刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第182話

 

 

 ――――柳生新陰流、正式には「新陰流」ともいう。

 ここでは、柳生新陰流と書く。

 この流派の特徴は、一言でいえば「反撃(カウンター)」である。古武術における戦闘形式(スタイル)には、〝先の先〟〝先の後〟〝後の先〟〝後の後〟という四種があり、カウンターは〝後の先〟を得意とする。

 

 必然、まず相手が動かねば話にならぬ。

 

 つまり、斬り合いにおいて〝後の先〟を狙う時――――「相手を掌で動かす」ように誘導する高度な技術も要求された。

 

 相手を利用する技、すなわち活人剣…………といった。柳生新陰流はこの点を極めることを重視するため、肉体だけでなく精神においても高度な精錬が求められた。

 武術性だけでなく精神への錬磨。

 かつて、幕府の剣術指南役として栄えた「天下の剣」と言われた所以の一端である。

 

 

 Ⅰ

 「ククッ、やはりだッ! 俺を捕縛した…………柳生! その剣は柳生だ! くくくっ、俺はつくづく運があるッ! あの日、あの時、俺は死ねなかったッッ!! 斬り合いで死ねない汚名を雪ぐことも出来ずに外道の身に堕ちた。だが、その雪辱を晴らすときがきたッ! 衛藤可奈美! お前を切り殺して、柳生との因縁を終わらせるぞッ!」

 十臓は激しい感情の昂りを露わにしながら、『裏正』を振るう。

 彼の剣はまさしく荒々しい殺人剣だった。

 己が動き、相手を打ち倒し、斬り裂く。

「――――くっ!?」

 圧倒的な膂力で受け止められた一撃に、可奈美は短い驚愕を吐息と共に漏らしながら、十臓の膝を蹴って地面に着地する。

 片目を眇めつつ、正眼の構えをとる。

(この人、やっぱり強いっ――――。)

 可奈美は内心で驚嘆しながら、その邪悪さの籠った重い一撃に両手が痺れていた。

「あの神社以来の再会か…………もはや懐かしいとも思えん。今、斬り合いができる喜びが勝っているからだッ! 数百年待った。この日が来るのを待ち続けた」

 感動に打ち震えるように十臓は、八相の構えで少女剣士を迎える。

 最早、百鬼丸の存在など歯牙にもかけない様子だった。

 

 「さて、どちらが先に死ぬか。あるいはどちらも死ぬのか。くくくっ、たまらん。さぁ、いくぞッ!!」

 怒号のような叫びと同時に、十臓の体が弾かれたように飛び出した。

 ――――ガキッ、

 と青い火花が金属同士の衝突と共に、激しく散った。

 『裏正』の刃が、御刀の『千鳥』に襲い掛かる。

 人ではない存在故のありえない筋力を駆使した斬撃は、駆け出したスピードの乗った重さを同時に刃に伝える。十代の少女であれば受け止めることはおろか、避けることも出来ない。

 しかし、可奈美の華奢な体は十臓の重厚な斬撃を、まるで風に吹かれた柳の葉の如く受け流した。

――――輪之太刀、である。

 柳生新陰流の真骨頂ともいえる技であり、腕や肘を回すことで剣の軌道が「輪」を描き、かつ身体を反対方向に動かすことにより、相手の斬撃を受け流し、かつ、輪を描き終わる結点から反撃を行う「攻守一体」のスタイル。

 容易にいなされた十臓は、しかし、驚きよりも、その懐かしい太刀筋を喜ぶ。

「そうだ、その剣だ!」

 いいながら、首筋に襲い掛かる『千鳥』の斬撃をすぐさま後ろに回した刃で受け止め、はじき返す。

 

「真正面から柳生の剣を滅ぼす。どれだけ待ち望んだか…………」

 しみじみと呟く。

 あの月夜の橋で出会った男。彼が、人斬りに堕ちた十臓の人生に終止符を打った。

 

 「もっとだ、可奈美。俺を楽しませてくれェ」不気味な笑い声と共に、十臓は剣を握り直し間合いを測る。

 

 

 ふーっ、と血色のよい淡紅色の唇から柔らかな息を吐く可奈美。

 橙色のバイザーの奥、大きな目は冷静に十臓を捉えている。動き自体は単調である。しかし、その鬼気迫る剣撃と、反撃に即座に対応する能力。――――厄介な相手だ、と内心で思う。

(ううん、違う。この人は多分、人を殺すのに無駄な技は全部捨てたんだ)

 剣に天凛の才を持つ少女は分析する。

 以前の斬り合いと合わせて考えれば解りやすい。

 

 剣術といえども、戦場で用いられてきた「実用的」な側面と、天下泰平な時代において盛んになった「形式的」な技。本来、人を〝殺す〟ためだけではない技術――――、それらを切り捨て、自ずから殺人剣のみを究めんとする意志。

 

 

 腑破十臓の剣とは、まさしく邪悪に満ちたものである。

 

 

「――――せない」

 無意識に可奈美は呟く。

 

「どうした? ああ、そうか! 俺が斬り掛かればもっと、お前の本性を暴き出せるなァ!」

 左上段から斜めに振り下ろす一撃。

 可奈美は、更に体重の乗った剣を受けながら、苦し気な表情から再び「許せない」とつぶやいた。

「どうした? 何が不満だ?」

「剣術をこうやって人を殺すためだけに使うなんて許せないっ!」

「アハハハ! そうか! 確かにそうだな! ……だが、神社であった日、お前もまた満足そうな顔をしていたがなァ。本質は同じだ。所詮、なんと取り繕っても人殺しの技術。それは俺が戦場で学んだ」

 真紅の顔面が、鍔迫り合いをする可奈美の顔と距離を縮めながら言い放つ。

――――くっ、と呻き可奈美は輪之太刀で十臓の攻撃を捌こうと試みる。…………しかし、十臓の脅威的な動体視力によって、太刀筋を読んでいたように、可奈美の細い首筋を狙う突きが繰り出された。

 つま先で距離をつくり、上体を逸らして剣尖を避けた。

 その侭、可奈美は柳生新陰流の約114種ある技の基本形を組み合わせた反撃を行う。幼少の頃から母を師匠として、体に染み込ませた動き。洗練された武術の動きは、時に舞踊の如く目に映る。

 刀使の一説には、巫女が荒魂を祓う理由として「剣を舞うように」使い神事のひとつとして行ったことに由来するという。

 

 真偽のほどはともかく、可奈美の反撃(カウンター)技は容赦なく十臓を翻弄する。

 手首、肩、と千鳥の刃が当たった――――筈だった。

 「硬っ!」思わず、柄を通して掌に伝う感触で分かる。

 荒魂とも違う感覚。千鳥の刃は浅くしか傷を入れることが出来ず、十臓の硬い外骨格は細い筋が刻むだけ。

(もっと深く)

 すぐに、平静を保ち十臓の斬返しに対応する。

 

「そうだァ! 可奈美、俺によく傷をつけてくれた! 待っていた! これだ!」

 傷を付けられたことが嬉しいようで、彼は更に気分が高揚している。真横に大きく一閃を引くと、可奈美から距離をとり、腕を前に伸ばして拳の握る。

 

「お前ならば、俺を最高の斬り合いの場所に連れていってくれる! あの日、島原以来戦が終わり、俺は天を恨んだ。――――ああ、だが間違いだ。今なら、外道に堕ちた今なら、心の底から天に感謝しよう!」

 氷雨の降りしきる中、拍手喝采を求める演者のように両腕を広げ、雨を受け入れる。

 

「お前はさっき、許せないと言ったな」

 

「…………うん、言ったよ。そうやって殺人剣だけを究めようとする一面的なやり方は、私嫌いだから」

 可奈美にしては珍しい、冷えた口調で告げる。

 

「成程、しかしお前の剣は正直だな。先程から俺には伝わってくるぞ。〝楽しい〟〝たまらない〟とな。もっと斬り合いたい。違うか?」

「――――ッ、そんなこと」

と、言いかけたところで可奈美はハッ、と息を呑む。

いまの自分は、惑わされているのだ。

(未熟だな、私)

 

 

 柳生新陰流は、……………危うく思う、打ちを急く、防ぐ、三つを病とした。

 斬り合いにおいて、かつ、反撃(カウンター)を狙う流派として、心理戦を制することが、〝後の先〟を制することが何よりも重要であった。

心理的に優位が保てない場合は、反撃を狙うことは不可能。当然の帰結である。

従って、剣術の腕と共に、心の鍛錬もまた、肝要になる。

 

 

 

 

 

心臓は早鐘のように打つにも関わらず、日々の鍛錬の成果だろう。

可奈美は琥珀色の瞳を半眼に、普段通りの冷静さを

一気に落ち着きを取り戻した。

 「…………そうかも知れない。あなたが言うみたいなことを思ってたかも知れない」

 無意識に固くなっていた体を意識して力を抜く。……自らの深層心理の欲望に向き合うことで、それを認めることで、自分の弱さを見詰め直す。

 わずか、十四の少女が己の本性を悟り、弱さと対峙した。

 

 「ふっ、いい面構えだ」

 十臓はその成長速度に目を瞠りつつ、彼女を切り裂く算段をする。

 

 

 「堪らないなぁ……もっと、斬り合いたい」

 顔の横に水平に刃を構える――――霞の構えをとり、十臓は、足裏を擦って準備をする。

 




もうあきらめた。年内は無理じゃ。すまんの。
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