刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第197話

(助ける…………。)

車の後部座席で膝を抱え、体育座りの要領で考え込む沙耶香。

車体が左右に揺れるのを感じながら、隣に居る人物を横目で窺う。

――――百鬼丸。

年齢でいえば、十三、四くらいだろうか?

正確な年齢を沙耶香たちは知らない。ただ、今の百鬼丸は虚ろな目で口を半開きにしている。涎が口端から垂れ、人形という言い方が正しいのかも知れない。

夜の時刻。

車窓から時々射し込む強烈なヘッドライトの光で闇から浮き彫りになる少年の横顔が酷く孤独に見えた。

沙耶香が視点を前に戻すと、カーナビのデジタル時計が無機質に時間を刻んでいる。

 

白いバンが甲州街道を北上していた。ラーメン屋の店主から借りた車だ。車の中はネギや豚肉など食材の匂いが染みついた独特な空間だった。油汚れもドアの辺りに点々と付着している。お世辞にも清潔とは言い難い。……そんな車内で、

「どうした? 眠れないのか?」

バックミラー越しに、鷹揚な声で大関が問いかける。

「……うん」

「そうか。まぁ、眠らないと体に悪いぞ」

「……うん」

「――――。」

気まずそうに意識を前に戻した大関は無言でハンドルを握る。だが、彼にも沙耶香にもこの先に行く当てなど一つもない。百鬼丸という爆弾のような存在を抱えながらの逃避行だった。

 

県境を超える前に検問で捕まるだろう。だから検問の包囲が完成する前にできるだけ遠くに逃げる。

大関は口にこそ出さないが、この先のアテなどない。そんな無謀な行動を起こした自分を今更ながら馬鹿にしている。――しかし、それ以上に百鬼丸の身を安全な所まで連れていくことに、使命のようなモノを感じていた。

「喉、渇かないか?」

再びルームミラーを見る。

「……大丈夫」

沙耶香は淡々と返事をする。彼女は、一時間前から変わらぬ姿勢で百鬼丸の隣に居る。

 

沙耶香はもう一度、横目で百鬼丸の方を覗う。

彼は変わらず、虚ろな目と表情でただ座っている。

無言で沙耶香は百鬼丸の肩に寄りかかる。左腕は義手であるが、筋肉質な男性の腕と遜色のない肉感が服越しに伝う。……微かに聞こえる吐息が辛うじて、彼が生きていることを知らせてくれる。

 

沙耶香も不安がない訳ではない。

 

だが、それ以上に彼を守護(まも)りたいと思った。

「…………。」

沙耶香の左には御刀(妙法村正)を立てかけている。紫紺色の瞳が、時々、やはり少年を見る。何度も変化しない彼を観察しながら、初めてこのように静かな時間を過ごしていると思った。

 

もう、二度と元に戻らないことが不幸なのだろうか?

 

沙耶香はふと、思う。

彼は今まで、数えきれない強敵と激闘を繰り広げてきただろう。その日々は明らかに苛烈であった。正気を保ちながら戦い続ける日々。消耗する精神と肉体。それをカバーする強靭な精神力。――だが、果たしてそれは幸せなことだろうか?

少なくとも、今、このように戦いから逃れて痛みや苦しみから離れた時間を過ごす方が、百鬼丸のためになるのではないか?

 

――――戻らなくても、それは不幸とは言い切れない。

 

僅かに寄りかかったまま、沙耶香は頭を百鬼丸の左肩に乗せる。色素の薄い柔らかな髪が羽毛のように百鬼丸の地肌に重なる。紫紺の瞳が車窓の光を受けて煌めく。

 

 

「しかし、この先の行く当てなんて…………」大関は、ため息交じりに愚痴をこぼした。そして、すぐさま「ああ、スマン。大きな独り言だよ」と誤魔化すように笑った。

この車内にいる者、少なくとも百鬼丸以外は知っている。

いずれ、捕まるだろう。逃げ道などない。

その事実を言葉にしないよう必死だった。

第一、目的もアテもない。

まるで終わりに向かう旅のようだった。

 

『あはは、そうか。それなら山梨方面にいくといいよ。そこに廃墟になった病院があるんだ』

――――と、静寂を破る声がした。

 

「「!?」」

大関と沙耶香は驚いて声の方に意識を向けた。

 

「すまないね。こんなに面白い事になっているからスグにゲームセットはつまらないだろ?」

百鬼丸の口から別人の口調で喋る『誰か』がいた。

「……っ、誰?」

沙耶香は肩から頭を離して機敏に御刀の鞘を掴み、鋭い警戒の色を示した。

先程まで呆けていた百鬼丸は別人の表情を浮かべて、まるで軽薄な微笑を保ちつつ「ボクは、まぁ、彼の心臓に宿った人格だよ。聞いたことがないかい? 内臓を移植した後に移植された人物が、臓器の提供者に近い行動や嗜好をするお話なんかを……まぁ、いい」

突然、饒舌に喋り始めた百鬼丸――――の中の人物に、大関と沙耶香は最大の危機感を覚えていた。

 

「アンタはコッチの味方なのか?」

恐る恐る、という具合に大関は聞いた。

 

「フム? 味方……か、どうかは分からないな。ボクはあくまで楽しい事が好きなんだ。ただ……そうだね。君たちの味方だろう」

ふふふ、と不気味に笑う様子に大関は不快なものを感じた。

「アンタは一体誰なんだ?」

「ボク? ボクは…………ああ、いや。人間だった頃の事を喋れば無用な軋轢が生まれるだろ? 面倒だ。Xと呼んでくれ」

ふざけた奴だ、と内心の怒りを抑えながら大関は、深呼吸して冷静さを取り戻す。

「そうか。X,山梨方面に廃病院があるといったな? それはどこだ?」

ニィ、と悪だくみするような子供の顔つきで百鬼丸の顔が歪む。

「そうだね、ここからだと――――」

「…………待って」沙耶香が断固とした口調で会話を止める。

「ん? どうした?」

「…………Xは百鬼丸の味方なの?」

胸のザワつきを感じながらも沙耶香は疑問を口にする。

一瞬、虚を衝かれたXは目を瞠って沙耶香を見返す。しかし、紫紺の美しい瞳が真摯な眼差しを向ける。

 

肩を竦めて、

「アハハハハ、まさか。ボクは彼の敵さ。敵だよ。でも、この躰を共同で利用しているから同居人さ。だから答えはイエス、ノーの二つ」

肩から力を抜いて、沙耶香は「……わかった」と一言だけ呟いた。

 

まるで薄氷の上を進む気持ちの大関は、Xと名乗り百鬼丸の体を支配する人物を信用しきれずにいた。……だが今は彼に縋るしかない。

「それで、どやって道を行けばいい?」

「そうだね、まずは――――」

 

 

 

 

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