刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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微グロ注意です。

あとはお話進むだけです。


第204話

「あなた方にこの写真を見て頂きたい――それでも、アレを人間と同等に扱うのが間違いだと知って欲しい」

秀光は感情の籠らない喋り方で、胸ポケットから数枚の写真をテーブルの上に置く。

「……っ、なんだこれは?」

姫和は、その写真を一瞥した瞬間――息が止まった。

「なに? それが奴の正体ですよ……あなた方が今まで共に行動してきた――奴の実像です」

冷淡な眼差しで、秀光は写真の上に人差し指を落としてトントンとリズミカルに叩く。

「うっ……」

流麗な黒い髪を怯えるように靡かせて、姫和は口元に手を当て吐き気を堪える。

 

 

 

 

 

 相手の動作が始まる前の瞬間を『おこり』というらしい…………それは、剣術の師匠である可奈美から聞いたことがある。

 その醸し出す雰囲気自体は百鬼丸でも理解できた。

――だが。

 

『私もまだ練習中だから、ピンとくるアドバイスできないんだ~』

剣を構えた可奈美がはにかみながら、陽気な口調でいう。

『――でも、可奈美はおれの行動を全部読んでるみたいだよな。おれはどうすれば剣を使いこなせる?』

首を傾げながら百鬼丸は先手の斬撃をすべて受け流されたことに納得できずにいた。

「あはは」と笑いながら構えを解いた可奈美は、

『う~ん、なんでだろう? やっぱり、百鬼丸さんの場合って全部動きが単調だからかな? 例えば最初の攻撃は凄まじい……っていうのは、薫ちゃんとか……薬丸自顕流みたいな流派の攻撃に似ているんだけど――』

頤(おとがい)に指を当てて、考え込む。

『野性的っていうのかなぁ……? 剣術って、人間の動ける範囲で合理的に動作を終わらせることが目的なんだけどね、百鬼丸さんはどうしてもその枠からはみ出る動きをしちゃうから……根本的に私たちと違うのかも』

『じゃあ、どうすりゃいいんだよ?』口を尖らせて、不満をいう百鬼丸。

その様子が幼い子供のような態度に見え、可奈美は思わず噴き出した。

『大丈夫――もっと基礎から練習すれば体が覚えるから。もう一回、剣を構えて』

――と、少女が促した。

『まずはね、〝おこり〟を意識してみて』

ふと、言葉が甦る。

(そうだ、今のおれにはアイツに初歩だけど剣術を教えてもらった――せめて、ニエに勝つのが無理でも相打ち程度なら……。)

百鬼丸は余裕な態度とは裏腹に、まったく勝利するビジョンがみえずにいた。

 

 

――長く思考する時間を挑発と受け取ったニエは、

「キサマから来ないなら此方から行くぞッ!!」

言うが早いか地面を蹴って飛び出した。

体を捻りながら大振りに《無銘刀》を膂力の許す限り思い切り運動させた。

「――っ、チッ」

バックステップを踏み、百鬼丸は寸前のところで斬撃を避け、沙耶香の御刀《妙法村正》を刺突の構えに持ち替え、隙の生じた胴体や首元の二カ所を狙う――素振りを見せて、意識の逸れた瞬間に斬り込む算段をした。

 

……しかし、その目算は既にお見通しだと言いたげに口端を歪め、ニエはワザと構えを解いて隙だらけの無防備な格好を晒した。

思わず百鬼丸は足を止め、

(なんだこいつ)

意図が全く読めない相手に警戒し、十分な間合いをつくり様子を窺う。

隼の突撃を連想させる刃の煌めきがあった! ニエは間合いなど無かったかのように、足を撓らせ、鞭の如く体が飛び出した。

「――ッ!?」

光茫が視界に閃き、直後――それが太刀筋だと理解した時、百鬼丸の脇腹には灼熱の感覚があった。

自らの武器であった《無銘刀》が、腹を貫き生命力を奪っていた。

「くそっ!!」

ニエの腕を蹴り、背後へ飛び退く動きで無理やり刃から肉を抜き、激しく睨む。

「ふん、口ほどにもないな」

ビュン、と刀を振って血を地面に散らす。

「まだ攻撃は終わらんぞ!!」

腹部を抑え、止血する百鬼丸へさらに斬撃を繰り出した。

異様な速度と気迫に、百鬼丸は思わず総毛だつ。自分と瓜二つの顔が襲い掛かる。まるで『白い影』だった。

 

 コイツは何が目的で闘うのだろう?

 おれを殺した先に何を求めるのだろう?

 

 

 数々の疑問が泡のように浮かび、襲い掛かる斬撃を刀で受け止める。

「そらそらそら、はははは、考え事なんてしているからだ! お前が油断しようがしまいが結果なんて変わらん」

流星の如く次々と斬撃を放つ。自らの油断を戒めるように百鬼丸は軽く首を動かし、頭を切り替えると片足の加速装置を発動させるタイミングを見計らう。

(コイツ、全部おれの動きを知っているみたいだ……いや、おれ自身と戦っているみたいだ)

不気味な相手に、恐懼をおぼえていた。

「死ね、それだけがお前のすべきことだ!!」

掣肘が死角から現れ、に衝突した。

「ぐぅっ!!」

体が大きく横に逸れて、地面に叩きつけられた。

百鬼丸の腹部は《無銘刀》の影響により、蝕まれつつあった。

ニエは「お前にお似合いだ。地面に這いつくばっていろ」と、言い捨てて膝から百鬼丸の腹部に向けてジャンプして傷口を圧迫する。

「ゴォオッ!」

吐瀉物と共に血液が盛大に口から溢れた。

意識が吹き飛びそうになった。バキバキと無数の枯れ枝が折れたような音が聞こえた。肋骨が砕けたのだろうか……辛うじて気力だけで意識を保つものの、喉が万力のように締め上げられ、呼吸も苦しい。

「ぐぅ」

苦悶に歪む百鬼丸の顔を夜闇に慣れたニエの目が楽し気に捉える。

「お前はそうして生きているのがお似合いなんだ」

まるで自分に言い聞かせるように、言い続ける。

 

 

《お前は……なんで戦ってるんだ?》

百鬼丸は物理的に会話ができず、テレパシーによってニエに語り掛ける。

「なに?」

《戦う理由ってなんだ? お前はこの先に何があると思ってるんだ?》

「ふふふ、お前とおしゃべりする必要はない――いい機会だ、この場に居る奴らにお前の正体を暴いてやる」

左腕で百鬼丸の首を締め上げながらゆっくり持ち上げる。

宙づり状態になった百鬼丸は、朦朧とする意識の中で真紅の瞳に、虚無感を見ていた。

 

「お前は死ぬのが怖くないようだが……そうだな。お前の正体を知った人間の反応は面白いだろうな」

ニエは容赦なく切先を百鬼丸の腹部に突き立て、胸の辺りまで真一文字に斬り裂く。

 

 

――それは、まるで無脊椎動物のような肉塊だった。

形状からして言えば、肉腫という方が正確だろうか。秀光が指さした写真には、赤黒く蠢く肉塊の『群れ』が撮影されていた。

「――これはなんですか?」

可奈美は俯き加減に唇を噛みしめて、声を搾り出す。

「これがヤツ……正確に言えば、百鬼丸の正体ですよ」

「一体なんなんだ、これは」姫和は、強烈な吐き気を堪えて疑問を口にする。

「クローン、とりわけ生物兵器を作る際に生まれた〝失敗作〟たちですね」

こともなげに言って、秀光は手近なワインボトルの栓を器用にナイフで引き抜き、グラスに注ぐ。

何枚かの写真には、その蠢く〝肉塊〟――――が有する人間の眼球が一つだけ判別できた。

口のような器官は目玉からやや離れた部分に存在した。形からすると、輪のようで、小さな無数の牙のようなモノがみえた。

「クローンになるのはほんの一部。殆どが研究段階で失敗したので、処分するのにも苦労したんですよ」昔を懐かしむような口調で爽やかにいう秀光。

「もっとも、成功したクローンですら不良品ですからね。なんせ、53日間しか生存できない。あはは、お恥ずかしい話ですが」

首を捻って秀光はグラスのワインを一気に飲み干す。

「なぜ、奴が生き延びたか……詳しい話は分かりません。ですが、アレは間違いなく、この肉塊から成長した存在です。その証拠に奴は数々の蛮行を見せてきた、何よりわたくしの若い頃と同じ容姿――御刀を扱える能力、全て条件が揃っている」

憎々し気に眉間に皺を刻む。

秀光の語るおぞましい内容に、ふたりは暫く無言だった。

「――――可哀そう」

と、小さく可奈美が抗議する。

 ニッ、と意地の悪い笑みで秀光がうなづく。

「そうでしょう? こんな醜い存在があなた方と行動していたと思うと恐ろしかったでしょう? その点は、謝罪したいと――――」

サッ、と頭を上げて可奈美が真正面の秀光を真直ぐに睨みつける。

「違います!」

「は?」

予想外の反応に、思わず秀光は目を点にして素っ頓狂な声をあげた。

「可哀そうなのは貴方です!」

くりっとした愛らしい琥珀色の瞳が、秀光を射抜くように目線を合わせる。

「どういう意味ですか? こんな気持ちの悪い存在を――あなたは受け入れるんですか? まさか。綺麗ごとだ」理解できない、と言いたげに首を横に振る。

ぎゅっ、と可奈美は赤いプリーツスカートを両手で強く握り、

「――確かに驚きました……でも、それでも、百鬼丸さんがこれまで多くの人を助けてきた事も知ってます」

「……あはは、詭弁ですよ。人に優しくすれば誰でもいい奴ですか? 嘘だ。貴女もよくご覧ください。この不気味な正体を……気持ちが悪いはずだ! 綺麗ごとなんて、何の約にも立たない! そうでしょう?」

まるで、懇願するような顔で秀光は焦燥にかられた表情を浮かべていた。

「驚きました…………それでも、友達だからどんな姿形でも、受け入れたい! 私の――大切な〝ひと〟だから」

いつの間にか涙ぐむ両目は、透明な光を湛えていた。

我慢をしないと、いつか落涙するようなひたむきな様子で、可奈美は荒い呼吸を落ち着けようとしていた。

「あはは、そうか。そうでしたか。同情心ですねそれは――結構、あなたは少し冷静さを欠いている」

前髪をかきあげて、秀光は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

「そうだ、十条さん。貴女は分かるでしょう? この気持ちの悪さを」

救いを求めるように、生理的な嫌悪を示す姫和に語り掛ける。

「――私は可奈美ほど覚悟も決まっていない…………正直戸惑っている」

「あはは、そうでしょう、やはり! やはりそうだ!」喜悦した声音で、手を叩く。

「…………私がいま、ここに居られるのはあの馬鹿者のお蔭なんだ……折神家の屋敷で私は本来、『隠世』にタギツヒメを送る予定だったんだ。……それを、あの馬鹿者がこの世に私を引き留めた。その時の顔を私は忘れたくないんだ」

姫和は、はにかみながら、胸の前で軽く拳を握る。

「時間がかかるかも知れないけど、私も――あの大馬鹿者を受け入れたい」

秀光は愕然とした面持ちで、「ありえない」と何度も呟いた。

 

 

「ありえない、ありえない! あなた方はただきれいごとを並べているだけだ! 本当のコレを目にすれば、気持ちが悪くて忌諱するに違いない! あはは、そうだ! そうだ! まあ、いい。詭弁や綺麗ごとだけで自分を守れるでしょうからね!」

饒舌にまくしたてる秀光は、いつの間にか興奮した様子で席を立って怒鳴っていた。

 

 

 

相手が語り終わったころ、可奈美は涙を溜めた目で、秀光をみる。

「さっき、私が可哀そうって言ったのは――あなたのことです」

「は? どういう意味ですか?」

引き攣った微笑で、秀光が問い返す。

「――あなたがさっきからずっと、自分自身を痛めつけてるようにしか見えないから」

「わたくしが? ……ククッ、どうして?」

 

 

『どうして、そんなに自分を傷つけるんですか?』

 

可奈美の発した言葉が、かつて、彼に向けて同じ台詞を言った――《刀使》の声と重なった。記憶の中の姿と声が、幻視のように秀光の前に浮かぶ。

 

震える唇を無理やり真一文字に結ぶ可奈美は、自然と柔肌に一筋の涙を流していた。

 

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