刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第175話

 

 

「――――はぁ。まったく、なんでそんな無茶苦茶やったんだよ」

 少年……百鬼丸が問う。

「うーん、なんでだろう? あ、百鬼丸さんが見えたから急いで…………えへへ」

 少女……可奈美は自らの行動に説明ができずに、小さく肩を竦めてみせた。

 

 しかし、百鬼丸は知っている。彼女が単に迂闊な行動をとった訳ではない事を。明るい性格の中に内包する戦闘への鋭い嗅覚を。

 いまの行動にも何か理由がある筈だ――――少年は、頭のどこかで考える。

 十代のうら若き少女が兼ね備えるには不相応な戦士としての素質。どう考えても彼女の能力には辻褄の合わない事が多すぎる。

 以前、彼女の夢の中に入った時にも感じた違和感。……しかし、きっと何らか原因があるのだろう。

そう、百鬼丸は結論づけることにした。

 

 百鬼丸は鋭く目線を怪物にやりながら、

 「こんなノンビリしてる暇ないな。可奈美、他の刀使(あいつら)はまだヘリに居るのか?」

 遠目でバラゴンが痙攣する動きを視認しながら言う。しばらくの猶予ができた、と半ば確信した。

 

 「うん。私が勝手に先行しただけで…………」バツが悪そうに言った。

 

 「いや、そんじゃ好都合だ。可奈美。いいか。お前もこの場から早く逃げろ。アイツを今から火で終わらせる」

 「火?」

 「あいつの周辺にガスが充満している。多分だけど、気化してて引火する可能性が高い。それに破壊された車両からもガソリンが漏れ出してるから、いつ爆発するかわからんぞ」

 口早に説明し、可奈美も避難するように説得する。

 

 栗色の髪を揺らしながら周囲を眺める可奈美。

 「ねぇ、百鬼丸さん。まだ多くの人が避難できてないけど、それを待ってからとか…………」

 「あ、ああ。そうか…………面倒だな。〝そんなの〟」

 少年は感情の宿らぬ暗い瞳で一言吐き捨てた。

 「えっ?」

 可奈美は聞き間違いだと思った。

 「――――どういう意味?」

 聞き間違いでないと思いたい、可奈美はそう思いながら再び問いかける。

 「あ、すまん。そうだな……刀使が避難活動してるから、それが終わり次第だよなぁ、って意味だ。勘違いさせたかも知れないな」

 「そう、だよね。まだ大勢の人が残ってるから……………」

 「ん? 〝そんなの〟気にしなくてもいいだろ。最悪、おれが刀使だけでも――――」

 

 「待って! 百鬼丸さん? どうしたの? おかしいよ。急に……変だよ。なんで逃げている人たちに、酷い言い方するの?」

 可奈美はバイザー越しに、痛ましい表情で訴えかける。

 以前の百鬼丸であれば、少なくとも面倒くさそうに頭を掻きながら「解ったよ」と答えるような不器用な少年だったはずだ。

 ――――ほんの少し、離れただけで目前の少年はすっかり変わってしまった。そんな衝撃的な印象を受けた。

「嘘、だよね?」

 しかし、可奈美の誤解であって欲しいという願いは届かなかった。

 

 百鬼丸は長い前髪を垂らし、表情を隠しながら口を開く。

 「なぁ、可奈美。おれさ。気付いたんだよ。おれの力はさ、刀使の為に使うって。………人間っていう糞な奴らなんて知らない。人を平気で裏切って、自分が正しいと思い込んで、集団で群れて安心しきってるような奴らなんか。死んで当然だ」

 これが、いまの彼の切実な本音だった。

 救助にきた筈の刀使に悪辣な言葉を浴びせ、嘲り、助けられて当然だという反応を示す。彼ら人間は他者を踏みにじって当然だと思い込んでいる。

 いままで必死に目を逸らし続けていた醜い現実を前に、百鬼丸の抑えていた最後の理性の(たが)が外れた。

 

 

 ――――バシッ、と打擲の音がした。

 気が付くと、百鬼丸の頬を可奈美が打っていた。

 「――――――」

 一瞬、何が起こったのか理解できない様子で百鬼丸は可奈美の方を見た。

 「どうしてっ、どうしてそんなこと言うの? 百鬼丸は人を助けてくれる凄い人だって思ってたのに」

 くりっ、とした大きく可愛らしい琥珀色の瞳が真っすぐ真摯な眼差しで百鬼丸を見据える。

 叩いた右手を庇うように左手を包み、やるせない感情を抑えるようだった。

 

 「それは、勝手にそう思ってるだけだ! おれは崇高な奴じゃない!」

 「そんなことないよ! なんで、どうしてそんなひどい事をいうの?」

 

  乾いた喉の粘膜にゴクリ、と生唾を呑む百鬼丸。

 「なんで? 決まってるだろッ! おれは刀使(おまえたち)を守りたいんだ。それだけなんだよ!」

 

 「じゃあ、どうして他の人はそう思えないの?」

 

 へへっ、と百鬼丸は皮肉っぽい引き攣った笑みを口元に浮かべながら逃げ行く群衆の方角を指さす。

 「あんな連中!! 刀使たちが助けに来たって罵声でお出迎えだ!」

 

 

 「そんな人ばっかりじゃないよ、だって…………」

 少女は首を振って否定する。

 しかし、落胆するように百鬼丸は首を振って、

 「可奈美は知らないのか? おれが到着した時には大勢の連中が警察、STT、刀使に文句を言いながら我さきに逃げてた滑稽な姿を!」

 胸が掻きむしられるような感覚で叫ぶ。

 自分たちの事しか考えない癖に、助けにきた人間を蹴落とすような態度。

 百鬼丸という少年の怒りが、ドス黒い憎悪が言葉になって、まくしたてた。

 

 「おれは許せないんだ! ……誰かのために命をかけてるやつらに守られながら悪意を吐き出す奴らを! そんな奴らでも守る価値があるのかよッ!」

 

 「――――あるよ。百鬼丸さん、私も自信がないけど皆を助けたいと思ってる」

 真っすぐに見据える琥珀色の両目には、微かな迷いや戸惑いがあった。……それでも、芯の通った意志が言葉に感じられた。

 

 

 「へっ、お人よしだよ」

 

 「…………そうじゃないよ、だって」

 

 「――――いや可奈美。お前の好きなようにしてくれ。人助けの邪魔はしない。おれはあの怪物を葬る。それだけだ」

 百鬼丸は踵を返しながら、ポケットから煙草を一本引き抜き右手で弄ぶ。瞬間的に唇を噛みしめる。

 「――――分かってくれ、とは言わない。蔑んでくれて結構だ」

  抑揚のない口調で言いながら歩き出した。

 

 

 ――――それでも、刀使(おまえたち)だけは守らせてくれ。

 

 

 内心で強く念じるように秘めた思いを胸に、百鬼丸は駆けだした。

 「――――じゃあ」

 右手を挙げ、可奈美の前から走り去った。

 

 (どれだけ可奈美がおれを軽蔑しても嫌いになってもいい! おれにできるのは、ただ化け物を殺すことだけだからさ)

 

 絵具がグチャグチャに混ざり合うパレットのように、百鬼丸の感情もぐちゃぐちゃになっていた。

 

――――もう、おれはどうしようも無いんだ。戦うしかおれには能がないんだ。

 

 瓦礫の散乱する道路を走りながら百鬼丸は自らに科せられた《運命》を改めて恨む。

 

 

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