刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第177話

 堆く積まれた建物の瓦礫、延焼するアスファルト舗道の表面には無数の亀裂が走っている。

 

 近隣から派遣された救急車も遥か遠くの停滞した車列の奥で赤いランプを閃かせるだけだった。数十人の救急隊員たちが、忙しく救急活動を行っている。

 担架で運びきれず、毛布を直接地面に敷いた上に、転がるように伏せる人たち。彼らの手首、足首には「トリアージ」と呼ばれる怪我の度合いや、助かる見込みがあるかを判別させる――――文字通り〝色分け〟するタグが付けられていた。

 可奈美は硬い表情で悲惨な光景を通り過ぎながら、未だ避難の終わらない人々の群れに向かって歩き出す。

 

 道の途中、人々の目玉の海が批判するような視線を彼女に浴びせていた。

 

(みんな、傷ついてる…………。)

 刺すような視線を感じながら、それでも確かな足取りで前に進む。……グッ、と握る拳が自然と硬くなるのを自覚する。

 この惨状は勿論、ここに居る誰の責任でもない。だが人間は必ず「責任」を欲しがる。自分たちが「被害者」であるために。自分たちが「か弱い存在」であるために。

 誰かを攻撃することが出来れば理由などなんでも良かった。

 そして、この場面では「救援の遅れた奴ら」の一員である可奈美にも、群衆の憎悪は向けられた。

 

 

『おい、何だアレッ!?』

 

 避難する群衆の中から驚愕の叫びが聞こえた。

 その声に釣られて可奈美は振り返る。

 

 ――――と、同時に熱波が少女の白い頬を撫でつける。息苦しさの感じられる熱量に思わず動揺した。

 

 火炎の円柱が天高く昇り、眩い光が紅蓮の奔流となって視界を一瞬で覆いつくす。

 あまりの光の暴力に可奈美は咄嗟に手を目前に翳す。

 …………再び琥珀色の瞳が開かれた時、巨大な焔の柱が縮み、巨獣のシルエットが現れた。

 強烈なゴムの焼けるような不快な匂いが嗅覚に感じられた。

 

 

 …………火だ。奴を火葬する。

 可奈美の脳裏には、別れたばかりの少年の言葉が甦る。

 

 

 

 Ⅰ

 『ヴォォゴオオオオオオオオオオオオ!!』

 ケロイド状に溶けた皮膚、散髪は焦げて先端が焼けている。

 眦の切れた両目は、獰猛に揺れる目玉を印象的に動かす。特徴的な肉食獣のような下顎から涎を滴らせる〝百鬼丸〟――――だった存在。

 

 溶けた皮膚の下から黒い体毛が生えている。

 半獣と化した百鬼丸は、火炎の中に身を投じると同時に脇腹に《無銘刀》を突き刺し、強制的に魑魅魍魎、悪鬼羅刹となる覚悟を固めていた。

 

 人に似た姿のままでは、巨獣を殺すことはできない。

 人に似た姿のままでは、群衆どもを助けようと思うだろう。

 人に似た姿のままでは、〝楽しかった〟記憶が脳裏に過るだろう。

 

 ――――だから捨てよう。

 

 最早、人の形にこだわる必要は無いのだ。無銘刀の内部には幾千、幾万もの魔物たちの怨念が閉じ込められている。その刃を己の肉体に受け入れることで、己の「獣性」を喚起させる。

 百鬼丸は賭けに出た。

 たっぷり血液を吸いこんだ《無銘刀》は、運命の軛に囚われた少年を嘲笑いながら受け入れた。

 そして、ロクでもない賭博に勝った。

 

 〝半獣〟と化した百鬼丸の右手に握られた刀は、禍々しい血の色をした真紅に刀身を染め上げ、妖しい輝きを放つ。

 

 『ヴォォゴオオオオオオオオオオオオ!! ヴォォゴオオオオオオオオオオオオ!!』

 人の声帯からは発することの不可能な咆哮を迸らせながら、バラゴンの首の上に立つ。

 

 

 バラゴンの外殻となる硬い皮膚は、200℃以上の温度になっているにも関わらず、素足で佇み、邪悪な咆哮を上げ続ける。その音は怨念の塊であり、どこか微かに寂しさすらも感じられる悲鳴にも聞こえた。

 

 

 小さく、黒い影の悪魔は鉛色の天空に向かい散々雄叫びを上げたあと、迷わず頬まで裂ける大口を開けてバラゴンを「喰らい」始めた…………。

 獰猛な牙には粘着質な唾液が糸を引き、ピンク色の肉塊を乱暴に咀嚼している。

 

 

 

 Ⅱ

 ――――なんだ、これは? 何が起こっているんだ?

 

 危険を冒してまで民放の報道ヘリから撮影を開始していたカメラマンは固唾を呑みながら、バラゴンの姿を記録していた筈だった。

 しかし、異変が起こっている。

 「もっと、近く! もっと近寄ってください!」

 操縦士の方へ唾を飛ばしながら叫ぶ。ローターのババババ、と回転する音が猛烈に耳を聾する。

 「無茶ですよ! これ以上はどんな被害がくるか分からんのですよ?」

 無茶な強要をはねつけるように反論がきた。

 ――――チッ、

 と短く舌打ちしながらも、カメラマンは最大限カメラのピントを絞り、映像を拡大させる。

 

 

 カメラのレンズが捉えたのは、巨大な怪物の頭上で狂暴に「食事」を始める小さな「化け物」だった。

 

 

 Ⅲ

 都内の一角を占める放送局のビル。

 さきほどまで、昼の報道番組と称するワイドショーが放映されていた。しかし、急遽番組は中断され、フロアは事前準備を開始していたスタッフたちの手により、簡易の檀上が設えられた。まるで、緊急事態を用意していたかのように。

 

 ワイドショーの出演者たちは怪訝な表情で、スタジオの隅から檀上に登壇する男を注目した。

 

 

 ――――男の名は轆轤秀光。

 政府の中枢を担う情報戦略局の局長であり、本来は裏方に徹する存在。

 

 彼は、昼のワイドショーで、とある政治家の代役として呼ばれていたに過ぎない。その秀光が手際よく放送局を掌握し、都合よく動かす様子は、異様さでは片付けられない違和感を、周囲の人間に感じさせていた。

 

 

 俳優のように優れた顔に、一瞬、放送フロアにいた人々は目を奪われた。

 目の眩むようなスポットライトが檀上に集中している。不気味なまでの沈黙。なにか、期待と不安の交じる無数の眼差したち。

 しかし、人々の注目など意に介した風もなく、檀の前に立ち優雅に一礼して、秀光は口を開く。

『皆さん、私は内閣府直属の情報戦略局局長、轆轤秀光と申します。今回の緊急事態につきまして即自的な自衛隊派遣、及び最大級の『災害』を指定する緊急事態宣言に基づく行動を行います。現場での判断により、独自の判断が可能である〝近衛隊〟の出動命令、および、STTの特殊訓練部隊による鎮圧を宣言いたします』

 

 明らかな越権行為であった。 

 政治において、政治化や行政の首長たちが宣言なりを行う。しかし、秀光の行った行為は明らかに越権行為であるばかりでなく、事実上のクーデターに等しいものだった。

 

 

 『先刻、発生致しました巨大生物の対応――――そして、現在カメラ映像にありますこの〝人型〟の生物への殺処分を宣言いたします。皆さまの身の安全を守り、職務を遂行することが我々の役割であります』

 

 その発言と同時に、秀光の背後に配置された大型のディスには、空撮されたバラゴンと、人の形を失いつつある百鬼丸の姿が放映されていた。

 

 

 『これこそが、我々の憎むべき対象であり、倒すべき敵であります。被害現場の皆さまには一刻も早く避難活動の円滑化、そして現場に急行させています特殊作戦部隊による事態の鎮圧を遂行すること。それを今、皆さまにお約束致します』

 

 

 華美な言葉で空虚に飾られた言葉を延々としゃべりながら、秀光は背後に映るモニターを指さす。バラゴンと――――もう一体の化け物に対し、毅然とした口調で演説を続ける。

 

 『この怪物たちの処分は急がなくてはなりません――――』

 

 

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