り上げる。

 

 

 

 2

 「いま渋谷で戦ってる人って、百鬼丸さんだよ、ね?」

 可奈美は輸送ヘリの中でS装備のバイザーに流れる情報を読みながら戸惑いの声を漏らした。バイザー越しに、画素の荒い街の定点カメラから映し出された光景を見詰める。

 「信じたくはないが、そうだろうな」姫和が、どこか悔しそうに呟く。

 「…………私、なんだか嫌な予感がする」

 目を伏せながら可奈美は下唇を噛む。

 「昨夜の市谷基地の襲撃といい、連続して大きな事件が発生し過ぎている。誰かが裏で糸を引いていてもおかしくはないだろうな」

 きっちりと切り揃えられた濡羽色の前髪を揺らしながら、姫和が推測する。

 あまりに出来過ぎている。何もかもが都合よく起こっているのだ。

 「姫和ちゃん…………」

 「どうした?」

 「この映像の百鬼丸さん、ううん、何でもないよ。ごめんね。こんな時に声かけちゃって」

 可奈美は曖昧に笑って誤魔化す。

 「いいや、構わない。はやくあのバカを立ち退かせないとな」

 「うん、そうだね。怪獣相手に…………凄いよね」

 「凄いんじゃない、単なる馬鹿者だ」

 「あはは、ひどいなー」

 「いいや、あの男はそれくらい言っても足りない馬鹿さ加減だ」

 「――――姫和ちゃんは、さ」

 「なんだ?」

 「あの日、御前試合で逃走してから百鬼丸さんと一緒に逃げてた時、少しだけ楽しかったよね?」

 「なんだ、こんな時に?」

 唐突な発言に困惑しながら、姫和は頭を軽く振る。

「あの馬鹿者のことは正直、よく分からなかったな」

「……うん、私も全然わからなかった。でもこれから、平和な日が来たらもっと分かり合えるかな?」

「――――さぁ、どうだろうな。でも、さっきの意見には少しだけ賛成だ」

「さっき?」

 長い髪を翻してそっぽを向きながら、

「………………逃走していた時に云々というところだ」弱々しく言った。

  可奈美は桜色の唇を色づかせながら微笑む。

 「うん、なんでだろね?」

 一呼吸おいてから、

 「きっと、みんな分かり合えると思うんだ」

 栗色の髪をふわり、風に流して柔らかな口調でいった。まるで自身に言い聞かせるように。

 

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