刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第200話

「立てるか?」

大関が扉から身を乗り出して通路を窺いながら、背後の人物に声をかける。

「……まぁ、立つくらいならやっとだね」

百鬼丸の体を使った人格X(エックス)が、ゆっくり立ち上がり首を捻る。「悪いが肩を貸してくれ。自分で歩くことはまだ難しいみたいだ」

「ああ、そうか」

 頭をガリガリと掻いて、百鬼丸に肩を貸す。

 百鬼丸はともかく、彼の体を使っているXと名乗る人格に対し、大関は不快な感情を持っていた。……しかし、彼も大人である。

 なるべく冷静さを取り繕うように深く息を吐いた。

 首に百鬼丸の筋肉質な腕を感じながら大関は横目で、まだあどけなさの残る少年の横顔を一瞥する。

「チッ、結局あんな少女に足止めを任せるなんてな――――」苛立ちを含んだ口調で、自らを叱責した。

「でも、あの娘じゃなきゃ、闖入者に対抗はできないだろ? クレバーな判断だと思うよ」

 陽気に笑い飛ばすXは、極めて親しく語り掛ける。

「この野郎っ…………ぐっ、とにかく百鬼丸くんの体だけでも逃げてもらう」

「そうだね。ボクもその判断に賛成だ」

大関はムカムカした感情を宥めるように深呼吸をして、廊下に出た。

一階のエントランスホールでは金属同士の激しい衝突音が聞こえた。

 

 

 

『………わたしが囮になるから、ふたりは逃げて』

 

 

 

 

ふと、先程、沙耶香が呟いた言葉が大関の鼓膜に甦った。しかし、振り返らずに歩き出した。

(すまない)

目を強く瞑り、大関は内心で謝罪する。

 

突然の侵入者に対し、誰かが足止めをしなければ全員が拘束されるか、殺される。

……大関は元STTの隊員とはいえ、武器もなければ単なる人間。百鬼丸に関しては、彼はそもそも戦える状態ではない。――とすれば、

『…………刀使のわたしなら、多分足止めはできると思う』

静かに独り言のように大関に告げた。

 

『二〇年前、あの江ノ島の事件でも君みたいな献身的な刀使に我々は救われた。……だけど、大人の責任を――――』

『……無理だと思う。この中でいま戦えるのはわたしだけ』

 焚火に反射した腰元の金属の光沢が見えた。

 御刀を効率的に収納する《御刀》のホルダーを水平位置に戻し、刀の柄巻きを握る。すでに戦う準備は整っている、と言外に示すように。

『…………あと、いま、この場で一番強いのもわたし』

 自慢の欠片もない声音で、客観的な事実のみを淡々と述べる沙耶香。以前の彼女と違う部分があるとすれば、大関のようなマトモな人間に、良心の呵責を感じさせないよう配慮した点である。

 

 

 少女の芯の通った考えに大関は、己の非力さを味わう。

(田村、お前の気持ちは痛い程わかるよ。なぁ、田村。お前は――刀使や、この少年に守られる俺たちが弱いって知って……それても大人の責任を果たしたかったんだよな)

大関は口惜しさと共に、亡くなった部下を追憶する。

(今なら痛いほどわかるよ)

二〇年前、江ノ島の大厄災で命拾いをした大関と田村明。二人の男は見知らぬ刀使――否、少女たちや自衛隊、同僚のSTTの隊員たちの犠牲によって生き残った……。

 

ドン、と壁に強く拳を叩きつけた大関。

『―――――すまない。恨んでくれて構わない。……頼む、時間を稼いでくれ。糸見沙耶香くん』

俯いて、マトモに少女を正視できない。今、彼女の顔を見れば、かつて自らの命を救ってくれた刀使たちの顔を思い浮かべてしまう。大関は必死に体に渦巻く怒りを抑え込んだ。

 

 

『……大丈夫。皆はわたしが守るから』

沙耶香は穏やかな口調と固い決意の眼差しで、大関の肩に手を置いた。

その優しさに大関は血の流れる拳を更に強く握った。

 

 

大関と百鬼丸(X)は、裏口の非常階段を回って、エントランスに近い駐車場にある車の元まで向かった。

時間の猶予はない。

いくら沙耶香が足止めするとはいえ、明らかに侵入者は百鬼丸と同じような声の不可思議な存在だった。

(お願いだ、せめて敵に出会わないように……)

大関は百鬼丸の体に肩を貸して走りながら、願う。

エントランスホールから駐車場までの距離は四〇〇m。敵前に一旦姿を見せなければならない。

 

 

 

病院を囲繞する林の間から駐車場の開けた空間が、夜闇の中から浮かび上がる。

粘つく夜の闇を吸い込みながら大関は息を荒く、更に速度をあげる。

「もうすこし………」と、途中で言葉が途切れた。

「誰かがいるね」Xが百鬼丸の目を通して、確認する。

 

 

ラーメン屋の店主から借りた乗用車の周りに数人の影がある。

(もう居場所がバレたのか?)

嫌な予感が全身を駆け巡った。いくらなんでも早すぎる。居場所がバレるのにはもう少し時間が掛かると思っていたが…………。

「と、とにかく百鬼丸の体を使って少しでも遠くに走るんだ! ここは……」

と、言いかけた所でXは鼻で嗤う。

「大丈夫だ。どうやら君の想像とは違う連中らしい。そのまま姿を見せてもいいとボクは思うよ」

「どういう意味だ?」

そう問われたXは肩を竦めて楽しそうに、

「……あれは長船の制服を着た人間だ。……という事は、状況から察するに舞草の可能性が高いかな」

 

 

 

笹野美也子は、周囲を警戒しながら駐車場の一角にて待機していた。

――舞草の構成員として彼女は、百鬼丸という少年の身柄を確保することであった。

彼は一度、舞草の里の襲撃から皆を守った。

生憎、その時に美也子は現場に居合わせなかった。――しかし、伝え聞く話によれば四方を取り囲んだSTTの隊員たちを相手にゲリラ戦に持ち込み、防衛しきったと聞いている。それも僅か十四歳ほどの少年が、である。

……しかも。

刀使を守った、という点において美也子は、まだ会った事もない少年に好印象を持っていた。

 

 

「それにしても、夜の森か……」

長い前髪で右目を隠している。ダラリ、と垂れた左腕は、まるで人形の腕のようだった。

「……ッ」

脳裏にフラッシュバックする〝忌まわしい記憶〟――――。

右手で額を抑え、過呼吸気味の口にポケットから取り出した錠剤を摘まみ、口内に押し込む。……強い鎮痛剤だが、今は致し方ない。

ゴクリ、と無理やり嚥下させると、呼吸を整える。

「あ、あの、先輩大丈夫ですか……?」

長船の後輩が、心配そうに声をかける。

「大丈夫。……暗い森は少しだけ、昔を思い出すだけだから」

無理やり微笑んだ美也子は、懐中電灯の光を周囲に投げる。

 

 

――――と。

 

懐中電灯の強烈な光が、二つの人影を暗闇の中から捉えた。

『君たちは舞草か?』

恰幅のよい男性が、大汗をかきながら息を喘がせ近づいてくる。一見すると不審者のようだが、彼が肩を貸す人影に美也子は注目した。

……まだ、あどけなさの残る少年は不敵な笑みでヘラヘラしている。

「……はい。我々は舞草で百鬼丸――くんの保護に参りました。失礼ですが、その少年が百鬼丸くん、ですか?」

 




とじとも、とじみこの設定とかなり変化させました。ご了承くだされ。

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