刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第176話

「お前みたいな奴は、この地上に存在したらダメなんだよォ!」

獰猛な眉間の皺を寄せて、百鬼丸は怒鳴る。

 目前の巨獣に対し告げた。…………おれもお前も、この地上に居たらダメなんだ。

 氷雨に濡れた長い髪。薄い唇に雨粒が滴る。

 

 

 バラゴン――――、その古代種は孤独の王者として地底から姿を現した。

 人々を蹂躙し、血肉を饗する。

 しかし生物として善悪ではなく単なる生理的な欲求として、巨獣は行動したに過ぎない。

 だが巨獣の命運は、いま尽きようとしている。

 人の社会の善悪によって、裁かれる時がきた……。

「当たりまえだよな、おれもオマエもここにいちゃいけないんだからなァ!」

 両目を上げる。百鬼丸の目には、人間社会と隔絶した存在物に対し、ある種の同情と憎しみの眼差しを向ける。

 

 口に湿った煙草を銜える。素早くポケットからマッチ箱を取り出し、一本を引き抜く。

 分厚い靴底で擦ると燐の火が浮かぶ。

 一歩、また一歩と前に進む。

 (まだ大丈夫だ)

 煙草に火を点し、右手の人差し指と親指でマッチ軸を勢いよく弾いた。

 

 大きく回転した火が、バラゴンの居るすり鉢状の崩落した地面へと進んでゆく。

 

 ――――その刹那。

 

 紅蓮の閃きが瞬く間に周囲を燃え上がらせた。ガスの匂いと共に、高温の熱波が百鬼丸の頬を撫でゆく。息苦しさする感じられる熱が波及し、炎の先端を黒煙が揺らめいた。

 

 ギャアオオオオオオオオオオ!!

 

 慟哭。天を恨むような、そんな悲鳴だけがけたたましく地響きのように聞こえる。

 二〇メートル以上もある巨体を燃焼させながら、巨獣は身もだえる。通常であれば、硬い外殻が肉体を守るだろう。しかし、百鬼丸の傷つけた《無銘刀》の影響により、外殻の一部から炎が侵入し、筋肉組織を焙る。

 さらに、生物の眼球は殆どが水分とゼラチンである。ゆえに、バラゴンの巨大な瞳は引火により、容赦なく焼き尽くす。

 

 

 「でも、お前こんなんじゃ死なないよな」

 一部始終を眺める百鬼丸は、渋谷のスクランブル交差点に鎮座するバラゴンを見上げる。

 

 何かが焦げる嫌な匂いを周囲に放ちながらも、身悶え地中に潜水しようと動き始めていた。そんな巨獣にむかい、刀を不格好に構えて狙いを定める。

 

 

 ◇

 

赤い焔の柱が天空に高く立ち昇る。…………

 眩くて思わず顔を顰める。熱波が髪を軽く浚い、息苦しさを覚えた。

 だが、一秒も視線を逸らすことなく、両目で敵を捕捉し続ける。早鐘のように打つ心臓の鼓動が全身に熱く駆け巡る。

 「へへへへへ、もう一回、火葬を用意してやったぞォ!」

 百鬼丸の声が奇妙な高揚を抑えるような口調で告げる。

 口端に煙草を銜え、紫煙を燻らせていた。左手には燐寸(マッチ)。指先で摘まんだ燐寸棒は手を振り消した。

 首を二三、斜めに傾ける。

 燃え盛る焔を瞳に映しながら刀を握り直す。――――トドメを刺すために固く柄を掴んで微笑む。

 

 

 たっぷり、バラゴンの血液を吸った《無銘刀》が禍々しい妖気を放つがごとく、紅の光を煌めかせる。……不思議と体の中に力が漲った。

 

 百鬼丸の片目が金色に染まり、瞳孔は爬虫類のように細長く変化した。

 

 舌をベロリ、と出して唇を舐める。

 

 静かに脈を打つ四肢に、限りないエネルギーの高ぶりを感じた。今、突出しなければ躰が弾けそうな錯覚にすら陥る。

 

 「うおぉらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 長い雄叫びと同時に大きく開いた足が飛んだ。

 

 地面を滑るように駆けだす肉体。巨獣を仕留めるために駆け出すのである。

 

 

 

 

 ◇

 バラゴンは、あるいは、その不運な巨獣は周囲の外気を巻き込む火炎の紅に視界が塞がれていた。地面に潜ろうにも、地下水と混ざり合った土泥と瓦礫が邪魔をして上手く潜ることが出来ない。

 

 なんだこれは、なんだこれは……?

 

 ひたすら巨大な頭と前橋を動かして足掻いた。足掻いて、足掻いて――――たった一つの最悪の象徴を思い出す。

 

 ――――あの、小さな影だ!

 

 ――――あれが来なければ良かったのだ。

 

 バラゴンは、己の身を脅かす小さな影に復讐心を持った。

 

 恐らく、バラゴンは小さな人影に対して復讐をするために、今度出会った時のため、完璧に殺す算段でもしていたのだろう。……事実、小さな傷口を炎で焙られる以外は、それほどのダメージではない。

 

 …………そう思っていた。

 

 

 

『ギャハハハハハハハハ!! 元気かァ!?』

 

 冥府魔道の奥底から聞こえてくるような邪悪な響き。およそ、人のソレとは乖離した音声。

 バラゴンの弱くなった視界でもハッキリと「ソレ」の正体が確認できた。

 

 

 

 火炎の中に飛びこんでくる黒い悪魔。

 

 口を頬まで裂いて哄笑し続け、確実に「こちら」に向かってくる〝影〟――――。

 

 

 その手には、恐ろしき刃を携えながら。

 

 

「お前を解体(バラ)してやるよ」

 

 ケロイド状に焼けただれた皮膚を気にもせず、百鬼丸が焼かれる渦中へと現れた。

 

 死への誘い手として、巨獣の前へと降臨した悪魔のようだった。

 

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