山容が俄に蠢動する気配があった――。
逃走中の十条姫和と衛藤可奈美を追跡し、確保すべく折神家主導のもと警察組織と連携して天城峠周辺を捜索する専用の野営テントが張られた。
そこに、特殊装甲車輌が数十台以上並ぶ。4WD走行の米国レンコ社製品である。その厳しい車輌の容姿は汚れた緑色に塗装されていた。
機動隊から応援で六部隊が参加していた。恐らく、時間が経つごとに人員は増すだろう。
捜索本部、野営テント。
ここでは簡易であるか会議室が設えられていた。
折り畳み式の長机が「コ」の字形に配置され、パイプ椅子が数十脚ほどある。そこに、二つほど人影があった。
「はぁ~っ」
分厚い電話帳ほどの資料を見つめていた獅童真希が深い溜息をついて、パイプ椅子の背もたれに身を預ける。
「あら? 珍しくお疲れのご様子ですわね」
此花寿々花は茶化すように言う。
「あのなぁ……ボクだって、疲れることはある。この資料をつくったのはボクだからね」
天を仰いで目を揉みながら、愚痴をこぼす。
「そうでしたの。どうりで計画がタイトだと思いましたわ」
ワインレッドの深色の髪を指先で弄びながら、皮肉な口調で返す。
それに釣られて真希は、
「……そ、そうか?」
肩を回しながら、改めて捜索資料に目を通す。
「――ええ。第一、計画立案者の真希さんご自身が休まれていないでしょ?」
「ボクは……そんな暇はない」
ふいに、右掌をぎゅっ、と強く握り締める。
御前試合直後、大門で出会ったあの少年に不意打ちではあるが、大敗した。今まで己の強さを誇っていた真希にすれば、耐え難い屈辱となっていた。
「世の中には猛者が多い。ボクにはやるべきことがあるんだ」
はぁ~、と寿々花は落胆する。まるでダダをこねる子供を叱る気分で、
「いいですこと? 休息も立派な任務のひとつですわ!」
顔をずん、と真希の眼前近くまで迫り出して言いつける。
気迫に押された真希はただ、「わ、分かった」と頷いた。
その焦った態度が可笑しかったのだろうか、寿々花は俯いて小刻みに肩を震わす。
――それから、
「約束……ですわ。どの道、十条姫和も衛藤可奈美も実力でねじ伏せなければならないのなら、今を有効に活用すること」
片目を瞑り、真希の鼻頭を人差し指で突く。
「キミには敵わないなぁ、寿々花」
疲労の混ざった爽やかな笑みで応える。中性的な顔立ちの真希の笑みに、
「なっ、なんですの急に――」
驚愕半分と、照れ隠し半分に頬を紅潮させながら寿々花は背を向けた。
2
《乳殺》から開放された百鬼丸。その後、改まった長船女学園の二人。
「んじゃ、改めて自己紹介するぞ。オレは長船女学園後頭部一年の益子薫だ。んで、隣りのコイツが……」
傍の長身少女が、勢い良く挙手した。
「はいはい、ハイ! 同じく長船女学園高等部一年、古波蔵エレンでス!」
百鬼丸の前には、見るからに不均衡な二人組が居た。
「……ん? 同い年なのか? えっ?」
自己紹介を受けて、百鬼丸は驚きで薫とエレンを見返す。
「イエース、ねっ、薫」
言いながらエレンは胸元へ薫を抱き寄せる。豊かな胸に抱かれながら薫が、
「おい、今お前オレに対して失礼なこと考えただろ? こう見えてもエレンとオレは同い年なんだ。そこんとこ、間違えんなよ」
ビシッ、と擬音がたちそうな勢いで人差し指を伸ばして強調する。
言われてから改めて、二人を見直す。
薫は、明らかに背丈が低く百鬼丸の胸板よりさらに下に頭がくる。その髪色も特徴的で、薄桃色の長い髪をツインテールに黒のリボンで結んでいる。
一方のエレンは、薫とは何から何まで異なっていた。そもそも、体型が同世代の十代と比較しても(薫は除く)、色々育ちすぎている。長い手足は無論、腰元まで伸びた眩いほどの金髪。なるほど、先程の戦闘で見せた剣術にプラスした蹴りなどタイ捨流を存分に活かしている。
……だが百鬼丸は知っている。それは真に恐ろしいことではない。
「ん? どうしマシタ?」
ジロジロ眺めるような視線にエレンが怪訝に問う。
ぼよん。柔らかな双丘が動く。
「ひっ……」
百鬼丸は思わず鳥肌がたち、一歩、足を後退させた。
と、その胸元から突如、
「ねねっ~~!!」
茶色い小動物が谷間から顔を現す。
「おおわっ! なんか生まれた!」百鬼丸は叫ぶ。
ジト目で薫が、
「アホか。それはオレのペットのねねだ」
「ねね~」
百鬼丸には理解できなかった。
「そいつ、もしかして荒魂か? だったら退治しないとマズいだろ」
「ったく、お前もそう言うのか。いいか、コイツはな四〇〇年ウチのペットだったんだ。今更何なんだ」
憤慨した様子で薫は腕を組む。
(確かに、おれの肉体を奪っているような気配もなければ、ノロ独特の負の神性も感じないな……)
珍しい存在に出会った好奇心から、百鬼丸はねねに指を出してみた。
「ねねッ」
怒っているような鳴き声で、首を振り、エレンの胸に顔の半分を埋めた。
「あっ、ねね……擽ったいデス」
豊満な胸を抱えるように腕組みをする。――同じ腕組みでも、薫とは異なり抱え込んだ腕からでも柔らかなバストは溢れそうになっていた。
そもそも、長船の制服は黄色を基調としているのだが、明らかにデザイン上巨乳を対象にした仕上がりとなっている。そのいい例が薫だ。
百鬼丸はもう一度、薫をみる。
「ん? なんだ?」
長船の制服が肩からずり落ちそうになるほどの幼児体型。ち~ん(笑)という効果音が脳内で鳴り響くほど虚しい。
「おい、お前っ! 今すっっごく失礼なこと考えただろ?」
「カンガエテナイヨ」
「なんでインチキ外国人みたいな口調になってんだよ」
「ホントホント、カンガエテナイヨ。虚しいチチだとか思ってナイヨ。あと安心スルヨ」
「んだと? せっかくエレンの乳圧から助けた恩人になんて言い草だ、コイツ!」
その言葉にエレンが、
「オーウ、さっきはごめんなさいデス」
百鬼丸に近づこうとした。
「へっへへへへへ、平気だ!」
薫は冷ややかな目で、
「その割にはお前、めっちゃ足元震えてるぞ」
「むむむ、武者震いだ!」
「いや、無理有りすぎだろ」
ったく、と頭をポリポリ掻きながら溜息をつく。
「お前は何者なんだ? そもそも、コッチの情報にもお前の名前と映像しか流れてこなかったが……それに映像も、全部うっすらとしか撮影されてないし、一瞬影かと思ったぞ」
「おれか? 名前は百鬼丸で……ま、簡単に云えば荒魂殺して肉体を取り戻している最中だ」
「色々飛ばし過ぎだろ! そこらへんの説明しろよ! 一気に話が飛んで訳わかんねーぞ」
「えぇ~めんどくせ」
目を細めて口を「3」の形にする百鬼丸。
きらん、と薫の瞳が光った。その場合大抵が悪知恵だ。
「おい、エレン。そいつを抱きしめてやれ」
「え? なんでデスカ?」
「いいから」
「了解っ~~」
大手を広げて真正面から百鬼丸を抱きしめる。身長が数センチ低い百鬼丸は自然と胸元に顔面が埋まる状態となった。
「わわっわわわっわ分かった! 分かったから、詳しく話すから許して!」
「んん~、このくらいの年頃の男子を抱きしめるのはハジメテですが、まるまるは結構体鍛えてるんデスね」
「おい、エレン。ソイツはやく離してやれ。じゃないとソイツそろそろ失神するぞ」
「えっ? なんでデスカ?」
事実、百鬼丸は青白い顔で失神の一歩手前を彷徨っていた。
数分後、語り終えると百鬼丸は疲労困憊していた。
これまでの簡単な生い立ちと、旅の目的。それから二人と逃走したときの話など。
聴き終わって第一声に薫が、
「へ~っ、大変だったな」
耳を小指でほじりながら答えた。
「おい、人がせっかく話したのになんつー態度だチビ」
「あっ? なんだと、コイツ! ぜってぇ後で覚えておけよ」
「まぁ、まぁ、二人共。こちらも敵ではない証拠にイロイロ説明しなきゃダメデスヨ薫」
親友の嗜めにはぁ~、と肩をおとしながら薫が面倒くさそうに口を開く。……曰く、反折神紫勢力としての舞草、更にその同志集めの一環として可奈美と姫和と戦ったこと、などなど。
「んでもお前の話から総合して、その《知性体》ってのが今まで刀剣類管理局でも話題に上がらなかったのはなんでなんだ?」
いつの間にか頭に戻ったねねを指先でいじる薫が訊ねる。
「――簡単な話だろ。そもそも折神紫や歴代の内閣が秘匿していたんだ。ま、連中も狡猾だろうから上手く尻尾を隠してきたってのも一因だろうが。でも、近頃は隠れることすらやめたみたいだがな」
「理由があるンデスカ?」
「それは分からん。けど、間違いなく何かを裏で計画してるってことだけだ」
「なるほどな、最近は人の荒魂を聞かなくなったのと関係がありそうだな」
薫はうんうん、とひとり頷く。
と、
《ミツケタ、お前ヲミツケタ……》
唐突に百鬼丸の脳内に声が響いた。
――そう、この感覚は《知性体》だ!
「すまんが、お二人さん。ちょっと席外すから可奈美と姫和でも探してくれ、んじゃ」
と言いながら、走り去った。
残された二人は、
「なんだったんだ、あいつ」
「うぅ~ん、ワカリマセン」
呆然と見送るしかなかった。