刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第178話

「まったく、あの馬鹿者は何をしているんだ…………」

 深い憂鬱の吐息を漏らす姫和。

 

 

 

 真紅の瞳を閉じると、瞼裏に先程の光景が浮かんでいる。

 

 可奈美が肩越しに微笑む。

――――私、ちょっと行ってくるね。

 

 そう言って、可奈美はヘリの後部ハッチから勢いよく飛び出していった。

『ま、待て――――』と、制止したにも関わらずに行ってしまった。

 姫和は、伸ばした腕を知らない間に下ろしていた。

 ヘリが巻き起こす気流の乱れた音が耳に、まるで不思議な音色を奏でているように聞こえた。

 

 

 降下可能な高度と地点を定めたヘリはホバリングをして、S装備を装着した刀使(彼女たち)に『いつでも降りて大丈夫だ』と、操縦士がマイク越しに告げる。

 

 頷いた姫和は先行して飛び出した可奈美の後を追うように、後部ハッチから飛び出す。通常であれば、パラシュートの補助が必要な高さであるが、S装備の場合、姿勢制御――――慣性制御の補助により、ある程度の高度であっても着地が可能であった。

 

 なぜ、可能とされているのか?

 

 一つには、御刀から引き出される異次元の力により加護をうけた「人間」がもたらされる能力の発揮。それが、人体上不可能な行動を広範囲で可能とする。

 一例を挙げれば、自らの質量以上の物体を動かす。驚異的なスピードでの移動。

 いずれも、物理世界における制約を無視した現象である。

 

 

 ビルの屋上に滑り込むように着地した姫和は、スクランブル交差点のある方角を見る。火炎の巨大な柱が一瞬、天空を焦がすような光景が拡がった。そう思うと、間もなく光が収束し、巨獣の悶える姿が確認できた。

 

 

 綺麗に切り揃えられた前髪が風に流れる。左の腰に佩いた太刀の柄を握り、精神を統一する。

 動揺すれば、戦いには臨めない。斬り合いにおける「迷い」は「死」に直結する。

 それは、剣を握って学んだ事だ。

 

 

 …………だが、それでも疑問を持たずにはいられない。

 

 「百鬼丸、お前は何者なんだ」

 

 

 

 Ⅱ

 (あはははは、お前はようやく本性を現したな!)

 秀光は空虚で嘘臭い演説をしながら、腹の底で嘲笑い続けた。

 《無銘刀》に呑み込まれ、化け物となった少年の姿に哀れさすら感じられた。しかし、それより更に滑稽なのが、それを眺める「人間たち」の顔だった。

 

 彼らは、バラゴンという圧倒的脅威に対し、畏れ、そしてもう一個の化け物に対しては、人間の姿形を保っていることから、不思議と怒りや憎悪に近い感情を持って映像を見詰めている。

 

 (そうだ、人間は自分たちの理解できないものは理解しない。しかし、少しでも自分たちに近ければ、そうやって悪意を剥き出しにできる優秀な生き物だ!)

 

 秀光は醒めた目で周囲を見回しながら冷静な表情を作り、喋り続ける。

 

 

 

 ◇

 …………私はどこか、醒めた目で見ていた。

 多くの人を悲しませる怪獣が暴れまわっている。そう思っていた。――――さっきまではそうだった。

 怪獣を見上げながら私は、別の「獣」みたいな声を出し続ける百鬼丸さんを見て、自分がどうしたいのか分からなくなった。

 

 ――――分かり合える

 

 百鬼丸さんは確かに強いけど、剣を合わせた時に悲しい感情が伝わってきた。

 もし、力になれるのなら、力になりたいと思っていた。

 …………そう、思っていた。

 でも、違った。

 あんな姿は――――本当に「人間」を棄てた姿なのだと理解できてしまった。そして、最早分かり合える存在ではないと心が理解してしまった。

 

 

 

 剣を合わせられない存在と、どうして対話が出来るのだろうか?

 

 醒めた人格の自分が耳元でささやく。

 あんな「怪物」とどうやって話をするの? 

 

 (…………何がしたかったのかな。私は、ここに居て止められなかった)

 

 人間たちの行動に絶望した少年は、しかし、刀使(わたしたち)のために心を棄て、体を棄て、全部をなげうって戦ってくれている。

 

 

 

バラゴンの首上で暴れまわる人影に意識を向けた。

 「――――力にはなれないかも知れないけど」可奈美は呟く。

 

 《千鳥》の柄を握り、呼気を整える。

 「このままでいいはずない、よね」

 

 

 

 ◇

 

 グゥォオオオオオオオオオオオオオオオ! グゥォオオオオオオオオオオオオオオオ!

 

 バラゴンの咆哮はすでに悲鳴へと変わり、ズタズタに体表を切り裂かれていた。二〇メートルの巨大な質量を有する怪物は、苦悶に泣き叫んだ。

 

 『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

 

 真紅の刀身を振り回しながら、半獣となった百鬼丸はひたすらバラゴンの肉塊を貪り喰らった。唸り声の合間にも休むことなく、血涎の交じった唾液でひたすら咀嚼を続ける。

 

 グチャ、グチャ、グチャ……………。

 

 湿った音が特徴的な下顎から聞こえた。

首の肉を削り、食べ、また削る。

 

 金色の目は、輝きを増しながら悪魔の肉体と化した百鬼丸の体を〝憎悪〟たちが使役する。

 

 

 ◇

 人間が憎い、人間たちがひたすらに憎い!

 

 おれを散々ゴミのように扱った挙句に、肝心な時はいつもおれが助けないと死ぬ「弱い」存在の癖に。

 何もかもが憎い。

 おれが一体何をした? …………おれはただ生きているだけだ。

 

 お前たちがおれを無視し続けるならそれでもいい。

 

 おれは、ただ敵を殺すだけだ。

 

――――どうせ、おれのことなんて誰も理解する気もないんだ。だったらこれまで通り好き勝手に暴れるだけだ。

 

 

 Ⅲ

 巨獣は喉をズタズタに引き裂かれながら、最後の悲鳴すら上げられずに地面にゆっくり倒れこもうとしていた。穴だらけの喉から滝のような多量の血液が噴出し、ギョロりとした目玉は次第に生気を失い、人間たちをすりつぶした口は開閉する。

 

 百鬼丸――――の、はずだった半獣の悪魔はバラゴンの腹部を《無銘刀》で切り裂きながら駆け回る。血飛沫などという生易しい表現では足りない血が周囲を血の池に変えている。

 内臓を傷つけられ、すでに戦闘の意欲が減退したバラゴンは最後に地面に潜ろうとする素振りを見せると、腹部の硬い体表を煎餅のように噛み砕き、腸を引きずり出した。

 

 

 半径が5m以上もある大腸を口で銜え、引きずり出しながら、切り刻む快楽に『ギゥウォオオオオオオ!』と叫び声をあげる。

 

 

――――巨獣、バラゴンはすでに巨大な亡骸として身を地面に伏せていた。

 

 ゼラチン質の目玉は生気が失われており、怪物に絶望という表情があるのであれば、まさにそのような顔で死んでいた。幅3メートル近い舌をダラリ、牙の間から垂らし、血の泡を噴き出していた。

 

 

 それでも尚、半獣の悪魔は食殺を辞めはしない。

 

 ズタズタに引き破いた内臓には未だ未消化の「人間」だったものたちが、胃袋の中から溢れかえっていた。

 

 強烈な酸性の匂いが辺りに漂い始める。内臓の悪臭と混ざり合い、吐き気をもよおす惨状を作り上げた。

 

 百鬼丸……だった、半獣の悪魔は全身を黒い繊毛を紅の血で染め上げながら、不気味にバラゴンの亡骸を斬り裂く。

 

 がちっ、と金属質の折れるような響きが聞こえた。

 半獣の悪魔はバランスを崩しながらも、刀をバラゴンの腹部に突き刺し杖代わりに立ち上がる。目線を下に向ける。…………どうやら、加速装置だった脚部が破損し、シャフト部分が折れてしまったらしい。

 だが、気にせず半獣の悪魔は、鋭い牙を突き立て、巨獣の死肉に頭を突っ込む。

 皮肉なことに、人間的な特徴は加速装置の部分のみとなっていた。

『グゥォオオオオオオオオオオオオオオオ! グォオオオオオオ!!!』

 激しい雄叫びを上げながら、半獣の悪魔はただ喰らう。

 …………しかし、その金色の目端に、血とも怪物の体液とも異なる、光る透明な雫が浮かぶのを、彼自身知らなかった。

 

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