刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第185話

途切れた雲間から、太陽の光が射した。

「早く逃げてください」

可奈美は、振り返りながら言った。

大学生の青年は、喉をさすりながら媚びるような笑みを浮かべ「げほっ、げほっ、わかった。本当に助かったよ」と地面を這い立ち上がるとその場から逃げ去った。しかし、彼はちゃっかりスマホを握りしめ、「あっぶねー」と動画をチェックしながら、可奈美の方を何度も振り返った。その手でスマホのカメラを向けて。

 

…………まるで、命の危機に際したことなど忘れたように、動画を撮影することに夢中なようだった。

 

 

「…………。」

複雑な気持ちで、硬い表情を保ったまま可奈美は俯く。

確かに、人を守るという事は苦痛や困難が多く伴う。それは、これまでにも遭遇してきた。だが、今、剣で交し合った「対話」と比べ、どれだけ自分が多くの人間を救っても、やるせない気持ちになる瞬間がある。それは、逃れようもない事実だった。

 

 

雪片が溶けて濡れた前髪の下、揺れ動く琥珀色の瞳。

 

自分が未熟だから、迷うのだと思っていた。自分が、もっとちゃんとしていれば、こんな悲惨な事態に多くの人が巻き込まれずに済んだのではないか?

 

罪悪感と葛藤――そして、十臓との斬り合い。

 

 

すべての重荷から解放されたいと思ってしまった。

 

誰とも分かり合えない将来を考えるだけで、剣を握る意味に、迷いが生じてしまう。

 

 

刀使として、私は本当に何がしたいんだろう?

 

 

顔を上げ、虚ろな眼差しで空を見た。幾重もの光のヴェールが、惨状を極める地上を照らし上げる。自然は人の事情を超越して、時を移ろいゆく。

 

 

 

 

『いやぁーーーーーーーー!!』

 

耳を刺すような悲鳴に、可奈美は意識を体に戻す。

 

 

十臓の不気味にゆったりとした足取りが、駅の方角で避難の真っ最中である人々に向かっていた。

 

いや、それも正確ではない。

 

甲冑の胴体部分には、肋骨のような禍々しい模様が浮き彫りとなっている。小雪を付着させながら、十臓は確かな足取りにて、女児の方へと歩み寄る。

 

 

 

「――――!?」

 

 

熱烈な殺人への信奉者、彼の意図を可奈美が把握した瞬間、鋭い衝撃が全身を駆け巡った。

子供を、何の罪もない子供まで手にかけようとしている。

「うごかなきゃ…………」

しかし、可奈美の意思とは裏腹に、体は限界だった。

膝から地面に崩れ落ち、S装備のバッテリーも切れている。

これ以上の戦闘継続は不可能。客観的な事実として、彼女は行動不能だった――――。

「なんで……、はやくしないと…………っ、お願い! 動いて!」

自らの太ももを叩きながら厳しく叱咤する。ここで、動けねば女児の命を救うことは出来ない。

「…………お願いっ」

歯ぎしりをしながら、涙ぐんで呟く。

今、心の底から人を救いたいと思っていた。

――――どうして刀使になったのだろう? 剣を正しい道に使いたいから? 社会の役に立ちたいから? 

「お願い、助けさせて……」

目の前の命を救いたい。それが、衛藤可奈美の偽らざる本音だった。

孤独な道で剣を極めるかもしれない。誰にも同じ苦悩を味わう人はいないかもしれない。それでもいい。

人を、命を救いたい。

「お願いっ、動いてっ!!」

『―――あんまし、無理すんなよ』

潤んだ琥珀色の目が、驚きで瞬いた。

「えっ……?」

乱暴に可奈美の頭をぐしゃぐしゃに撫でる手。

見上げると、およそ人とはかけ離れた『黒き獣』の顔が映った。特徴的な下あごと、黄金の瞳。鋭い牙、それは人間とは呼べない存在。

「百鬼丸さん? なんで、怪我は大丈夫なの?」

どうして動いているのか? さきほど酷い怪我をして人の姿に戻った筈では? 様々な疑問で唖然としていた可奈美の顔を覗き込むように、黒い獣は口を開く。

『今はなんとか、自分の意思で体を操縦してる。安心してくれ。それより、あいつを止めたいんだよな?』

百鬼丸は、鋭利な爪で遠くの十臓を指さした。

「う、うん」

『だったら任せてくれ。おれが少しだけ時間を稼ぐ。だから可奈美。お前が女の子を助けてくれ』

「――――わかった」

細い意志の強い眼差しで可奈美は潤んだ瞳を拭い、頷く。

『そんでも、お前疲れてんだろ? おれの背中に乗れ』

 四足歩行の動物のように両手を地面について、百鬼丸は可奈美を促す。

「えっ、でも…………」

戸惑い気味に百鬼丸を見返す可奈美。

『時間ないから、急いでくれ。途中までおれの背中で移動して、そんで可奈美は途中で降りてくれ。オーケー?』

犬が舌を出してヘッ、ヘッ、と呼吸するように百鬼丸がいった。

「うん。わかった」

黒い獣毛が密集した背中に跨り、細い指先で撫でた。

「ごわごわしてる…………」

『仕方ないだろ。悪いけど我慢してくれよ』

そういいながら百鬼丸は、四足歩行で駆け出した。まるで、最初から四脚だったかのように滑らかに地面を走る。風を心地よく切り裂き、先へ先へと進む。

黒い獣が疾駆する中、首筋に抱き着くように体を密着させた可奈美は口元が綻ぶ。

「さっきは、叩いちゃってごめんね」

『ん? ああ、あれか。いや、あれは、おれの方が悪かった…………すまん。それより、可奈美にお礼が言いたいんだ』

「お礼?」

『うん、おれを友達って言ってくてれて嬉しかった。――――すっげー嬉しかった。今まで、だれもそんな事、言ってくれた奴いなかったんだ。だから、刀使だけじゃない。おれは、トモダチも守りたい。んで、トモダチの守りたいモンも守る。大事なことに気づかされてくれてありがとな』

「――ううん、そんなことないよ。私の方こそもらってばっかりだから。何度も諦めそうな時に、来てくれてありがとう」

『…………お、おう』

面映ゆかったが、悪い気はしなかった。

 

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