刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第174話

 振り下ろした刃先がグサッ、と深くバラゴンの皮膚を破り筋肉繊維にまで到達した。

 《無銘刀》は、水を得た魚のように血管のように幾重も伸びる細筋を脈動させる。

 「たっぷり呑むんだぞ、お前、喉渇いてたんだもんなァ…………」

 残忍な笑みで百鬼丸は、《無銘刀》に皮肉っぽい口調で囁く。

 この刀の恐ろしさは彼自身が知っている。持ち(百鬼丸)もまた、異形の徒であるために絶えず苦痛に襲われる。

 だからこそ武器として使用する今、身をもって威力を実感した刃を大いに振るう。

 曇天から降りしきる細やかな氷雨に全身を濡らしながら、破れた皮膚から噴き出す血液を派手に浴びた。……まるで、泥のように粘つく感触が肌を紅に塗り潰す。

 

 

 首の付け根部分にとりついた百鬼丸は、波打つ硬い皮膚の僅かな隙間目掛け、何度も杭を打ち込むように刃を押し込む。引き抜く度に、苦悶に悲鳴を上げるバラゴンが、上下に運動し、百鬼丸を振り払おうと試みる。

「へへへっ、無駄、無駄だよォ! 低能野郎! お前ごときが好き勝手に暴れやがって――――」

 百鬼丸は握る柄の手応えから、あと少しで首の太い骨に当たる予感がしていた。

 それは、一種の経験則から直感していた。自らよりも大きな獲物を相手にする場合、彼は自然と相手の内部の構造を想像し、刃を体内に通すことで詳細を把握する。

 

 

 《百鬼丸くん、コイツが荒魂じゃないのなら勝機はあるよ》

 心臓の方から助言(アドバイス)が聞こえる。ジョーだ。

 

 「どーゆー意味だよ?」

 《いいかい? 荒魂ならば、物理原則や概念は度外視できる。しかし、普通の生物ならば別だよ。つまり、この巨大生物は自重が枷になっているんだ》

 「はぁ? もっと分かりやすく言えよ」

 《…………竜脚類、つまり恐竜なんかは自分の体が大きすぎて重力に苦しめられてきたんだ。だから、体を軽くする方向で進化した。つまり、こんな巨大生物はね、いいかい百鬼丸くん。骨密度がスカスカなんだ》

 「つまり、脆いんだよな?」

 《流石だ。そう、脆いんだ》

 ニィ、と口を釣り悪戯を思いついた子供のように目が爛と輝く。

 

 刷毛で壁に色を塗る感覚で、百鬼丸はバラゴンの首に刺さった刀を握った侭、真下へと降下した。

 ググググ、と切れ味の増した刃が深々とバラゴンの首を切り裂く。

 

 

 グオォオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 

 耳を貫くような悲鳴が、最大限の音量で発生させた。

 本来であれば分厚く硬い皮膚と皮下脂肪などにより、守られていた筈の首回りが容易く傷つけられていた。

 

 「こんだけ傷つければ十分、かな?」

 百鬼丸は言いながら握っていた刀を両手で掴み、停止した位置から脚部の加速装置から発生する排熱用の噴射機能を用いた。

 すなわち、噴射の反動により、百鬼丸は刀を引き抜き、そのままバラゴンの首から離脱した。

 

 自ら宙に逃げた百鬼丸は、鼻に充満するガスを感じながら最後の仕上げを想定していた。

 

 …………火だ。

 こいつを、サッサと火葬する。

 ふと、百鬼丸はデニムジーンズの尻ポケットに入れたマッチ箱を思い出し、殺す具体的な算段を完成させた。

 

 すでに斬り込みによって首に傷がある。暗褐色の皮膚からピンク色の新鮮な筋肉が蠢くのが見えた。あれだけ傷が視認できれば十分だ。

 

 降下する体には、浮遊感が全身を覆う。

 

 迫りくる地面を冷静に眺めながら、百鬼丸は未だ遅々として進まぬ民間人の避難状況を確認した。

(ま、いいか。こんな奴ら――――)

 生気のない瞳が容赦なく合理的な判断を下そうとした――――刹那。

 

 

 

 

 

 

 『百鬼丸さーーーーーん!!』

自分の名を呼ぶ声が遥か上空から聞こえた気がした。

 

 

 「!?」 

 驚愕に思わず顔を空の方向にやった。

 

 鈍い雲間を飛行するゴマ粒のように黒い…………ヘリの機影があった。

 『いま、助けにいくからぁーーー』

 ヘリの方から少女の声がする。――――否、正確に言えば百鬼丸の耳に声は届いておらず、彼は、少女の思念を受け取ったに過ぎない。

 彼の耳は模造品であり、本来の『声』を聴き分ける事が出来ていないのだから。

 

 (これって、もしかして――――)

 少女の〝声〟には聞き覚えがある。

 

 ヘリがホバリング(空中停止の意)する間に、機影から飛び出す生き物の気配。――――それは、オレンジ色の光跡を曳きながら此方に向かってくる。

 

 ゴゴゴゴ、と空気の抵抗を受けながらも、飛び出した気配は一直線に百鬼丸目掛けて進む。

 「か、可奈美!?」

 百鬼丸は、思わず声を上げた。と、同時に彼は地面に直撃する前に改造した左腕のギミックを活用し、投げた義手が崩落したビルの壁面を穿ち、着地体勢をとっていた。

 

 ――――思考と身体が別々に動く。

 

 そんな器用な真似をやってしまう『己』に一瞬、嫌悪を感じた。これでは自分が人から遠ざかるばかりだ…………、とうに捨てた筈の人への憧憬がまた胸底に兆す。が、軽く頭を振り邪念を払う。

 

 『百鬼丸さん、待ってて! いま、加勢するからぁあ!!』

 鎧のような機械のような装備――――S装備を身に纏った少女が叫びながら、バラゴンと接近する。

 

 (マズい!)

 百鬼丸は直感的に悟った。このままでは可奈美が死ぬ。

 急ぎ納刀。

 壁面を穿った左腕を手繰るように引っ張り、壁の方向へと一時的に着地し、すぐさま加速装置を発動させる。

 カチッ、とリボルバーが回転して百鬼丸の焦りに応じる。

 既に無数の亀裂が走った壁面を足場に加速する百鬼丸。

 弾丸のように勢いづいた彼の体は、狙いを違わず自由落下速度に身を任せる可奈美と距離を縮める。

 

 ボタ、ボタ、ボタ、と赤黒いバラゴンの血飛沫を撒き散らしながら百鬼丸は驀進する。

 

 ――――と。

 

 可奈美と百鬼丸の間にビルや地面の巨大な破片が流星群のように殺到した。目線を下にやると、バラゴンが憎悪の眼差しで前脚を振り回し、障害物を上空へと飛ばしていた。

 

 「チッ、カスが!」短く吐き捨て、器用に体を捻り障害を躱す。

 さらに、加速の噴射煙を大きく蛇行させ無傷のまま障害を回避しきった。

 物理的な距離を縮める百鬼丸の一部始終を見ていた可奈美が、

 「ぇえええ! 凄い!」

 純粋な賞賛と共に、驚きの声をあげた。

 思ったよりも呑気な反応に思わず、

 「いや、そんな場合かっ」

 と、ツッコミを入れた。しかし、垣間見える柔らかな反応に不思議な安らぎを感じた。

 気を取り直すように百鬼丸は息を短く吐く。それから、

「いいから…………」

 いくぞ、と言って彼女を抱きかかえようとした。――――しかし、空中に自らが弾き飛ばす血飛沫を見て――――百鬼丸は気が付いた。

 

 

 全身が化け物の血に塗れていることに。

 

 

 腥い匂いを漂わせながら、赤黒い血液が肌を満遍なく濡らしていた。乾き始めた血液は薄い石膏のように固まっていた。

 「「――――――」」

 ふと、百鬼丸は可奈美と目が合う。

 心配そうにこちらを見る琥珀色の丸い瞳。何にも汚れていない目の光を感じながら、少年は悟った。

 

 (はははは、これだ………これがおれの本性か)

 百鬼丸は自嘲気味に鼻を鳴らし、右手を差し出した。その体を「血」で汚したくはなかった。

 『おれの手を掴め』

 一言、叫ぶ。

 

 少年の一瞬の逡巡する様子に違和感を持った可奈美だったが、黙って頷き手を伸ばす。

 「うん!」

 百鬼丸の手首を掴みながら、可奈美は精一杯の返事をした。

 それから、顔の見える距離で、出来るだけ微笑む。

 (百鬼丸)の悩みに寄り添うことができればいいと思った。

 

 …………だが。

 

 百鬼丸には、少女の笑顔がどこか寂しそうに映った。

 

 

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