刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第184話

金属同士がぶつかる小気味のいい音が遠くから聞こえる――――。

 浅い呼吸を一つ、百鬼丸は霞む目を細めて視界を合わせた。

 (可奈美…………、お前――――)

 

 

 異形の外道、十臓と剣を合わせていたのは紛れもない美濃関の制服を着た少女。腹部を焼くような傷口から止めどなく生暖かい液体が漏れ出している。奥歯を噛みしめ、上半身を起こす。

 

――――そんな奴と戦うな!

 

 そう叫ぼうにも、体力も気力も限界を迎えており、喉が枯れて声が出ない。

 すでに数十合も剣をぶつけているのだろうか。

 可奈美と十臓の斬り合いは時間に比例して更に洗練され、無駄を削ぎ落した達人同士の戦いへと変貌していた。

 

 

「グゲホッ、げほっ…………」

 口から血を吐き出し、百鬼丸は喉に溜まった血塊を地面に垂らす。血の混ざった唾液を呑み込み、制服を着た少女の方へと手を伸ばす。

 

 ボヤけていた焦点が定まり、外界の輪郭が明瞭となった。

 

伸ばした手の先に居た少女は、人ならざる存在と対峙しながら「笑って」いた。

 

それは、狂ったのでもなく、強がりでもなく、純粋な剣術の世界における「没頭」に近い感情で自らの技術、生命、意志、そのすべてを賭して戦える相手を前にした満足感。

そんな満たされた表情を浮かべる少女を目の当たりにしてしまった。

 

 先程まで優しく微笑み、人の温もりのようなモノを与えてくれた少女とは対極の、深い孤独を抱え、その才を持て余していた人間の、開放された顔。

 

 伸ばした指先を曲げ、百鬼丸は俯いた。

「…………お願いだ、コッチ側の存在になるな」肚から搾り出す。まるで懇願するように呟いた。

口惜しさでいっぱいになった百鬼丸は、ただ、少女が人であることを棄てないように願うだけだった…………。

――――お前はコッチにくるな。

 衛藤可奈美の鼓膜には、化け物に身を堕としながら叫ぶ少年の声を反芻していた。

(ごめんね……。)

淡い色の唇に、刃の光が反射し、下唇の光球は輝きながら弾けた。

白柄を掌で握り〝影抜き――――〟の再現をしようと小さな動きで確かめている。手の動きをピタと止め、高い集中度の視線を前に向ける。

 

 「もういいのか?」

 可奈美の準備を待っていたように、十臓は問いかける。

出逢ったときこそ、目前の少女を「小娘風情」と侮っていた。彼の生きた時代、女子は刀を握り、対等に戦う。そんな存在は居なかった。

 

 しかし、この別世界では事情が異なる。

 

 多彩な剣技を駆使し、さらに瞬時の応用により危機を打破しようとする能力…………そしてなにより、剣の狂気に憑依されたような雰囲気。

 

 (間違いない衛藤可奈美。お前は、もう、此方側の存在だ。あと一つ、なにか常識の関門を破ったのなら、お前は此方と同じ存在に到達する)

 

半ば確信めいたものが、十臓にはあった。この短い斬り合いでそれは理解していた。

 

 

 

 

 可奈美は脇構えのまま、呼気を整え、想定する幾重もの戦術を組み上げる。

(あの形状の刀…………切り結ぶとき、凹凸の部分で絡めとられるかな? だとしたら、刃先で打ち流すのは難しいかも。う~ん、でも慣れた縮地法の動きも入ってるから予備動作が掴みにくいかな?)

先程の近距離での斬り合いに対し、幾つかの要素を分析していた。

 古武術における移動法の一種『縮地法』は、最大のメリットに予備動作を相手に悟らせず、少ないモーションにより、次の攻撃や回避などの展開に繋げることができる。

 

 それ自体は、可奈美も試したことがあるために、別段驚くべき行為ではない。しかし、目前の相手――――十臓の場合、荒々しい原始的な剣技に加えて、時折織り交ぜられる訓練された機能美として動作が顔を現す。

 

 つまり、正と奇が巧みに混ざり合った状態で追い詰めてくる。

 

 それは、未だ戦国の遺風を身体に残しているかのように…………。

 百聞は一見に如かず、という言葉を改めて可奈美は思い知らされた。

 短い逡巡を終え、

 「――――うん」

 と、小さく頷いた。

 肩にかかった亜麻色の髪は、さら、とした質感で赤い襟の上を流れた。

 その仕草こそ小動物のように愛らしく、保護欲を湧かせる何かがあった。しかし、彼女の中に内包した冷徹で鉄を溶かすような情熱の混交が、確かに両面に宿っている。……猛獣の恐ろしき鋭さが、彼女を人ではない存在と認識させた。

 

 

 ――――十臓は動かない。

 

 まるで、スプリントに挑む陸上選手のようだった。スタートの合図を待つ体は既に、全身全霊の準備を終えており、始まりの引き金を待つ。雑音を意識的に排除し、相手の「気」の流れを感知するように、五感がフルで稼働した。

 

 

 ――――――。

 ―――――――――。

 ―――――――。

 

 

 (きたっ!)

 十臓の動きは全く予期できるところではなかった。しかし、感性の研ぎ澄まされた可奈美の耳が、肌が、その肉体全てが十臓の動きを察知した。この時点で最早、衛藤可奈美という剣士の頭は思考を止め、代わって肉体だけが無意識化において独立して動きはじめる。

 

 思考の領域は、戦闘において足枷となる。

 1秒以下の体の動作においては、不要であった。

 

 純白の俊敏な影が可奈美の視界を遮る――――。

 風圧を感じながら、左袈裟斬を察知した少女は『一刀両断』と呼ばれる柳生新陰流の反撃(カウンター)技を用い十臓の手首に鋭い一撃を打ち込む。すかさず、深く打ち込んだ直後に切先を喉元の辺りで寸止めした。

 

 にぃっ、と十臓の無機質な顔面が笑った気がした。

 

「お前、命を奪ったことがないんだな?」

 まるで、この瞬間(とき)を待っていたかのように、可奈美に問いかける。

「…………そんなの関係ないよ」

 言外に負けを認めろと言っているように、可奈美の厳しい琥珀色の瞳が光る。

 

「くっ、くははははっは!! 甘い! 甘いなぁ! この時代の剣士とはかくも、命を愚弄するのだな!」

 

「どういう意味?」

「まだ分からないのか? 命を奪い、奪われるということは、礼儀だ。奪う覚悟かあるからこそ、剣を振るう。ない人間なぞ、剣士としては存在できない。戦場で命を奪う覚悟のない兵などいらぬ。違うか?」

 

「剣はそんなことの為にあるんじゃない」

 

「なぜそう言い切れる? 命を奪う術を正しく理解できないから、お前もこの程度に落ち着いているのだ。正直、ガッカリだ」

 興覚めしたとでも言いたげに、十臓は肩を竦める。

 

 

 「お前も分かっているだろう。言葉でなんて俺たち(剣士)は理解できない。剣でしか分かり合えないんだ! この胸の渇きも全てそこに起因している。それが証拠にお前も、心の踊る様子が、こちらにも伝わってきたぞ」

 

 

 ぎりっ、と可奈美は奥歯を噛む。

 

 図星を指された。素直にそう思ってしまった。

 

「…………まぁ、いい。お前に足りないのは憎悪の心だ。理由が必要なら俺が作ってやる」

 

 

 人体模型のような白い外殻を動かし、十臓は紫色の焔に包まれた。

 

 

 「――――!?」

 僅かの間の出来事に、可奈美は咄嗟に〝迅移〟を用いて後退した。

 (気配が消えた!?)

 可奈美は左右に素早く視線を動かすものの、敵の姿は見えない。どこ? どこ? どこ?

焦りながら不吉な予感が彼女に閃く。

 

 

 

 

 

『衛藤可奈美、お前には俺を楽しませる義務がある。それには生贄が必要だ! …………くくくっ、はははは』

 

 狂ったように笑いながら、十臓はいう。

 

 

 急いで可奈美は声の方角に意識を向けた。陥没した巨大クレーターの縁に、その姿があった。――――しかし、彼の腕には「人影」がみえた。

 

十臓は右腕を高く掲げ、一般人をひとり、首を絞めながら釣り上げていた。

『よく見ていろ! なあ?』

 能面のような真紅の顔面が生贄となるべき人間の耳元に寄せられた。

「お前は死ぬのが怖いか?」

首を絞められた大学生くらいの若者の手にはスマホが握られていた。その画面は先程まで可奈美と十臓が戦っていた映像を録画したいたのであろう。RECのマークが表示されていた。

 

 大学生の青年は首を縦に激しく振って死にたくないという意志を示した。

「くくくっ、ははは、そうか死にたくないか。だが無念だな」

 十臓は『裏正』の凹凸部を青年の喉元にあてがい、ゆっくりとスライスする。薄い皮膚が切れ、鮮血が垂れた。

 首を絞められた苦しさと刃物の痛みで、青年は苦悶の表情を浮かべていた。足をジタバタと動かして抵抗していた。

 

 

 「痛いか? そうだろうな。普通の刃と異なり、この形で肉を切れば傷口も大きく、なにより肉がグチャグチャになる」

 「うぐっ、うぐうぐぐ!!(たのむ、殺さないで)」

 藻掻きながら青年が必死に訴える。すでに顔面はうっ血して青紫色になっていた。

 

 

 Ⅱ

  インカムに指令室からの情報が伝えられた。

 「――――了解した。目標の位置はバイザーで表示されている」

 涼やかな目元を瞬き、紅の瞳が目標を捕捉する。

 

 十条姫和は、端正な顔を顰めて「可奈美のやつ、何をしている…………」とボヤいた。ひとりだけ別行動をとった彼女に溜息交じりの不満を漏らした。

 S装備のバイザーには、可奈美の位置情報もマークされたいたものの、彼女が一体どのような状況に巻き込まれているのか分からない。

 ただ、あの巨大な生物はどうしたのか? 先程の巨大な火炎の円柱は何だったのか。疑問ばかりが浮かぶ。…………もっとも、可奈美のことだ。悪運の強い奴だから安否の方は心配しなくても大丈夫だろう――――そう、自分(姫和)に言い聞かせて《迅移》を発動し、建物の屋上を伝って目標の場所まで急ぐ。

 

 

「まったく、お前は手のかかる奴だ…………。私なんかよりもずっと手のかかる奴だ」

 以前、可奈美に言われた言葉を思い出していた。

 ――――ねぇ、姫和ちゃん。

 ――――なんだ?

 ――――悩んでいたら何でも話して欲しいな。

 ――――お前には話す義務なんてない。

 ――――あはは、厳しいなー。う~ん、でも、結構姫和ちゃんってしっかり者に見えて結構ほっとけない、っていうか、結構手のかかる子供みたいな感じがするんだよねー。

 ――――なっ!? お前にだけは言われたくない! 汚い部屋に変なマスコットにうつつを抜かすくせに!

 ――――え~っ、ひどい! ふっ、えへへへ。うん、でもね。もしも、悩みがあったら一緒に背負うからね?

 

 

 

 「――――馬鹿者め。お前の方がなんでも一人で抱え込むじゃないか」

 口元に微かな微笑を浮かべ、姫和は小烏丸の柄を軽く触れ、靴裏を浅く削り屋上から更に高く翔る。

 濡羽色の髪が薄い冬の陽光に透かされ、流麗に外気に髪束が散る。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、っ…………」

《迅移》や《写シ》を多用した影響により、知らず知らずに可奈美の体は限界にきていた。顎に伝う大粒の汗を手の甲で拭う。

(……………どうしよう? 今から行っても助けられない。)

――――見捨てるの?

 

 心の底に冷徹な判断を下す考えが湧いた。しかし、ぶんぶん、と頭を振って否定する。

 

 (どうして? 最近の私、何か変だな)

 

 以前までの自分であれば、人を見捨てるなどという考えは無かった筈だ。……だが、十臓という圧倒的な『悪』であり、強者と手合わせをしたことにより、自分の冷徹な側面が容赦なく浮き彫りにされた気がした。

 

 

 

 

『衛藤可奈美、お前は自分の存在が怖いのだろう? その才がお前を孤独にし、無能な連中と群れ遊ぶことが出来ない。…………剣の道は孤独だ。お前もそれは知っているだろう。――――悩む必要なぞない。お前は此方側だ』

 ゆっくり、手元を動かしながら十臓は可奈美に聞こえるように勧誘する。

 ――――外道への入り口に。

 

 ぐっ、と両手で柄を握り直し、可奈美は強く睨みつける。

 

 ――――急がないと!

 陥没した底から這いあがるには、足場を利用しなければ上に着けない。目線を素早く動かし、足場となる崩落物を確認すると、その甘言を振り切るように可奈美は最後の力を振り絞り、《迅移》を発動。数百メートルの距離を一気に縮め、剣を一閃と放つ。

 

 十臓はつまらなそうに首を掴んでいた人間を地面に投げ捨て、飛び退いた。

 

 「つくづく綺麗ごとの好きな奴だ」

 余裕を残した様子で、十臓は嘲笑う。人間なぞいつでも殺せるのだぞ? という、強者の雰囲気を纏いながら、首を微かに傾け疲労困憊となった少女を見据える。

 

 

 「そこの男も、この逃げ遅れた多くの連中も、お前たちの事を悪しざまに言っていたが、それでも助ける価値がある、と?」

 

 

 《迅移》による消耗で肩を大きく上下について呼吸しながら「……そう、だよ」と首肯した。

 

 「そうか…………では、お前の掲げる正義も何も、虚しいものだな。どれだけ助けても、どれだけ身を挺しても、そんな行動に価値はないな」

 

 「そんなこと――――」

 

 「ない、か? ハハハ、ではお前は根っからの自己犠牲を好むのか……いや、それも違うな。俺はお前と剣を合わせて知っている。お前は単純なお人よしではない。猛獣のような闘志と剣への飽くなき探求心がお前の中で蠢いている。それも否定するのか? 先程の斬撃にも力がこもっていなかった――――どうしても憎悪は剣に籠らない性らしい」

 

 

 …………やはり、先程の人間を殺しておくべきだったか? と、十臓は視線を大学生の青年の方へ向けた。

 

 「ヒッ!」短い悲鳴と共に、這いつくばった状態から逃げようとしている。

 彼の手元にあったスマホの画面にはリアルタイムの動画配信と共に、刀使を含む関係機関の不満や、中には誹謗中傷の文字が記されていた。

 

 首を巡らせ、未だ渋谷から逃げようと列をなして駅の構内へと殺到している群衆に意識をやった。

 

 

―――――手頃な獲物がいい。

 

 あの江戸で人斬りをしていた頃を思い出す。血肉を浴びて月夜に晒された日々が、彼の唯一の慰めになっていた。

 

 

 

 Ⅳ

 まま? ……どこ?

 

 むっちりとした幼児の腕が、目元をつよく擦り、泣きはらした赤い目になっていた。

 5歳ほどだろうか? 親とはぐれた女児は混乱が渦巻く中の群衆からはぐれ、泣きながら必死に母親の名前を叫ぶ。

 通常であれば、大人がすぐに駆け寄り事情を聞くところだった。しかし、惨状を究める現場には、無数の遺体が地面に転がり、警察や刀使などの人員も圧倒的に不足していた。

 

 大人たちは、皆、子供を顧みるより先に自分たちの命を守るために行動していた。

 

 

 はぐれてしまった女児は、この世界に孤独に取り残された寂しさから、必死に彷徨いながらも叫んでいた。

 

 「ままー? ままー、どこ?」

 

 いつのまにか、群衆の列から外れて、大小無数の亀裂が走ったコンクリート舗道と、倒壊した犬の銅像の台座の近くからビルの巨大モニターを見上げる位置にまで来ていた。

 

 「まま、まま?」声が枯れてつぶやくように何度もいう。

 

 

 

 

 この世の終わりのような風景に、幼女はしゃくりを上げながら、周りを窺う。

 

 

 塵灰の舞う崩落したビル群に逃げ惑う人々の、無表情に、冷静に狂った様子。ただ、その静かな狂乱の中で超然と屹立する人影。

 

 泣きながら嗚咽を漏らした幼女は、視界に入る異様な〝存在〟を察知した。

 

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