「ああ、くそっ!! 全然このロープ切れねぇ!!」
明は焦った様子で手元のワイヤーロープをアーミーナイフで切断しようと試みる。特殊な繊維でも織り込まれているのだろうか、綻びすらできない。
「なあ、百鬼丸。お前の牙とかでなんとかならんか?」
『牙で、ですか? でも、おれ今首も動かせないですし……』
「だよなぁ」
数十本も躰を一直線に貫通するロープは、ビクともしない。しかも、手は血で汚れており、刃も滑ってしまう。
(まいったな)
考えなしに動いたことを後悔した明だったが、今更諦めるワケにもいかず、さりとて妙案も浮かばない。
――――と。
プチ、プチ、プチ、と小気味の良い音が、明の背後から突然聞こえた。
「「!?」」
百鬼丸と明が音のする方に頭を向けると、虹色の残像が揺らめいた。……この独特の残影を二人は知っている。
《写シ》だ。
濡羽色の長い髪が外気に流麗に舞う。
『姫和、なのか……?』
信じられない、という気持ちで百鬼丸が問いかける。
名前を呼ばれた相手は、着地時の屈んだ姿勢からスクッ、と立ち上がる。強い意志を示す眉と目線が百鬼丸と合う。
「久しぶり、だな」
やや硬い表情で、努めて軽い態度で挨拶をする。
『ああ、……でもなんで姫和が』
「渋谷に出没した巨獣を倒すために来た、ハズだったが、どうやらお前が全部終わらせたらしいな。ふっ、お前らしい」
『姫和、聞いてくれ。お前はおれを助けなくていい。マズいことになる。周りを見てくれ。STTに囲まれてんだ、おれ。お前まで危ない目にあう必要はないんだ』
「――――嫌だ」
『聞いてくれよ、犯罪者になっちまうかもしれないぞ?』
その百鬼丸の心配する様子をみて、思わず姫和はくすっ、と笑う。
『な、なんだよ……?』
唐突な笑みに、百鬼丸は不意を衝かれた。
「いいや、思えば御前試合の時から私は犯罪者としてお前と逃亡生活を送ったのに、今更そんな事を心配するなんてな」
ふふふっ、と思い出したように姫和は肩を震わせて笑った。そして目端に溜まった涙を指先で拭い、
「私はいつも前しか見えないみたいだ。私は、私の信じることに従って動く」
言いながら姫和は次々と小烏丸でワイヤーロープを斬る。鮮やかな太刀筋が高い緊張状態を保つ一本を斬る。大きく踏み出した足で下半身に力を籠め、百鬼丸の体の自由を奪っていたモノを次々と断ち切る。
「百鬼丸、私はお前のことが、心のどこかでずっと苦手意識があった」
『…………そうか』
「お前と私が似ていると思っていた。運命から逃れることができない、自分に似た存在だと思い込んでいた。……それでもお前は、どこか気楽そうにしていた。正直、苛立つ時だってあった。そんなお前に、悔しいが何度も救われた」
小烏丸を振り上げ、一呼吸の間に再びロープを切り離す。
「今、私がこの場にいるのは、少なくともお前のおかげもある…………」
緋色の瞳が、百鬼丸を見返す。どこか恥ずかし気に視線を逸らそうと瞳が微動しているのが解った。
『姫和、……お前』
「いいか、勘違いするな! あくまで偶然助けられただけで、それ以上でもそれ以下でもないからな!」と、語気を強く言った。
『お、おう……』
そんな二人のやり取りを見ていた明は、意地悪い顔で百鬼丸の胸板に肘で軽く小突いた。
「おい、よかったな。可愛い娘に助けてもらってよ」
『明さん…………』
呆れにも近い顔で、百鬼丸はへっ、と苦笑いを漏らす。
『ですかね』
確かに彼の言う通りだ。これまでの自分であれば、誰かに助けられることに不快感を示しただろう。なぜ、自分の手で危機を乗り切れないのか。そう、自責するだろう。
けれど、今はちがう。少なくとも誰かに助けられることに嫌悪感が無くなった。
「おい! 百鬼丸。偶然に私が助ける形になっただけだ。いいか、偶然だ! わかったな?」
剣先を百鬼丸の方に向け、かなり言い訳がましく念押しをした。
『姫和』
「………なんだ」
やや不機嫌そうな声。
若干だが眉も釣りあがっている。
『助かるよ』
一瞬、垣間見えた年相応の飾り気のない百鬼丸の雰囲気に、驚いたように口を半分開く。それから小声で「お前もそんな表情をするんだな」と零した姫和は、俯き加減に小さく頷いた。
「当然だ」
努めて素っ気なく返事をする。
過酷な運命を背負った者同士だと思っていた少年の、あどけなさの残る部分がみえた。
(お前も弱い部分があるんだな)
彼の強さしか目に映らなかった姫和にとって、百鬼丸の弱音を吐く姿が新鮮だった。彼が何に苦しんでいるのか。これまでどんな事があったのか。それは、恐らく教えてくれないだろう。
それでもいい。
「私は、どんな時でも私のやり方を貫く」
Ⅳ
轆轤秀光にとって、田村明と十条姫和の闖入は予想外だった。――――しかし。
彼は、冷静な眼差しでモニターを眺めながらインカムマイクに小さく囁いた。彼にとって、全て『百鬼丸を殺す』ことが至上命題であった。多少の犠牲も構わない。なるべくなら、刀使は殺したくない。しかも、十条姫和という逸材を失う危険性もある。
だが、決して百鬼丸を殺す好機を失う訳にはいかない。
「どれだけ被害が出ても構わない。やれ」
渋谷に出動した部隊の指揮官に直接命令を下す。