――――おれは所詮、誰にも愛されない存在だ。こんな見てくれを誰が愛してくれる? 考えてみろよ。お前の生涯で誰か一人でもお前を本当に必要としたか? そうだよな、してないんだよな。お前は単に生命を奪う装置として生まれてきたんだからな。
…………冷静な自分の声が聞こえる。
たぶん、別の人格だろう、おれ(百鬼丸)が語りかけているんだ。
――――なぁ、百鬼丸。お前いま楽しいだろ? 本当の事いえよ。人間たちに差別されながら生きていくよりも、こうやって本当の自分を皆に見てもらって、でっかい怪物を殺すのは心が躍っただろ? 解るよ。…………だって、おれはお前の「本音」なんだからさ。
――――この調子でさ、力を振るって人間たちをブチ殺しまくるか? 罪悪感? いらねーよそんなの。蟻や虫を殺すのに罪悪感はないだろ? おいおい、今更奪ってきた生き物たちの命は無かったかのようにふるまうのか? 他の生き物たちはブチ殺すのが平気で人間さまだけが特別扱いかよ? 笑わせるな!
……………やめろ。おれは、ただ普通に暮らしたかったんだ。
――――人間としてか?
…………人間として、だ。
――――へぇ、そんじゃ、さっき人間に失望したばかりのお前は、一体なんだったんだ?
…………それでも、おれは人間になるのを、諦めたくないんだ。
――――無理だろ。さっきの可奈美の顔みたか? お前に失望してたよなぁ? ああ、こんな真っ黒な体毛の姿を見てもらえれば一発で理解してもらえるぞ。
『お前は化け物なんだ』
――――ってさ、ギャハハハハ! ほら、な? もう我慢しなくていいんだ。お前は誰より強い。誰にも負けない。邪魔する奴らはみーんな、葬ってやろうぜ。社会の日陰におれたちを追いやったクソどもに復讐してやる
…………やめてくれ。おれは、ただ平和に暮らしたいんだ。本当は山小屋で人がこない所で平和に暮らしたいんだ。
――――嘘つきが。
……………やめてくれェ。
――――どれだけの命を奪えばお前は気が済むんだよ? おい、答えろよォ!!!
………もう、やめてくれ。おれに構わないでくれ。
――――みっともないな。耳を塞いで、地面に額をこすりつけて泣きじゃくるなんてな。惨めだよ。お前。
Ⅰ
確かに泣いている。
可奈美にはそれが解った。さっきまでは、分らなかった。それが、距離を縮めるごとに明確に耳に、心に伝わる。
「…………なんでもっと早く気付いてあげられなかったのかな」
あの半獣の悪魔――――否、百鬼丸が泣いていることに気付けなかった。
「姫和ちゃんも、百鬼丸さんもどうして? 本当につらい時になんにも言ってくれないのかなぁ」
涙ぐむのを堪えながら、可奈美は悪臭の漂うすり鉢状の巨大なクレーターの方角に急ぐ。
これは決して「獣の咆哮」などではない。
ただ、傷つきやすく繊細で、誰よりも優しい少年が、泣き叫んでいる。
早く行ってあげなきゃ。一分でも一秒でも早く、行ってあげなきゃ。
――――と、駆け出す可奈美の背後から、
「衛藤さん、ですか?」
誰かが声をかけた。
「えっ?」
振り返ると、左手を庇うようにヨロヨロ覚束ない足取りで、可奈美と同じ方向に進む刀使の姿があった。
「だ、大丈夫!?」
足を止め、可奈美は怪我をしている刀使に近寄った。
「やっぱり、有名人の衛藤さんだ。…………ええ、怪我は大丈夫です。…………それより、あの叫んでいる獣の声って、」
可奈美は耳を劈く悲痛な叫びの方に頭を向け、
「…………うん、私の友達なんだ」
ポツり、と呟く。その揺るがぬ信念の籠った声音で。
「そう、なんですか。わたし、ですね。多分、ですけど衛藤さんのお友達に助けられたんだと思います。黒髪の長い、わたしたちと同じくらいの少年に」
可奈美の琥珀色の瞳に一筋の希望のような光が閃いた。
「えっ?」
頭を、元の方に戻す。
怪我をした刀使は、はにかんだ。
「全然、現実的じゃないですよね。でも、確かに助けてもらったんです。怖くて足が竦んで、その場でヘタりこんで、皆に罵声を浴びせられて………心が折れそうだった時に、助けてくれたんです」
「……本当に?」
「はい。間違いありません。……でも、刀使を助けてくれる存在なんて誰にも聞いた事がなかったから」
『おれは、何があっても刀使だけは助ける』
可奈美の鼓膜の奥には少年の言い残した台詞が蘇った。
「わたし、本当にダメで。それでも、その人? ぜんぜん、こんなひどい状況なのに余裕そうにしてて、すごく安心できて。……すいません、本当はその人にお礼を言いたいんですけど、こんな状態だから…………衛藤さんに、代わりにお願いしていいですか?」
「――――うん。」
「ありがとうございました。それだけ、伝えて欲しいんです」
琥珀色の大きな瞳は、静かに透明に潤んでいる。
(よかった。百鬼丸さんが変わってなくて。……………)
――――不器用なだけだったんだ。
可奈美は、悟った。
「他の人間なんてどうでもいい」と言った彼の真意を。
いつも、戦う理由は
不器用で、今まで自分の過去も語らず、ひたすら戦い、傷つき、それでも前に進もうとしていた少年。
「どうしてもっと早く気付いてあげられなかったのかな。……ダメだな、私」
「え? どうしたんですか? 衛藤さん?」
心配そうに聞いた刀使に対し、首を振って否定する。
「ううん。ごめんね。なんでもないよ。――――うん、わかった。必ず言葉は伝えるから」