刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第198話

暗闇。

ヒュー、と笛のような甲高い音色が、かつて玄関ホールだった広い空間に反響する。

……ふと、冷気が緊張に火照った頬を撫でゆく。 

 紺色のポンチョレインコートを羽織った糸見沙耶香は、華奢な体躯に似合わぬ鋭い眼差しで周囲を警戒する。――左の腰、銀色のホルスターに御刀が収まり、ガチャリ、と金属の小気味良い音が鳴った。

――バキリ、と靴裏に飴玉を砕くような感覚がして足元をみる。

 窓ガラスの割れた破片がリノリウム床に散乱していた。

 数年、人が利用しないだけで窓ガラスは割れ、内装の壁や蛍光灯なども、月光により照らされ、亀裂が走っているのが解る。

 まるで、人間だけが消えた後の世界の一角に到着したような光景だった。

 沙耶香は円柱に右手を添え、

「……大丈夫。誰も居ないみたい」平坦な声音で背後に言う。

「分かった。いま、いく」

大関は百鬼丸の右肩を担ぎ、引き摺る様にして廃病院のエントランスホールへと連れてゆく。

「ここでいいんだよな?」大関が緊張気味の声で尋ねる。

「――ああ、そうさ。ここだ。懐かしいな……ま、管理室なら多少は人間も休める備品もあった気がする。二階のカウンターを真っすぐ行けばあるよ」

 百鬼丸の口から別人の口調でいう。

 現在、百鬼丸の体は心臓部に宿った人格の大量殺人犯、ジョーが会話をこなす。が、故あってジョーは現在X(エックス)と名乗っていた。

「さぁ、行こう。今後の事はそこで話し合おうではないか」

 Xは、陽気にふたりを先に促す。

 

 

 着火剤にライターで火を点す。

 仄かな橙色の種火が、薪に拡がると数秒後に薄く細い煙をあげた。

 大関は一斗缶の中で焚火を始め、暖をとる。幸い、管理室の扉を開けておけば吹き曝し同然の廊下へ煙は逃げる。一酸化炭素中毒の心配は低い。

「うぅー寒いなぁ」

 二重あごを弾ませて悴む手を焚火に翳す。

「いざという時に車にサバイバルグッズを積んでいて正解だ。ははは、糸見さんもコッチにきて暖まりなさい」

 優しく大関が声をかける。

「……わたしは大丈夫」

目線は絶えず周囲に向いており、歩哨の役割を果たしている。

特に廊下側を見ながら時折、心配した様子で焚火の近くに「座る」百鬼丸の方を覗う。

普段の少年とは違う、人を小馬鹿にしたようなニヤけ面が、百鬼丸とは完全に異なる人物だと、ふたりは認識させられた。

そのXが沙耶香に目線を送り、

「――――糸見くん、だっけ? 煙で敵に我々の位置がバレると心配しているなら無駄だよ。恐らく敵がこの場所を特定した時点で我々はおしまいさ」肩を竦めて溜息をつく。

 

「…………。」

無言で紫紺の両目を百鬼丸に向ける。

「大関さん? か。悪いがこの体は腹が減っているみたいだ。食事はあるかい?」

(不気味な奴だ……。)

百鬼丸の体と声を使い、全くの別人が喋っている。その気持ち悪さを感じながらも、大関は頷く。バックパックから、大きな魔法瓶の水筒と紙袋を取り出す。

プラスチックの器にコンソメベースの野菜スープが注がれる。温かな湯気がモワッ、と匂い立つ。

紙袋からは腹持ちのよいコッペパンが詰まっていた。

 

「ははは、昔を思い出すなぁ」

言いながら、Xはコッペパンを手に取りモシャモシャと咀嚼する。「我々は目下、この国のお尋ね者という存在――か。かつ、戦力的にはこの少年は使い物にならん。長い時間をかけた逃走はオススメしないね。……ま、当然君たちもできると思ってないだろ?」

「「……………」」

大関と沙耶香は黙り込む。実際、Xの喋る通りだった。

Xは器を右手に持って、ゆっくりスープを呑む。

「日本人式の飲み方はワイルドで実に好ましいね。フフフ、まあいい。さて……」

口元を袖で乱暴に拭い、

「ボクがこの病院を所有したのにはワケがあるんだ」

「――ワケ?」

大関は怪訝に眉を顰める。

「そう、実はボクはここを以前活動拠点として利用しようと思ったのさ。その決め手が二つ。一つは立地。かなりの山奥で人目から隠れやすい。なんでこんなトコロに病院を作ったのかボクには理解できないけどね。……ま、それはいい。もう一つは、この病院が実は研究所を兼ねていたことさ」

「…………どういうこと?」

 沙耶香は背後を警戒しつつも、焚火の傍まで歩み寄る。彼女の胸中には嫌な予感が浮かんでいた。

 「人体実験の……と言えばいいかな。ボクがこの病院を手に入れた時には、その設備も全て以前の持ち主が回収済みで、地下の空間には何もなかったがね」

 「それだけか?」大関は千切ったパンの欠片を眺めながら、Xに視線を移す。

 「どうだろうね? ただ、荒魂を斬り伏せた時に必ず回収するノロを収める専用の器具が散乱していた。回収を忘れていた訳じゃないだろうね。何か意図的な感じがしたよ――理由までは分からないけども。まあ、十中八九、人体とノロの研究だろうね。ちなみに、病院なら人体実験に使う器具も不自然でない形で隠せるから便利なんだよ。ボクも昔やったから知ってる」

 「「――――!?」」

 大関と沙耶香は、咄嗟に腰を浮かせてXから距離をとる。

 そんな二人の反応を面白そうに眺めながら小さく息を吐く。

「まあ、そんなに警戒するのも今更だろ? ……いいさ、どうせ国家に組織に命令されたから仕方なくやった。そんな同僚たちをボクには軽蔑していたからね。ボクを犯罪者の目で見てくれるのは嬉しいよ」

「こ、この野郎!!」

 普段は温厚な筈の大関がすさまじい形相でXを睨みつける。

「ま、落ち着いてくれ。ボクのことはとにかく、この施設と百鬼丸の事についてだ」

「てめぇ!!」

危うく殴りかかろうとした大関の太い腕を、沙耶香が瞬発的に細い両腕で抑え、

「ダメ!!」

鋭く叫ぶ。

鼻息を荒くした大関だったが、とにかく、少女の制止によって冷静さを取り戻した。

混乱した人間たちの行動を楽し気に観察したXは、

「ああ、賢明なお嬢さんは素晴らしい。さて、話を続けるがね。ボクはこの百鬼丸という少年と浅からぬ因縁があるんだ。そして、彼の経歴についても多少詳しい。――だからこそ、ボクだけが気付けた。彼はこの施設で誕生した正真正銘の《化け物》なんだ」気軽な口ぶりで説明する。

 

「「――――!?」」

再び、衝撃的な事実を百鬼丸の口から告げられる。二人ともに二の句が継げぬ様子だった。

大関は口をパクパクと動かし、沙耶香は目を大きく瞠って動揺していた。

 

「――ここからは勝手な推測だけど…………」

と、説明を続けようとしたXの言葉が途中で途切れた。

 

 

『百鬼丸!!! どこだ、どこに居る!? 出てこい。お前がここに居るのは分かっているんだ!!!』

 

 

 百鬼丸と全く同じ声が、玄関のエントランスホールから聞こえてくる。

 

声のする方角に頭をやり、

「どうやら、ボクの推測は正しかったみたいだね」

 苦笑いを口元に零しながら肩を竦めてみせる。

 

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