刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第188話

 渋谷へ緊急派遣要請が来た時から嫌な予感はしていた――――。

 だから俺は、その『化け物』の姿をみた瞬間から、ソイツの正体が俺の知る人物だと直感で分かった。

 黒い体毛に覆われ、犬型の頭部に鋭い牙と爪。

 金色の眼が周囲を不敵に見回す。

 (なんな表情する奴、一人しか知らねぇーぞ)

 俺は右腕の義手を握りしめ、ソイツを見ていた。

「なにやってんだよ、百鬼丸ッ!」

 

 

 Ⅰ

 ――――二〇年前、俺は江の島の付近にある祖母の家に遊びに行っていた。

 忘れもしない。

 九月二三日、その日の午前四時。

 異変は海の方から来襲した。

 ガキだった俺は、その時の記憶を忘れてしまったが、いくつか断片的に覚えていることがある。

 それは、布団で眠っている俺を祖母が起こしに来たこと。そのまま、促されるままに薄着の俺は祖母に手を引かれて避難をしたこと。まだ、夜が明けない菫色の暗い空を眺めつつ、多くの人の列に交じって歩いた。街灯がまだ点っていた。

 不謹慎だと思われるが、なんだか非日常的な体験に幼い俺は心が躍った。

 そして、俺はこんな時に戦う力があればいいと思った。

 だってそうだろ? TVとかでみる特撮のヒーローは危機に陥った時に変身して戦うんだ。だから俺は、江の島の方角から天空を貫くような巨大な蛇と、鴉の大群が空を覆いつくすのをボンヤり眠い目で見上げながら、ヒーローになりたい。そう願い続けた。

 交通機関や道路が寸断され、避難民が増えていたようだった。

列に並びながら長い時間待っていた俺は祖母に「いつ、避難所につくの?」と、聞いた。

 祖母は困ったように微笑みを返すだけだった。

 周りを見回しても、大人たちも疲れた顔で不安そうに暗い空を見上げていた。

 

『君、まだ眠いのかな? 大丈夫?』

 俺が目を擦っているのを見たのだろう。避難活動に従事していたひとりの刀使が、優しく近づいてきた。

「お姉さんだれ?」

 

 生意気だった俺は不服そうに言った。

 刀使の女学生は膝を屈めて俺の視線の高さまで姿勢を低くして、満面の笑みだった。

「えーっとね、私は○○。君は?」

「俺は田村明!」

「明くん? 凄い元気がいいね。ごめんね、もうちょっとで到着すると思うからそれまで我慢してね。約束できるかな?」

年上の女学生にそう言われた俺は、馬鹿馬鹿しいが、ヒーロー願望があって、弱音を吐く自分を隠そうと思ったようだ。

「へーき。あーあ、俺も変身できればあんなでけぇ奴くらい倒せるのになぁー」

無責任、というか、現実を知らない幼かった俺は、江の島に現れた大荒魂を指さしながら言った。

しかし、俺の不遜な発言にも柔らかく微笑んだ刀使は、

「そっかー。うーん、でも今は危ないから、明くんがもっと大人になってから退治してくれるかな? いまは、私たちに任せて。ね?」

「ふーん、まあいいよ。おねーちゃん、強いの?」

「あはは、おねーちゃんは弱いよー。でも、もっと強い刀使がいるからね。うん、でも大丈夫。おねーちゃんも頑張るから!」

「なにそれー。危なくなったら俺がいつでも助けてやるからな」

「うん、愉しみにしてるね。あ、列が動いたよ。じゃあね! ばいばい。また会おうね」

その時に見せた刀使の女学生の優しい口調と凛々しい顔立ちに、幼い俺は図らずもときめいたのだと思う。――――

 

 

 それから、江の島の事件が終わり、俺はすっかり元の日常に戻った。

 父と母が待つ実家に帰って、事件の話を色々とした。当然、俺に話しかけた刀使の少女の話も。

 

 それから随分時間が経過した。

 俺の初恋になったと思う、刀使の女学生の事が不意に気になって、当時の資料を調べた。もう、その頃は高校一年生になっていた俺は、あの当時の女学生の年齢と近く、図書館で調べながら親近感が湧いていた。

 当時、被害状況は藤沢市一円で約1600名の死者、行方不明者約1200名、負傷者約2万1000名。

 その数字として記された人々の中にも、怪我をした幼い俺も含まれているのだと思うと感慨深いものがあった。

 そして、俺は、被害状況をまとめた報告書の最後のページ、つまり官庁がまとめた公務員の死傷者リストに目を通した。

 自衛隊や刀使、特別機動隊のリストを漠然と見ながら、俺は息が止まった。

 「――――えっ、○○さん?」

 俺はもう一度、指先で分厚い紙面をなぞった。

 間違えようもない。あの時、幼い俺を励ました刀使の女学生が――――亡くなっていた。あの時、避難活動に従事し、突如発生した荒魂たちから市民を守るために数名の刀使が犠牲になったのだ。

 その死亡時刻を確認すると、俺と別れてから僅か3時間後に死亡した。

 享年が十六.

 今の俺と同じ年齢だ。

 

 「――――なんだよ、くそっ!!」

 俺は、自分の好奇心を呪った。

 初恋の相手を探そうとして――――糞みたいな現実を知った。……高校生の俺は、当時の俺をぶっ殺してやりたくなった。

 無責任に「ヒーローになりたい」とほざいた挙句、俺が大荒魂を倒す? そんな糞発言をした俺は、一体、だれになんてった?

 

 「畜生! なんで、俺なんか…………」

 

 もし、誰かを守ることができるのなら、人の為に戦う人を守りたい。そして、あの時、俺に話しかけた心優しい刀使のように、俺もなれればいい。そう思って、高校生の俺はSTTに志願した。

 

 

 

 ……………だが、現実は全然違った。

 厳しい上下関係でひたすら精神と肉体を酷使し、化け物どもと戦う。

 摩耗していく仕事の中で、いつしか俺は、酒と女とギャンブルで誤魔化した。糞みたいな日常を逃げるように快楽に溺れた。

 いつしか、上が出す命令を何の疑問もなく行動する機械になっていた。

 

 「あの日」までは――――。

 舞草の里を襲撃する作戦を言い渡された時も、俺は黙って準備をして出撃した。

 

 

 ……………そして、たった一人の少年にコテンパンにやられた。

 

 正直、痛快だった。

 俺はあの少年のように、強く純粋な心を、そして自分の信じたものを守れる強さに、懐かしさと、馬鹿らしい話かもしれないが、俺はあの少年に――――百鬼丸に憧れた。

 

 幼い俺が、本当に憧れた『ヒーロー』みたいだったから。

 あの日、俺が憧れた姿に。

 誰よりも強くて優しくて、固い決意を示す奴に。

 

 

 Ⅱ

 

 第二次部隊として派遣された俺は、D班(十五名)を率いて渋谷に出没した正体不明の怪物の対処を命令された。

 既に、第一次派遣部隊が特殊車両と拘束道具で釘付けにしたとの事前情報が入っていた。

 

 装甲車から勢いよく出た俺は、銃を構えながら部下を率いて渋谷のスクランブル交差点の陥没した方角を目指して進んだ。

 

 

 ―――――そして、俺は発見した。

 

 太いワイヤーロープと体中に突き刺さる『杭』に体を貫かれた一つの影を。

 

 自嘲気味にワイヤーロープに付着した血液を歪な指先でなぞり、真紅の雫を眺めながら肩を竦める。そんな人間らしい様子を見て、俺は確信した――――奴が、百鬼丸であると。

 その黒い獣の姿となった百鬼丸は、何もかも諦めたような目つきで、周囲を何重にも囲む俺たちを見回して、「はやくトドメを刺せ」そう訴えるようにヴァァアアアアアアアア、と吼えていた。

 馬鹿野郎、馬鹿野郎、馬鹿野郎、――――――

 

『この大馬鹿野郎ッ、テメェ百鬼丸!!!! こん畜生ッッ!!!! テメェ何諦めてやがるんだよォ!』

 激昂した俺は、銃を地面にかなぐり捨てて、走り出した。

 ビクッ、と肩を震わせた百鬼丸は、大声で怒鳴った俺の方をみた。

 

 その間抜けな目つきと表情は、先程まで冷酷を装っていた化け物とは違う、年相応の十代の少年のようなあどけなさを残した顔だった。

 

 

 『は、班長!? どうしたんですか?』

 『命令違反ですよ!?』

 と、背中から俺の部下たちが口々に引き留めようと声をかけてきた。……………すまん。俺は公務員として失格だ。

 

 悪い。多分、この仕事は今の命令違反で首だ。

 

 

 (でも、悪くないな)

 

 俺は、あの少年に助けられた時の記憶と――――この人体に限りなく近い義手を固く握りしめながら自然と進み出る足を止めることが出来なかった。

 ――――心の命ずるまま、俺は走った。

 あの、糞生意気な時代の俺が帰ってきたみたいだ。

 

 「悪いなぁ!! 俺はまだガキみたいなんだ」

 あははは、と自然と口から洩れる笑い声で叫びながら俺は、四方八方から貫かれている百鬼丸に駆け寄った。

 (テメェはこんな所でくたばる奴じゃねーだろぉ、なぁ!!)

 




しばらく更新止めます。

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