「……なんで、お前がノロを操れるんだ?」
百鬼丸は頬に冷や汗を流しながら訊ねる。――その狼狽した様子が可笑しかったのだろうか、双葉は黒い瞳を赤銅色に変えて口を更に歪める。
「ノロを体内に受け入れたからに決まってるでしょ?」
百鬼丸は血管が凍る気がした。
今、彼女はなんと言っただろうか? ノロを受け入れた? まさかありえない!
その言葉を信じようとせず、百鬼丸は乾いた笑みを浮かべた。
「嘘、だよな?」
「ううん、本当。にいさんを殺すために……」
喋りながら御刀を抜き、剣先を百鬼丸に合わせる。
「――ええっと、夜見さんに聞いたんだけど、体内に飼っているノロを荒魂に顕現させるには、皮膚を切った方がいいんだって」
楽しげに語る双葉は自らの背中に刃を回して、そのまま服の上から縦に御刀を振り下ろした。背骨付近の皮膚が赤く滲み、その傷口から大蛇のような形状の荒魂が数十匹うねりだした。
「わたしの飼ってる荒魂だよ」
そう言いながら、人差し指を百鬼丸に指す。示された方角に向かい蛇たちは百鬼丸のか体へ殺到した。
「――っ、くおぉ」
反応が遅れた、百鬼丸は完全には躱しきれず太腿や脇腹など数箇所を喰い破られた。
ガハッ、と口から血を吐きながら坂の上に居る双葉をみた。
彼女は不愉快な表情を浮かべながら、
「なんで本気でかかってこないの? こんな攻撃、にいさんなら全部叩き伏せれるでしょ?」
舐められているとでも思ったのだろう。双葉は更に自らの爪先で傷口を広げ、大蛇の可動範囲を大きくした。
「やめろッ、双葉ッ!」
百鬼丸が叫ぶ。しかし、彼女にとっては逆効果だった。
「うるさいッ! 黙れっ」
耳を両手で掩いながら、髪を左右に振る。
「お父さんの仇をとるから……」
燃える溶鉱炉のような橙色の荒魂たちが、百鬼丸へ次々と攻撃を仕掛ける。だが百鬼丸は敢えて応戦せず、回避行動をとっていた。
「ねぇ、どうしたの? なんで反撃しないの? それで終わり?」
双葉は理由のない焦燥感に駆られていた。激しい動悸が、その感情に拍車をかける。
「もうやめろ、双葉。おれの腕でこの荒魂を斬れば、直結しているお前の命も削ることになる――だから、こいつらを収めてくれッ!」
「はぁ? 敵のわたしに温情でもかけてるつもり? ありえない。気持ち悪い、なにそれ? 自分だけが特別で恵まれて……」
二匹の大蛇が百鬼丸の両肩を、厳しい顎で捉えた。燃えるような牙が百鬼丸の肉体に喰いこむ。
「――――ッ」
苦痛に顔が歪む百鬼丸。
「あははははははは、その顔が見たかったんだよにいさん……いつも、お父さんに可愛がられてたのはにいさんばっかり。だから、決めたの。ここでにいさんを殺して、あの世でお父さんに褒めてもらうの、わたし。どう? 素敵でしょ?」
改めて双葉は眼下の百鬼丸を睨めつける。
低潅木や杉、樅の梢に血を点々と濡らしながら佇む少年。
百鬼丸は俯いてなにも語らない。
表情は上手く窺えないが、恐らく虫の息だろう。そう解釈した。
トドメだ、とでも言わんばかりに八匹の大蛇が百鬼丸に牙を剥いた。
激しい閃光が周囲を染め上げた。
網膜を焼かれる錯覚を受け、双葉は目を覆った。
数秒してから再び激しい光へと目線をやると、双葉の繰り出したハズの荒魂大蛇の頭部のみがゴッソリと抉れて溶けていた。
「安心しろ。頭部だけを攻撃しただけだ――」
百鬼丸は頭を上げた。
「……っ」
双葉は驚愕した。彼の顔面には鼻がなかった。まるで抉られたように鼻の部分だけが空洞の三角のみが存在していた。
「とおさんのお手製の荒魂専用の爆弾だ。しばらくそいつらは動けんだろう」
百鬼丸は自らの両肩に食いついた大蛇の頭部だけを掴んで捩じ切った。
「双葉」
百鬼丸が優しい声音でいう。
動揺がおさまらぬ中、彼女は百鬼丸を眺めている。荒魂が攻撃をうけた影響で双葉の体中は痺れるような痛みが襲い暫く動けない、という理由もあった。
「とおさんは〝荒魂〟になっていたんだ……今のお前みたいに」
その言葉を百鬼丸自身から告げられた。その事実が双葉にとって、衝撃であり古傷に触れられる時の痛みに似ていた。
「うるさいッ! お父さんを殺したのには変わらないだろうがッ」
憎悪の瞳で百鬼丸を睨む。
百鬼丸は血まみれの体を微動もせず、
「ああ、そうだ」
首肯する。
(クソクソ、クソクソ、糞がッ! なんだ、なんであんなに平然としていられるんだ? なんでそんなに余裕なんだよっ!)
双葉は御刀を持つ手が震えた。
明らかに力の差が歴然としている。
それだけではない。
自分がこの期に及んで、百鬼丸に対して親愛の情を持っていることが悟られた。
冗談ではない、このまま頭部のない荒魂たちで押しつぶしてしまえばよいではないか?
うねうねと胴体を波立たせながら、大蛇の荒魂たちは百鬼丸と対峙している。
……と、森の奥から生物のようなうめき声が木霊した。
二人はその方向をみた。
一頭の大猪に似た荒魂が、四脚を疾駆させてきた。
全長だけでも八メートルはあろうか。
双葉は思わず、
「ちっ、こんな時に」
と、吐き捨てた。
大蛇たちを一旦体に収納させ、大分動くようになった体で《写シ》を貼り、戦闘を行おうとした。荒魂退治を優先した。
だが、百鬼丸が双葉に一瞥を加えると、
「動くな。おれが片付ける」
そう言い残して左の指を噛み、《無銘刀》の姿を現す。
朝靄は僅かに薄がらき、天空から差し込む線のような光が幾条も膨らんだ。
《無銘刀》は七色に輝いた。
「ふぅーーーーっ」
息を深く吐いて、中腰になると百鬼丸は痛む四肢を無視して眼前に迫る大猪の荒魂を視界に捉えた。
目を瞑る。
三秒後、目を開く。
猪は巨木を次々となぎ倒しながら近づくのだが、一向に百鬼丸は回避すらしない。
猪の牙とわず五メートルの距離。
「去れ、荒魂」
百鬼丸は左に大きくターンステップを踏んで大猪の巨躯に刃をすべり込ませる。
華麗な太刀捌きにより、大猪の荒魂は天に哭くように上体を苦痛に突き上げ二本足立ちとなり、身をうねらせて絶命した。
《無銘刀》に刻まれた文字が光輝き、猪はノロすら残さず、灰のように粉状になると霧散した。
(なんでっ!)
双葉は、百鬼丸の圧倒的な強さを改めて魅せられて、嫉妬とも羨望ともつかぬふくざつな感情に捕らわれた。
その百鬼丸は肩を大きく上下に息をつき、しかも紅血が四肢から溢れている。
青白く窶れた顔で双葉に向くと、
「怪我はないか?」
とだけ、尋ねた。思わず双葉も頷いた。
そうか、と軽く笑いかけると百鬼丸は「可奈美んとこに戻って姫和を探さないとなぁ……」と言った。
あの百鬼丸が他人と行動を?
双葉はそのことが知りたかったが、しかし憎しみがそう簡単に消えるはずもなく、わだかまりを心に残しながら、
「今度、必ず殺すッ」
御刀を納刀し、踵を返した。
己の不甲斐なさに悔しさで唇を噛みながら……。
双葉が去った後百鬼丸は暫くの間、疲労と軽い失血により意識が朦朧としていた。
「はぁ……はぁ……まずいかな?」
ブナの木の根元に腰を下ろし、空を仰ぎ見る。
鉛色のいかにも雨の振りそうな予感がした空に、なにかがみえる。
この義眼でも捉えることのできるのだ、相当距離が近いだろう。――ふたつの飛翔体はそのまま高度を下げながら、近隣の場所に墜落した。
どぉーん、と腹の中まで揺さぶられる衝撃があった。
「こんどはなんだ、また」
百鬼丸は呆れながらいう。
このタイミングで、この落下物。
(恐らく、あの二人関係だろうなぁ……)
問題を起こすのが大好きな二人のために動かないとなぁ、と百鬼丸は痛む体に鞭を打ち、立ち上がる。
「さて、もうひと頑張りしますかな」
左腕の鞘に収めると、衝撃の方向へと駆け出した。
3
『おい、主役メカの活躍シーンだろうがぁーーー!!』
益子薫が叫んだ。
衛藤可奈美と十条姫和の戦闘レベルを測る最後の仕上げにわざわざS装備まで用意したのだ。それを、闘うかと思えばとっとと《迅移》で二人は逃げてしまった。
「おーう、薫。困りましタネ」
薄いオレンジ色のバイザーから、古波蔵エレンは困り顔でいう。
「うぅむ……仕方ない、こうなりゃヤケだ。探し出すぞ」
「おぉ~、珍しく薫がやる気デス」
「当たり前だろうが、こんなとこまで駆り出されておいて帰るのもなんだか腹が立つからな。あのおばさんにも怒られるし」
エレンが目を細めながら、
「多分その発言の方が紗南センセーは怒ると思いマス」
そんなやり取りをしていると、木々の奥から葉音が騒がしくなるのが分かった。
薫とエレンは顔を見合わせた。
気配が近づく。仮に荒魂であればこのまま対処しようと考えていた。
――だが。
「ごほっ、ごほっ、なんだこの砂埃……」
木々の奥、闇の中から姿を見せたのは少年だった。
しかも血まみれであり、両肩から血を流している。窶れ切った顔も、傍から見れば重傷者だった。
「だ、大丈夫デスか?」
思わずエレンが心配になり声をかける。
そう問われた相手は、
「……あ、ああ。大丈夫だ」
苦笑しながら木に寄りかかる。
「どうも、そうは見えんぞ」
何より、鼻が無い。というか抉れている。恐らく相当な事故に巻き込まれたのだろうと薫とエレンは推察した。
その薫が寧々切丸を地面に突き刺し、近づこうとした。
しかし、百鬼丸は右手を前に出して薫の行動を制した。
「君たちに質問だが、ここに可奈美と姫和が来なかったか?」
再び薫とエレンは顔を見合わせた。
「えーっと、それってつまり、二人の同行者の百鬼丸か?」
薫がバイザーに映し出された文字を読み上げる。
「ああ、そうだ」
「マジかー。めんどくせぇ。さっき二人と戦ったばかりなのに、舞草の情報共有システムにあっただけで……」
ブツブツと文句を言い始める薄桃色の髪をツインテールに結んだ少女……いいや、外見では童女と形容したほうがよいだろう。それほどに身長が低い。
「薫、薫、多分――」
一方、豪華な金髪をしたスレンダーな美女とも言うべき人物は手足が長くバイザーの奥には青い瞳をしていた。そして何よりも、豊満な胸が動くたびに揺れた。
エレンが、
「さっき〝戦ったとき〟」
と、曰く有りげな単語を言った。
(戦った……? どういうことだ?)
「つまり、君らも追っ手なのか?」
百鬼丸は顔を険しく、問うた。
「ええ~っと、デスネ」
エレンが困ったように、視線を泳がせる。
「……そうだ、と言ったらどうする?」
薫が代わりに挑発的な態度でいう。
(まっ、こんな状態の奴なら普通は、戦わないで降参するだろうし、そんであとで二人を追いかけてネタばらしをすれば、オレは楽ができる)
にんまり、と薫は笑った。
「分かった、ならここでお前らを倒す」
百鬼丸が言った。
思わず薫が、
「しっ、正気かお前!!」
絶叫した。ありえない、ただでさえ重態のような外見で、しかも二対一。
「お前、コッチはS装備だってあるんだぞ?」
脅した。
が、百鬼丸は首を横に振る。
「関係ないね。とりあえず、お前らを倒してから二人を探す」
聞く耳を持たず、戦闘態勢に入っていた。
――――薫はようやく自身の失態を悟り、頭をポリポリと掻いた。
「マジか。こんな脳筋を相手にするのか」
半ば呆れたように呟く。こうして、薫にまた仕事がひとつ付与された瞬間である。