刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第202話

 「どういう事だ?」

十条姫和は戸惑いを隠せなかった。

護送車から降りた彼女は、足元が分厚い絨毯であることに気が付いた。履きなれたローファーを優しく包み込む毛並みの感触。

暖色の間接照明。

巨大なロビーは人影が疎らである。

(姫和ちゃん……)

隣に居る可奈美も、やはり突然のことに困惑した表情で小声で囁く。恐らく、現状がどうなっているのか聞きたいらしい。

(私にも分からない)

小さく返事をしてから、警戒の眼差しで周囲に目を配る。

しかし、外や内の警護を担う人間以外に人間が見当たらない。

「私たちは取り調べを受けるために来たはずだ…………」思わず、心の声が口から洩れた。

 

姫和は衛藤可奈美と共に、現在逃走中の百鬼丸という少年を脱走させた罪で二人は移動した――はずだった。

しかし、ふたりを乗せた護送車が到着したのは、刀剣類管理局維新派を標榜する集団の拠点であるホテルだった。

東京駅に近い、高級ホテルには綾小路の刀使が警備を固めている。

美しく切り揃えられた前髪を揺らして、首を周囲に巡らす。――そして、ある事に気付いた。

「いや、そうか。ここで私たちを取り調べればいいだけか」

警察などに身柄を引き渡さないのは、つまり刀剣類管理局の内部でおさめようと……高津雪那はアピールしたいのだろうか? であれば、彼女は老獪な政治家だ。

 

(すべて、彼女たちの策謀の渦中で遊ばれていた――。)

 

ぐっ、と拳を強く握って姫和は口惜しさを滲ませる。

俯き濡羽色の流麗な長い髪に、照明が反射して光の帯を浮かべていた。

 

『おお、これはこれは。ここまでの移動は疲れたでしょう。可愛らしいお嬢様方』

広大なフロア全体に響き渡る男性の声が、静謐なホテルの雰囲気を破った。

「「!?」」

姫和と可奈美は、揃って音の方に頭を動かす。

「ようこそ、いらっしゃいました。お姫様たち。お待ちしておりました」

二人の前に現れたのは、恭しく一礼する轆轤秀光であった。

彼は、着崩した白いワイシャツ姿で、いかにも砕けた雰囲気を醸し出している。端正な顔立ちは四〇代とは思えない若々しさに充ちていた。

キッ、と鋭い目つきになった姫和は、

「ほぅ、私たちはこれからお前のどんな尋問に晒されるんだ?」

皮肉っぽい口調で尋ねる。半ば挑発する態度だった。

 

やれやれ、といった感じで微笑みながら秀光は嘆息する。

「――最初に言いました。あくまで此方側はお二方に危害はあたえません。約束しましょう。こちらは百鬼丸というドブネズミの駆除だけが望み――それだけです。ですので……」

ニコニコと、人の好さそうな笑みで弁明する。

 

「――待って下さい。どうして百鬼丸さんにひどい事を言うんですか?」

怒りを含んだ様子で可奈美が口を挟む。亜麻色の細い眉が怒りを示している。

 

秀光は「ほぅ」とおかしそうに、可奈美の方に意識をやる。

「お嬢様は、怒っても可愛らしい外見のせいであまり怖くはないですね」

「ふざけないでください」真剣な態度で可奈美が言う。

「いいえ、皮肉ではなく――まぁ、いいでしょう。分かりました。ではついてきて下さい」

会話を切り上げた秀光は革靴の踵を返すと、エレベーターへと歩き出す。

姫和と可奈美は顔を見合わせ、どうすべきか視線を交錯させた。

「御刀を取り上げられた現状では、私たちにとれる手段は限られているな」

警備を行う綾小路の刀使たちに目線を配りながら、姫和は硬い顔つきで囁いた。

「――うん」可奈美も小さく首肯する。

 

 

 

 

上層階のバルコニーが併設されたレストランから見える高層ビル群の夜景が、目前に見えた。

岩盤を模したようなタイルを歩きながら可奈美は、周りを自然と確認する。

 

客は当然一人もおらず、人影すらも見当たらない。

「さぁ、お嬢様方。お席を用意致しました」

恭しく一礼する秀光は、優しく微笑んでテーブル席の一角に着座を促す。慈善に用意していたのか、白いテーブルクロスの上にガスランタンをイメージした照明が置かれている。

海老茶色のローファを慎重に歩かせた姫和は鋭い視線で、

「どういうつもりだ?」詰問する。

「――まぁ、疑問も不満もおありでしょうが、お話は致します」

「ちっ、あくまで答える気はないようだな」

「いいえ、お答えできる範囲であればお力になります」

ニコニコと笑顔という仮面で秀光は返事をする。……まるで決まりきった文句を並べる機械のように。

 

いきり立つ姫和の肩に手を置き、宥めるように一歩前に出て、

「――分かりました」

可奈美は迷う事なく足早に用意された椅子に座り、真直ぐに秀光を見据える。

まるで「こちらは準備できています」と言外に示すようだった。肝の座った態度に秀光は一瞬だけ驚いたように目を開き、「なるほど。聡明なお嬢様だ」と称賛を送った。

「ちっ」と短く舌打ちをした姫和も、可奈美に続いて着座する。

二人の敵意を感じながらも秀光自身も椅子に座り、着崩した白いワイシャツの腕をまくる。

 

「お二人とも、お食事はいかが――ああ、すいません。そんな怖いお顔で返事は結構。……ただ、飲み物くらいは準備しましたので――と言っても、毒なんて入れてませんよ。信じてもらえないでしょうね。仕方ないですが」

 

「あの、質問してもいいですか?」

可奈美が琥珀色の瞳を揺るがせず、強い意志で秀光を正視する。

「ええ、どうぞ。その為にこの場を用意したんですから」

「――あなたの目的はなんですか? それに、どうして百鬼丸さんをそんなに恨んでいるんですか?」

渋谷を含む街頭モニターなどで、目立つように〝百鬼丸〟という少年を抹殺するような演説をした男――彼は何を考えているのか? ……純粋な疑問だった。

 

にっ、と秀光は口角を微かに釣る。

「結論から申し上げますと……《息子》のような存在――といえば、あなた方にも理解してもらえますかね?」

バン、とテーブルを強く叩く音。

「……ッ、どういう事だ!」

咄嗟に立ち上がった姫和は驚愕しながら、苛立ちの態度と秀光に更なる敵意を剥き出しにした。

 

「落ち着いて下さい。愛らしいお顔が台無しだ。そうですね、では便宜上息子としておきましょう。それで、わたくしの目的、ですか。この世を滅ぼすこと、ですかね? うーん、難しいな。この世界を平等にするため、ですかね?」

「びょうどう? 何を言っている!?」

我慢の限界を超えた姫和が機敏な動きで秀光の胸倉を掴んだ。

しかし、秀光自身は慌てる様子もなく、むしろ想定済みのような態度で少女を見返す。

「落ち着いて。刀使さんにはわたくしは手荒なマネはしたくないんですよ」

余裕な態度で、胸倉を掴む手首に優しく自らの手を添える。

 

「――キサマも武術の心得があるようだな」

手首を掴む感覚から、秀光にも柔術に類する技術があることを感じた姫和は、ふーっ、と深く息を吐いて手を離す。……刀使とはいえ、剣術以外にも武術に精通はしている。

だからこそ、この男の得体のしれない実力を姫和は感じ取った。

(この男、腕をへし折る気だ――)

言葉とは裏腹に秀光はいつでも本気で人体を破壊できるというメッセージを姫和に、添えた手で伝えた。

ここで怪我を負っても無駄だと判断した。

胸倉を離したものの、緋色の目で睨む。

 

そんな敵意を無視して話し始める。

「知って欲しいんです。わたくしは、少なくとも刀使という存在を――いいえ。誰かの犠牲で成り立っている世界を変えたい。イーブンに戻したいんですよ。たった一部の人間だけが不幸な目にあっていて、それを知らんぷりして過ごす世界を壊したい。そういう意味ではタギツヒメと思想は同じですよ。でも、完全に滅ぼすことが目的ではないんです。わたくしは。誰かの苦しみを、皆で分かち合えるものにしたい。それがあるべき姿ですよ。なぜなら、その痛みは本来、全ての人類が負うべきものなのだから――」

 

「何を言っている?」

 

「まだ分かりませんか? どうして荒魂を祓うのが刀使の役割なのか? ……生贄のようなものですよ。あなた方はそうは思いませんけど、ハッキリ言いましょう。体のいい生贄なんですよ《刀使》というモノは。――そして、本来この轆轤(ろくろ)家は、折神家という表、柊家という裏――――その二家とも異なる、生贄だけの為だけに存在する家。わたくしの望みは、この呪われた忌々しい轆轤家の存在を滅ぼすこと。それは、この家の存在意義である政の中心である組織も体制も全て破壊し尽くさなければいけない」

秀光は、冷やかな眼差しで初めて本音を語り始める。

 

「――わたくしの望みは、この轆轤家の血族を抹殺すること。そして、この家に様々な歴史の闇を負わせてきた国家や組織、集団に復讐をすること。それは世界全てを一旦リセットするという事ですよ」

まるで、人類を恨むように秀光は言い放つ。

「――誰かの犠牲で生きている癖に、当然のことだと思い過ごす連中に思い知らせないと。そう、二〇年前の悲劇を繰り返してでも――ね」

 

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