刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第196話

「しっかし、どーすっかなー。これから」

頭の後ろで指を組んだ小柄な人影が盛大な溜息とともに周囲を見回す。

無差別爆撃を受けたような渋谷の街の崩壊。

地面は抉れ、アスファルトの舗道も巨大なクレーターが出来上がり、蟻地獄のようだった。倒壊したビルの残骸も山積みで、避難活動を続けているにも関わらず、公共交通機関の破壊と共に変える足を失った人々が立ち尽くしている。

 

ガス漏れによる延焼も、所々で発生しているらしい。

 

しかも地下を通る水管が破れて、噴水のように霧雨が亀裂の走った地面から勢いよく上がっている。

 

水溜まりを歩きながら、益子薫は努めて冷静かつ明るい口調で、隣の人物に語りかける。

「――――かなみんも、ひよよんもSTTの人たちに捕まっちゃいましたから、お手上げデス」

古波蔵エレンは普段の陽気な表情を消し、沈痛な面持ちで呟く。

百鬼丸の脱走を手助けした咎を受ける形で、取り調べのため連行された。

薫とエレン、舞衣と沙耶香が事件現場に到着した時には全てが終わっていた。多くの人々が巨獣に食い殺され、その巨獣を百鬼丸が殺し、そのSTT隊員が百鬼丸を殺処分するための包囲。

 

 

 

最初に、百鬼丸を殺すために銃を構えた隊員たちの姿を発見した時、薫は状況が理解できなかった。「デカい化け物を殺すのが目的じゃないのか?」思わずそう叫びそうになった。しかし、それ以上に現状を打破することが先決だと、薫の脳裏に冷静な判断が過った。

 

――だから。

 

『なぁ、悪いねね。チョットだけ芝居をうってくれるか?』

薫は自らの左肩に乗った相棒の荒魂――ねねに囁く。

不安げに百鬼丸と薫の顔を交互に見ていたねねは、薫の考えに呼応するように「ねね!」と可愛らしい声をあげた。

 

直後、薫の肩から跳んだねねは、そのまま全盛期の荒魂時代として巨大化を果たした。

 

……――――ヴォゴォオオオオオオオ

 

激しい咆哮と共に突如現れた、四足歩行の山犬に似た荒魂。

天空を衝く咆哮はかつて人々を恐怖に陥れた姿だった。

 

意表を衝かれたSTTの隊員たちは、荒魂の形をしたねねに完全に意識を奪われた。

完全に戦意喪失した百鬼丸の対応を後回しに、荒魂のねねに対応するため、銃撃を開始する。

 

……――――ヴォォゴォオオオオオオオオオ!!!

 

体全体を揺らし、声をあげる。

ねねは、そのまま全力疾走でSTTの隊員たちの真横を横切ってゆく。

 

薫の咄嗟の判断が、現場の状況を変える一手になった。

 

 

「おい、急げ! アイツをあの場から動かさねーと!」

薫自身は巨大な御刀を持つ影響で、素早い行動が難しい。

 

「……待ってて」

即座に薫の真横を通り抜ける迅い風があった。

《迅移》を発動させた沙耶香が、瓦礫の中に埋もれている百鬼丸のもとまで向かった。

「あっ、ちょ、ええ?」

意外な行動をとる沙耶香に、薫はただ茫然と背中を見送った。

 

 

その後の状況は慌ただしく、百鬼丸の肩を担ぎ戻ってきた沙耶香は、青白い表情で何度も少年の顔を窺っていた。

ブツブツと何か呪詛を漏らすような呟きを続ける百鬼丸。

 

困惑する薫たちの前に猛スピードで現れた運送業者の車。そこから下りてきた小太りの人の好さそうな「大関」と名乗る人物。

その後の詳しいやり取りは覚えていない。ただ、薫たちは立場上、ねねを囮に使い、形だけでも荒魂退治をしなければいけない。

だから、百鬼丸についていくことが出来ない。

『沙耶香、頼めるか?』

と、自分で言ったことは覚えている。

S装備を外した沙耶香が硬い意志の両目で頷く。

『……うん』

小さく、しかし確かな答えに薫は、思わず親指を立てた。

『じゃあ、また後で』

 

「おい、ねね。もう元に戻っていいぞ」

瓦礫の山の迷路の中。薫は、倒壊したビルの一階部分で、呼びかける。

「ねねー」

と、可愛らしい鳴き声とともに薫の肩に――――ではなく、薫の隣の人物の豊満な谷間に向かって飛び込む。

「お前……こんな時でもブレないのな」

ジト目で、相棒の薄情さに今更ツッコミを入れる。

「薫もねねも、凄いタフなんデスよね」

少しだけ寂しそうな表情でエレンは、自らの谷間に挟まったねねの頭を撫でながら言った。

「…………ったく、なんでオレたちはこーやって、尻ぬぐいばっかりなんだろうな」

薄桃色のツインテールを揺らして、薫は上を向き愚痴をこぼす。――言葉とは裏腹に、沙耶香の見せた精神的な成長に期待している自分に驚いていた。

「薫は面倒見がいいカラ、皆頼っちゃうのカモ?」

茶化すようにエレンは左隣に立って、柔らかな頬をツンと突く。

「おい、ヤメロ。結構真面目な話なんだぞ」

「う~ん、本当ですカ?」

「オイ、どういう意味だこら」

「薫が真面目なんて、今日は空から隕石でも降るカモしれないデスね!」

「ああ!? どーゆー意味だオイ!」

ぷんぷん、と怒った薫は両手を振り上げて抗議する。

と、急にピタッと止まって薫はエレンを見返す。

「オレたちにしか出来ないことはある。だからそれは面倒だけどこなしていくしかないんだよな」誰にでもない、自身に言い聞かせるように薫は言う。

「薫……」エレンは、まだ状況がうまく掴めていないものの、それでも親友の言葉に安心を感じていた。

「さあやも、まるまるとも、皆合流したいデスね」

「……当然だ。できる」

にっ、と悪だくみするような子供みたいに薫が口端を釣りあげる。

 

 

 

 

(百鬼丸が元に戻らないとしても…………)

座席を倒した空間で、体育座りで膝を抱えながら糸見沙耶香は思う。

(分かりたい。…………何を百鬼丸が背負っているのか)

右隣でもぬけの殻と化した少年を横目で窺いながら傍に置いた御刀(妙法村正)の柄を握る。

彼と初めて出会ったとき、その圧倒的な殺気と強さに気圧された。

人の形をした悪魔のような強さ。

まるで全存在を壊されるような眼差し。――あの時、ノロで正常な精神ではなかった沙耶香ですらも記憶する『畏怖』

今もなお生々しく躰と心に刻まれた恐怖。

 

――しかし、この少年と行動を共にして気付いたことも多かった。

 

普段見せる百鬼丸は、とても刃を振るう時の姿と一致しない。むしろ、その逆に快活に笑い、気を許した相手にはどこまでもお人好しだった。

不思議と言えば不思議だった。他人の気持ちを推し量ることが苦手だった沙耶香には、特異に映った。

 

何が彼を戦いに駆り立てるのだろう? どうして、戦いに身を投じるのだろう?

正直に言えば、百鬼丸との行動や発言には矛盾や謎が多く、彼を全て知ることは不可能だった。――だが、それでも、自身(沙耶香)と重なる部分に親近感を感じていた。

 

だが、それらを超える印象的な出来事――があった。

 

折神家屋敷での戦い。

 

タギツヒメ封印のため、隠世へと迅移を始めた姫和を、瀕死の重傷状態から引きずり戻した。

 

執念にも似た諦めの悪い姿に、疑念が確信に変わった。

飽くなき《欲望》

人形だった自分に無いモノ。

ただ、剣術の才能を見込まれ高津雪那という女性に従い、言われたことをこなしてきた。習慣(ルーティン)と化した荒魂の討伐。

他人が呼吸をするのと同じ感覚で、ただ剣を振るい目の前の障害を斬り伏せた。疑問を持つことはない。難しいことは考えなければ、体は自由になった。

 

そうすれば、大人たちは褒めてくれた。年の近い子たちは皆、口々に自分(沙耶香)を褒めてくれた。

 

……それが、自分の居る存在価値なのだと思っていた。

 

 

 

(今ならわかる。…………わたしは、欲しい)

強く願えるような「想い」を。

沙耶香は胸の前でぐっ、と手を握る。

この胸の奥にいままでポッカりと空いた穴が、少し埋まる気がした。

舞衣の柔らかな匂いと、抱かれた時の安心感――それは長い間求めていた安らぎだとするならば、自分の行動の指針になるのは、百鬼丸のように愚かさだった。

 

 

願う。切に願わずにはいられないのだ――――他の誰の為でもない自分の為に。

 

「想い」、きっと誰かがだれかを思わずにはいられないように、人形だった頃から求め続けていたのだ。

 

 

――――その百鬼丸が、虚ろな人形のようになった。否、それよりも酷く、魂の抜けたような惨憺たる姿に変わってしまった。

 

口を半開きに、瞳の焦点は定まらず、涎を垂らし、俯いてブツブツと何かを呟いている。

 

沙耶香は百鬼丸の両肩に手を乗せ、彼の体温を感じた。

 

普段であれば常人よりも高い体温で、火傷の錯覚をするほどの熱さだが、今は冷たくなっている。筋肉だけは隆起しており、それが却って現在の百鬼丸の肉体と精神の分裂を感じさせた。

 

「…………大丈夫だから」

過去の自分にもし、何かを語りかけることが出来るとすれば、間違いなく告げたい言葉だった。

……大丈夫だから。

 

今もなお、沙耶香の体内と血管を巡る血液に混ざったノロの因子。

かつて、それを忌諱し、畏れ、途轍もない絶望に襲われた。

――だが、図らずも今。

そのノロの因子たちが沙耶香に囁きかける。

 

……この少年はまだ完全には終わっていない、と。

 

「わたしが百鬼丸のことを守るから」

 

 

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