刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第192話

 

 

 金槌の叩く音が断続的に、物憂い耳に聞こえてくる。

 キィン、キィン、と金属の持つ独特の重低音――――それが、熱い火花を散らしながら一個の形へ収束してゆく。

 

 

 刀へと変化を遂げる過程で排出される金属物質の《老廃物》、それがノロ。

 

 鉄の精錬には高熱が必要である。持続的な火は膨大な燃料を必要とした。

 

――火

 

 それは、人類が文明を発達させる上で――もっと言えば動物/人類を区分するものとなった。

 

 「プロメテウスの火」

 

 ギリシャ神話にも代表されるように、人類は夜闇に恐れず活動できるようなった。

 文明の脊椎ともいえる金属の精錬にも火は利用された。

 

 

 ただ、行き過ぎた発展には相応の代償は要求された。

 

 火は戦争に利用された。無論、鉄も同様である。

 

 火光を持たぬ人類は常に夜闇に怯え、かつ自然に畏敬を持った。太陽が地上に光を与え、月が夜の道標となった。

 

 ――そして、現代。人は余りに大きな「火」を得た。……が、その代償として余りに大きな苦悩が付いて回った。

 

 

 暗転した視界から意識が引き戻されると、霞む目に淡い人影が映った。……少年の全身は気怠さが支配していた。無意識に「――あっ」と、擦れた声で少年は短い単語を発する。

 

 百鬼丸は気が付くと、足元にLEDのランタンが置かれていた。

 小刻みに躰を伝う振動が感じられた。車のエンジン特有の振動だった。

 

「…………百鬼丸、起きた?」

 朴訥とした少女の喋りが聞こえた。

 

「お、ま、え、は――?」

 虚ろな目を上げ、焦点を合わせた。

 

 淡いランタンの輪光に照らされた少女――糸見沙耶香は、体育座りをしながら百鬼丸の傍に居た。色素の薄い、その長い前髪に隠れた心配そうな目線を、百鬼丸は感じた。

 

「なんでおれは、こうしているんだ?」

 周囲をゆっくり眺めると、段ボールの箱が雑然と積まれていた。埃っぽい匂いが充満している。

 

 

 床面の冷たい感触が頬や半裸の上半身に伝わる。……鉛のように重たい躰を動かす気にもならない。

 

「……大丈夫?」

 沙耶香は静かに労わるように小さな紅葉のような両手で、血だるまになった百鬼丸の背中に触れる。

(熱いっ……!?)

 百鬼丸の皮膚は驚くほどに高温だった。

 沙耶香は薄暗い中、視線を百鬼丸の足元に這わせる。加速装置から湯気が立ち上っていた。

「教えてくれ、沙耶香。どうして、おれはこんなトコロで生きてるんだ?」

「……あとで教える。だから今は休んで」

「なぁ、なんでおれはまた、生き残ったんだ……?」

恨みの籠った口調で、誰にいうでもなく呟いた。

「…………わからない。でも、わたしは百鬼丸が生きてて良かったと思ってる」

沙耶香は素直な気持ちで言った。

「へっ、そうか」その答えを軽蔑するように鼻を鳴らして俯く。

(――もう、全てどうでもいい)

百鬼丸の瞳には闘志が失われ、希望の光が消えていた。

粉々に砕けた精神で辛うじて肉体を動かすだけの哀れな存在になり果てていた。

 

意識を失う寸前にみた光景は明の銜えていた煙草。

細く長く伸びた煙草の煙の糸が、灰色の空に昇り――途切れた。

――それが、百鬼丸のみた最期だった。

 

(皆、おれに関わったから死んだんだ……)

大切に思う人たちは自分の前から消えてゆく。自分を認めてくれた人は、余りにも呆気なく死んだ。

 

「うぅあああああああああああああ!!!!!!」

百鬼丸は発狂の悲鳴を喉から迸らせた。

気が付くと、記憶の底から次々と後悔すべき映像の断片が浮かび、彼の精神を蝕む。

失敗の数々。

救えなかった刀使たちの骸。

人々の憎しみの籠った差別の眼差し。

投げかけられた刃のように鋭い「言葉」たち。

 

 

(いやだ、いやだ、いやだ、もういやだ。おれはなにもしたくない。いやだ、いやだ、おれはどうすれば良かったんだ……。)

頭を抱えながら、地面に横たわり、のたうち回る。

 

 ――――消えたい。

 

 痛切にそう思った。

 

 




 願ったのは「愛」でした。
 求めたのも「愛」でした。
 探したのも「愛」でした。
――でも、そんなモノ求めちゃいけない。
……だって、ぼくは「人殺し」


(とある死刑囚の手記より引用)
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