刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第189話

 

「歯ぁ、食いしばれ! この糞馬鹿野郎ッッ!!」

田村明は怒鳴りながら右腕を大きく振りかぶり、走る速度と体重の乗った重いパンチを獣となった百鬼丸の左頬を思い切り殴った。

バシッ、という軋む音と共に百鬼丸の頭は勢いよく左へと弾かれた。

大きく目を瞠って驚愕の色を隠せない百鬼丸は、動揺した瞳で明の方を見る。

『なんで…………どうして、明さんがここに?』

口端から血の筋を垂らして聞いた。信じられないという表情だった。

「俺はSTTの隊員だ。こんな大規模な事件に出動しないワケないだろ。それより、こんなチンケな拘束道具でなに黙ってやられてんだよ、この野郎!」

 明は怒りを滲ませながら百鬼丸の体を貫く『杭』を抜こうと、百鬼丸の血に手を濡らしながら必死になって引き抜こうと試みた。

『止めてくれ。明さんお願いだ…………おれは、もう疲れたんだ。おれはやっぱりどうしようもない――――どんなに頑張っても、人にはなれない。人とは馴染めない。もう、おれは消えたいんだ…………』

 俯き加減に弱音を吐く。己が存在することに対する苛立ちと、不満。

「おい、もう一度ってみろ!」

『えっ……ぐあっ!!』

明は顔を微かに上げた百鬼丸の鼻面に頭突きを喰らわした。

背後にのけ反った少年は、首を左右に振って明を睨む。

『何するんだよ! おれが生きようが死のうがアンタには関係ないだろ!』

「うるせぇ、黙れ! じゃあ何か? 俺がお前の生き死になんかで関係あればいいのか? いい加減にしろ! 俺はガキなんだ。難しい話なんて分からねーんだよ。いいか、俺はお前に借りを返してねーんだ。それまでくたばるんじゃねーぞ!」

『おれは明さんに何も…………』

「黙れッ!!! テメェは黙って助けられろ!」

『あんた、無茶苦茶だよ……』

「そうだ! 無茶苦茶で何が悪いんだ? なぁ!? お前が今までしてきただろーが! あのショッピングモールの時だってそうだ。お前は、絶対に諦めなかった。どんなにボコボコにされても立ち上がって強敵と戦って、助けたい奴らを全員救う。欲張り野郎だろうが! ――――そんでも、俺はそんな欲張り糞野郎に憧れちまったんだよ!」

 唾を飛ばして、杭を引き抜くためにポケットから仕えそうな道具を探す。それから、皮肉っぽい表情で、口元が微かに綻ぶ。

「…………俺さ、昔からヒーローに憧れてたんだよ。弱い人を助けて、悪い奴と戦って颯爽と立ち去る奴に」

『おれは違う。明さんの買い被りだよ』

「黙れ!」

左腕を曲げて肘で殴打する。

 ボコボコに殴られた百鬼丸は、口内を切ったようで、血が牙の間から滴る。

 「――――なぁ、俺は、俺は本当にうれしかったんだよ。お前みたいに、人を助けて誰にも知られずに去ってゆく――――カッコいい姿に。夢じゃないんだってお前に教わったんだ。大人になるにつれて、諦めていった俺と違って、絶対に…………諦めないで強敵に立ち向かうバカなお前に!」 

 喋るにつれて、涙ぐむ明は、暴力的な行動とは裏腹に百鬼丸を真正面から見据えている。

 

 

「お前の過去に何があったか知らねえよ! 興味もねぇ。でもな、顔も見えない大勢の誰かがお前の力を求めてる。――きっとそうさ。どんなに糞みたいな連中でも、それでもお前はぶつくさ文句いいながら助けてきたんだろーが。途中で終わりにするなよ! やるなら最後までやれよ! …………怠け者の俺に、夢を見せてくれた奴が落ちていく姿なんて俺は見たくね! 文句あるか!」

 

『……明さん。おれ、どうすればいいか分からないんだ』

 弱々しく百鬼丸は目線を逸らしてつぶやく。

『どんなに頑張っても、その終わりが見えないんだ。おれが戦うほどに、行動するだけで色んなものが、おれを責めてくる気がするんだ』

 

「知らねぇ! そんなのテメェで何とかしろ。いいか!」

 血濡れの両手を百鬼丸の両頬を掴み、無理やり視線を合わせる。

「さっきから後ろでお前の名前を呼ぶ声が聞こえるか?」

 そう言って、背後を振り向く。

 

 

 数十メートル後方、STT隊員の中に紛れながらも、微かに聞こえる声があった。

『百鬼丸さん! 百鬼丸っ!! 待ってて!! 助けにいくから!!』

 白と赤を基調とした美濃関の制服――――その刀使が、隊員たちが制止するなかでも必死に腕を伸ばして、叫び続ける。呼びかけ続けた。

 

 

 

『可奈美、なんでまだ……?』

「おい、見えてるかボケナス。お前を助けようとしてる酔狂な人間ってのは俺だけじゃねぇみたいだ。………なんでお前を助けたいか分かるか? 皆、お前が助けた人間なんだよ。お前がやってきたことは間違いじゃない。信じてくれ」

明は、努めて穏やかな口調で百鬼丸を諭す。一切、嘘偽りのない本音で向き合う。それが、田村明という男の出来る精一杯の方法だった。

少しだけ戸惑いながらも、百鬼丸はゆっくり、確かに言葉を咀嚼するように理解して頷く。

『――――わかった。明さんのいう事、信じてみるよ』

その言い方はどこかぶっきらぼうで、幼い子供のようで、しかし、年相応の少年らしい態度で相手を信頼した。

 

 

 

 

 ――十条姫和は息を呑んだ。

 

 倒壊していないビルの屋上に着地すると、自分の長い黒髪が視界を覆うように流れた。それを手で払いつつ、平城の制服にいつの間に付着した塵灰に気が付いた。周囲は、戦場のように、空気に黒煙の混ざった空気が漂っている。

「ひどい…………」

私は思わず本音を漏らした。

《小烏丸》をしっかり左手で握り、冷静さを心がける。焦らず、現状を確認しなければ……私は、そう思って周りに目をやった。

周囲の建物は倒壊、あるいは破壊され尽しており、まるで紛争地域のような光景が目前に拡がっていた。あの巨大な怪物が全てを破壊した。改めて、非現実的な光景に、息を呑むしかなかった。――しかし、それらよりも足元での騒がしさが気になった。

 

『黒い人型の獣』が無数のワイヤーロープで身動きができない不可解な状況に違和感を覚えた。

STT車両と隊員たちに囲まれている『黒い人型の獣』に、どこか見覚えがあったからだ。

 

『おれに近づくなッ!!』

 

その獰猛な叫び声に、私は聞き覚えがあった。

(百鬼丸!? どうして? なんだあの恰好は?)

突然のことに私の頭はひどく混乱した。

目を細めて更に注意深く確認すると、その黒い獣に向かって走る一人のSTTの隊員がいた。

(奴は……)

異常な事態に、私はどうすればいいか分からなかった。

可奈美は、後先も考えずに飛び出した。

一見するとアイツらしい無茶な行動だと思った。けれど、あの能天気そうな可奈美だが、本当に何も考えずに動いたとも思えない。可奈美は、周りの人間が思っているよりも遥かに鋭い勘と、冷徹さを持ち合わせている。

 

「私は――――」

どうして躰が動かないのだろう? あの黒い獣は確かに、百鬼丸だ。それは声を聴いただけで分かる。しかし、これまでよりも、悲痛で、切実な叫びは今まで聞いたことがなかった。

 

茫然と、ただ見ることしかできない私と違い、百鬼丸に駆け寄ったSTTの隊員は必至で百鬼丸の体に突き刺さるワイヤーロープを引き抜こうと懸命だった。

 

グッ、と無意識に私の手に力が籠る。

 

(そうだ、私はいつも何も考えない。――――百鬼丸、待っていろ)

私は《小烏丸》を勢いよく引き抜くと精神を集中して「すぅーーー」と息を吸う。高所からの勢いと正確な斬撃でロープを切断する。今の私にできることはそれだけ。

自然と足が前へ進みだしてビルから飛び降りていた。自然落下の速度は、内臓をふわっ、と気持ちの悪い浮遊感へと誘われた。それにも構わず、私は目標を見詰めながら、落下する。

 

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