刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第201話

「詳しい話は後だ、とにかく車を出したいんだ」

大関は後ろを振り返りながら切羽詰まった様子で促す。

「ええ、分かりました」

右耳のインカムに右手を当て、指示を仰ごうと美也子は表情を硬くした。

舞草の連絡班から5分間隔で連絡が入る手筈になっていた。しかし、先程から指定された時間にも関わらず、ノイズが酷く通信が途絶していた。

(――どういう事?)

イヤな予感が美也子の胸内を過る。

(違う、今やるべきことは一つ)

頭を振って冷静さを取り戻す。

「百鬼丸を保護させてもらいます。逃走ルートは舞草の潜伏拠点を数珠つなぎで移動する形になります」

淡々と今後のプランを語る。

「助かる。正直どん詰まりだったんだ」大関は安堵の溜息を漏らし、苦笑いを浮かべる。「しかし、なんでコッチの居場所が分かったんだ?」

「ええ」と、美也子は軽く頷いた。

「あの車には予め舞草の中枢へ位置情報を示すGPSが設置されていたので」

(ということは、ラーメン屋の店主も舞草の構成員ってことか)

大関は合点がいったように、肩を竦めた。

「――さぁ、急ぎましょう。時間がありません」

廃病院を囲繞する夜の森が、激しい風に煽られザァザザ、と葉擦れの唱和を山全体に響かせた。

 

「……では、我々は先行しようか。糸見沙耶香くんは置いていくが仕方ないな――」

皮肉っぽい口調で百鬼丸――否、Xがニヤつきながら言った。

「――ッ!」

衝動的な怒りで大関が肩を貸していた彼の胸倉を掴み、睨みつける。

「お前……」低くドスの効いた声で詰め寄る。

大関自身が後ろ髪を引かれる思いで逃げてきたのだ。沙耶香の意志を尊重する――それは頭では十分に分かっていた。しかし、それでも現在の自分たちは非力だった。

痛い所を衝かれた、素直に大関は思った。

「助けに行けるならいく! ……だが」

「――まって下さい。糸見沙耶香…………ということは、彼女は今、どこに?」美也子が焦燥を抑えつつ訊ねた。

「あの病院のエントランスホールで追手と戦っている」

苦虫を嚙み潰したように背後へ視線を送る大関。

「……………ッ、」

美也子は言いようもない動揺が襲った。夜の森、かつての忌まわしい記憶。取り残される刀使――。

(絶対に刀使をひとり置いていくなんて出来ないッ!!)

何のために自分は、サポート班へと回ったのか? むろん、刀使を一人でも多く助けるためだ。

「どうしたら……」

唇を震わせ、判断に迷った――現在、この一行の中で逃走ルートを選定し先導する役目は彼女が任されている。

豊富な経験、慎重な計画と大胆な行動。それらを兼ね備え、気を逃さない。それが美也子がこれまで任務において信条とした部分であった。

 

 

 

『どうしたら? ――――お前たちは自分の命が惜しいなら、そこの愚かな百鬼丸を棄てていけ。そうすれば、身の安全だけは保障する』

 

コツ、コツ、コツ。

古びたコンクリートを固い足音が鳴り響く。――少年の声。

 

 

「だ、誰?」

咄嗟に美也子は懐中電灯の光を声のする方向へと移す。

闇から浮き上がったのは、新雪のように白く、一見して細いシルエットだった。ロングコートを夜風に靡かせながら、少年は御姫様抱っこのような恰好で持ち上げた少女――糸見沙耶香を連れ、大関たちの目前に現れた。

 

「…………っ、嘘だろ!?」

思わず、大関が声を漏らす。

刀使を――それも決して弱くない、むしろ現役でも上位に入る刀使をものの数分で片づけた。

「彼女に何をしたッ!?」美也子が普段では考えられない猛烈な憎しみの叫びをあげる。

少年――ニエは、顔を上げて苦い微笑を口元に浮かべる。

「大丈夫だ。彼女は手ごわい相手だったが――命を奪ってはいない。何度か《写シ》を破っただけだ。精神力と体力を消耗しての気絶だが――命に別状はない」

優しく諭すような口調だった。

(――何なの?)

美也子は、勢いが削がれた。

もっと、残忍な相手を想像していたのだが、彼の素顔は百鬼丸と瓜二つ。しかも、彼は追手である。

事前情報が不足のままの任務はこれまで何度もあった。

――しかし。

(今回だけは違う)

頬に冷や汗を流しながら、美也子は相手の出方を窺う。

 

 

『……おい、百鬼丸。お前はいつまで女に守られている? お前の唯一の取柄だった殺しすら出来ないお荷物か? はは、滑稽だな』

嘲るように、ニエは哄笑した。

 

 

「なぜだ!? なぜ、そこまで百鬼丸くんに拘る? 彼が一体何をしたんだ?」

大関はたまらず、口を挟んだ。

彼の圧倒的な強者のオーラを感じながらも、不遜で人を見下す相手に対し、腹が立った。

 

ニエは目を細め、大関の方に紅の瞳を動かす。

「――オレたちの事について話すと思うか? オレたちの出生は、誰にも話す筈が――」

 

『君たちはクローンだ。だろう? ニエくん?』

百鬼丸の体を使ってX……いや、レイリー・ブラッド・ジョーが不敵な笑みを浮かべてニエを見返す。

不快な表情に変わったニエが鋭く睨みつける。

「お前、百鬼丸ではないな? まぁ、いい。どういう事だ?」

まるで鼠を痛めつける前の猫のように、残酷な微笑みをつくって聞く。

 

「おお、そうかい。じゃあ、ボクの知見と予想の範囲で語らせてもらおうか。――君たちは誰か知らないが……男性の細胞から採取された並列のクローン体だ。百鬼丸くんも、ニエくんも」

 

ニエはそこまで聞き終わると、抱きかかえていた沙耶香をゆっくり地面に下ろし、自ら羽織っていたロングコートで薄着の彼女を包み、冷えないように処置をした。

俯き加減だった為、どんな表情をしているか分からない。

 

 

ただ、沙耶香をロングコートで包み、地面に優しく置いたあと、「…………黙れ」と肚の底から搾り出したような声で脅した。

 

その反応が面白かったのだろう――ジョーはニヤつきながら「そうか。では賭けをしよう。これから話す内容が違っていれば、この百鬼丸くんの体をバラバラにしていい。どうだ?」

 

「――黙れ! それ以上喋ると」

 

「なぜ、今すぐ殺さない? ん? ボクは知っているよ。君は本当は知って欲しい。誰かに自分の存在を認めて欲しいんだ。だから、スグにこの場の全員を殺さない。違うかい?」煽るようにジョーはせせら笑う。

 

――直後。

 

ニエが《迅移》を用い、加速すると大関の肩を借りて立っていた百鬼丸の体にタックルをかます。大関の肩から抜け出し、地面に派手に激突した。

 似えは右手で百鬼丸の両頬を鷲掴みしながら「殺す、お前を殺す」と冷徹な目で抜き放った無銘刀を喉元に突き付ける。

 

 

しかし、ジョーは塞がれた口を歪に曲げて「ククク……」と笑う。

 

「――なんだ? お前は一体なんなんだ……」ニエは、圧倒的な優位であるにも関わらず、怯えたように一瞬だけ掌の力が抜けた。その隙を見逃さず、百鬼丸の体が覆いかぶさったニエの腹部に片足を当てる。

 

「ばーい」

首を傾げ、愉快そうに言った。

片足のリボルバー方式の加速装置が一回転する。加速装置の激しい衝撃波がニエの腹部に伝い、数十メートルまで吹き飛ばされる。

 

 

「……さて、ブラフをかますのも楽しいね」

首を捻って肩を回す。

その様子を見ていた大関は口をパクパクと金魚の様に開閉する。

「お前、動けたのか?」

「慣れるまで時間が掛かるけど、そりゃあ――普通くらいには動かせるだろうね、さて」

尻についたコンクリートの破片を払い落とし、沙耶香の下まで近づく。

ジョーはそのまま、足元で気を失っている沙耶香の傍に置かれた《御刀》を掴み、引き抜くと、ロングコートで包まれた彼女の細い首筋に刃の先を押し当てる。

 

 

「……キサマ、何をしているッ!?」

呆気にとられ、叫んだのは大関――ではない。ニエだった。遠くに吹き飛ばされたものの、すぐに立ち上がり、闘志を剥き出しに百鬼丸を殺そうと《迅移》を発動する寸前の所だった。

 

 

「こうしないと、冷静に話を聞かないじゃないか。ボクは人の話を聞かない相手にはどんな手を使ってでも聞かせるのがモットーだからね。それにボクは彼女に一ミリの関心もない。だから普通に殺せるよ」

嘘ではない。ジョーは事実、大勢の人間をショッピングモールで殺してきた。

 

 

ニエはそれを知っている。だからこそ、動けない。

 

 

その様子に満足したジョーは、「さて、では話の続きだ――」と、楽しそうに喋る。

 

「君たちは同一の男性から生まれたクローン+ノロの因子を混ぜた実験個体だね、違うかい?」

 

「…………」

ニエは悔しそうに歯を軋らせながら、無言を貫く。

「そうか。ではボクの推論は正解だね。次だ。その個体、つまりオリジナルは轆轤秀光、間違いないね?」

 

「殺してやるッ!! お前だけは絶対に許さないッ!!」

 

「うーん、やはり人がボクに向ける殺意というのは心地いいね。さ、それで本題だ。この病院で何者かが残したノロの回収用容器と……幾つかの資料。それも断片だけ。なぜ、誰が? ……分かるかい? 〝百鬼丸くん〟」

ジョーがおもむろに、百鬼丸の胸に問いかける。

 

 

まるで、生徒に教える教師のような口調だった。

「ずっと疑問だったんだ。ノロの因子があっても御刀を扱うことは難しい。しかも《迅移》なんて力を引き出せるのは不可能だとね。……一つだけ解決方法があるんだ。それは、遺伝子に刀使の細胞があればいい。もしくは〝刀使〟だった人間の細胞か」

 

ジョーは、沙耶香の可愛らしい寝顔を見下しながらゆっくりと片腕で抱き起し、細い首筋に刃が押し当てやすいように体勢を変えた。

 

 

「つまりね。……ボクが類推する中で、君たちの母体は鎌倉で英雄になった六人の刀使の中にいると思うんだ。じゃあ誰か?」

 

 

ジョーは面白そうに、虫の羽を千切って遊ぶ残酷な子供のような無邪気な雰囲気で、周りを眺める。暗闇に慣れた目には、味方である筈の大関や美也子の顔が凍り付いているのが解った。

 

「――あはっはははは、傑作なんだよ、この先の話は類推だけど確証があるんだ。いいかい、このクローンたちの遺伝子の中には……高津雪那という母体の細胞がある。そう考えると、辻褄が合うんだ。違うかい?」

水を向けられたニエは、ただ、口を戦慄かせてジョーを凝視することしか出来なかった。

動こうと思えば、行動なんて容易なニエがなぜ動けないのか? 

ジョーは、最早、ニエという少年の中の戦意喪失していることを看過していた。

 

「沈黙は肯定と捉えるよ?」

 

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