刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第205話

 ……目的を達成し、気を抜いたその瞬間こそ最大の「油断」が生じる。

 一度、刀を地面に突き立て、ニエは百鬼丸の体にできた傷口に手を突っ込み内臓をかき乱す。捜した物が無かったらしく、腕を引き抜き刀を持ち直す。

 (――ここしか無いッ!!)

 腹部から胸元までを一直線に斬り裂かれた刹那、百鬼丸は気力を振り搾る。薔薇の花弁に似た血飛沫が外気に飛び散る中、斬り裂き終わり天空を衝く刃の切っ先を確認した。――直後、百鬼丸は敵が握る《無銘刀》の鍔辺りに片方の足裏を当て、加速装置を発動する。

 ガチッ、とギアのかみ合った音と同時に太腿のリボルバーが回転し、猛烈な瞬発力を与える。

「――――!?」

 ニエは唐突な百鬼丸の反撃を予期しておらず、自らに襲い掛かる刃に驚愕するばかりだった。

 袈裟斬の要領で、ニエの胴体を斜めに《無銘刀》が襲い掛かる。咄嗟に片腕で防ごうにも百鬼丸の首を掴んでいた為に間に合わず、深く刃が喰い込む。

「ガッッッ!!!!!」

 目を大きく見開き、予想もしない反撃にニエは少年を睨みつける。

「へっ」とでも言いたげに百鬼丸は口をへの字に曲げて嘲笑う。

「くそぉおおおおおお」

絶叫。

腹の底からの憎悪の叫びだった。

しかし全身から力が抜け、膝から崩れたニエはあえなく地面に沈み込む。

仰向けになった純白の体は冬の夜空を見上げる。自らの手で斬り込む傷口には、柘榴の果実が砕けたような、苛烈な色合いの血肉が飛び散る。

口から多量の吐血をし、「ひゅー、ひゅー」と肺炎の犬のようなか細い呼吸を漏らす。

 

「キサマの本体を後ろの人間どもに見せつけたかったのだが……グッ、クソッ!! お前を……完全に殺せなかった……」ニエは口惜しさの残る口調で語る。

 

 ニエの拘束から解放された百鬼丸も同じく、地面に崩れ落ち、うつ伏せのままアスファルト地面の冷気を頬に感じた。

 

 「……………」

 だが、百鬼丸は白目を剥いており、意識は既に無かった。地面は赤い絨毯のように拡がってゆき、生暖かい液体を地面に吸わせる。

 

 「あははは、死んだ……か」

 ニエは安堵した様子で、微笑みながら暫く夜空の星々を見ている。

 ……短い人生の間で、星という知識では知っている「事物」を肉眼で捉えていた。

(おれ達は…………なんのために生まれてきたんだろうな?)

 果てしない虚無感と孤独に襲われながら、ニエはただ濃紺の夜を凝視していた。己の生まれてきた「意味」について、もうすぐ終わる生命の中で考えていた。

 

 「ぎぃー、ぎぃー、ぎぃー」

 と、生暖かな感触と温度がニエの指先を舐める。

 

 (……なんだ?)

 ニエは気力を振り絞り、視線を左手の方向へと動かす。

 

 

 「――――ようやく、本来の姿を現したな〝バケモノ〟」

 にっ、と思わずニエの口角が釣り上がる。

 

 彼の指先を舐めていたのは、無脊椎動物の……もっと言えば、ナメクジに似た形状の不思議な生き物が、輪っかの口から舌を伸ばして純白の指を舐めていた。

 ピンク色の臓器色をした体表はドロドロのケロイド状で、人間の眼球が一つだけ、体の真ん中で蠢いている。

 

 この醜い生物は、へその緒の様な管が体の一部に繋がっており、目線で管を辿ると百鬼丸の口に繋がっていた。

(そうか……ヤツの舌の奥か……)

図らずも、捜していたモノを発見した。

最早、百鬼丸であった筈の肉体(イレモノ)は使えなくなっていた。

思わず、喜びが胸に一抹拡がる。

「醜いなぁ、その姿形、まさしくお前本来のモノだぞ、百鬼丸」ニエは勝ち誇ったように告げる。

 ――百鬼丸、と呼ばれた肉塊生物は、酷い匂いを漂わせていた。

 アンモニアの強烈な匂いと、腐った肉を何重にも凝縮した――執拗な悪臭が辺りに漂う。恐らくこの地上で最も醜い存在の一つだ。

 

 

 ――しかし。

 

 その醜い生物は、輪っかの口に生えた無数の牙の間から、必死に舌を伸ばして指を舐めていた。

 

「なにを、している?」

先程からこの醜い生き物は、労わるように長い舌を伸ばして必死にチロチロと指先を舐めていた。

 

夜に慣れた目で、醜悪な生物を今一度みていた。

 

 

「眼球」のような部分には水分が分泌されていた――恐らく〝涙〟だろうか。クローン人間の生成にあたって失敗した生き物……不細工な生き物は、成功品であるニエに寄り添うように近づき、ただひたすらに舐めている。

 

「キサマッ、そんなに成功したおれ達が羨ましいのか?」

激昂したニエだった……成功品である自分に対し、勝ち誇ったような行動だと解釈したのだ。

指を乱暴に動かし、肉塊の生き物を弾き飛ばす。

 

「ぎぃー」

肉塊の生き物は二、三回、地面を転がりながら飛んでゆく。しかし、懸命にまた動きだしてニエの指を舐める。眼球のような部分からは、透明な液体が溢れていた。

 

「なんだ? なんのつもりだ?」

もう一度、ニエは指で弾く。

しかし、再び、生き物は諦めずにまた近づき、舐める。

 

……何度も、それを繰り返した。

 

やがて、ニエはこの生き物の意図するところを知った――――この生き物は他意も無く、ただ慰めようとしていた。

いま、尽きようとしているニエの生命と、これまで負ってきた過酷な運命に対して。

何度弾かれても、そのたびに近づき、喋る代わりに舌で舐めて孤独を癒そうとしているのだ。

「くくくっ、あははははは!! 馬鹿か!? もう、おれは死ぬ! お前もじきに死ぬだろうな? 今更なんだ? 同情のつもりか?」

 最期の力で怒鳴りつける。

 ……正確に言えば、ニエは目の前の生き物にでなく、理不尽な運命に対し怒鳴っていた。なぜ、過酷な運命を授けるのだろう? その鬱憤を晴らすように。

 

 「ぎぃー、ぎぃー」

 小さき生き物は、眼球部分からポタポタと地面に涙をあふれさせ、必死になってニエを慰めていた。

 

「やめろ、もういい! なぜ、お前なんだ――」

「ぎぃー」

 

 

 

「なぜ、失敗作だったはずのお前が……お前だけの人生を歩めたんだ?」

震える声音で、ニエは問う。

 

 

……彼らクローン生体は、生まれた瞬間から圧倒的な力を示すことができた。実験用の水槽から引き揚げられてから53日間だけ、クローンは生きることができる。しかし、テロメアと呼ばれる細胞が圧倒的に短いため、生命も短く終わる。

そして、活動を終える53日目に、脳みそと付随する器官をトリミングされ、次のクローンへと移植される。

そうして、経験と知識のみを継承してクローンたちは進化する。

 

「ニエ」と呼ばれるクローンたちは、記憶と経験、そして〝感情〟を継承しながら新たな肉体へと宿る。

 何度も、何度も、何度も死んで…………また、復活する。

 無限地獄だった。

 

 

 濃緑の液体から毎回引き揚げられる時の絶望は――そして、与えられた使命こそがニエにとって世界の全てだった。

 

 ニエは深く瞼を閉じる。

「おれ達はお前が羨ましかったんだ……百鬼丸。たとえ、お前がどんなに過酷な運命を、経験をしていたとしても――だ。それでも、お前だけの人生だろう? 羨ましかったんだ。おれ達も、お前のように自由に生きてみたかった。たった一日でもいい。自由でいたかったんだ」

 

まるで、「分かっている」とでも言いたげに、肉塊の生物はぎぃー、ぎぃー、と不気味な鳴き声を漏らしながら、ニエの指を舐め続ける。

 

 

「――お前よりも完全な存在な筈だったんだ。おれ達もお前もこの病院で生まれた。……だが、その後の生き方は違った。おれ達は……成功した筈だったんだ。……だが、なぜこんなにも、心が寒いんだ?」ニエは、呟くように言った。

 

 目を再び開いた時、先程まで見えなかった星々が冷たい光を放ちながら視界に満ちた。

 銀色の粒たちは、数億年前の存在で……今はもう、跡形もなく消えているだろうか。

「おれ達みたいだ。……ただ、おれ達は誰にも知られることもなく、消えてゆくんだ。百鬼丸、怖いんだ。憎まれてもいい、でも、誰にも知られず何度も死ぬのは……怖いんだ」

 ニエは始めて弱気な口調で、涙を流しながら言った。

 

「ぎぃー、ぎぃー」

 指を舐めていた生き物は、ウニョ、ウニョとニエの体をよじ登って、悪臭と涙に似た透明な体液を眼球から垂れ流しつつ、肩の辺りまで到着した。

 

 

「どうした、トドメでも刺すのか? その体で?」

泣きながら、ニエは思わず鼻で嗤う。

――しかし。

肉塊の生き物は、舌を伸ばしてニエの新雪のように白い肌を舐めた。頬から伝う涙を止めようとしているらしい。

「ふっ、あははははは、お前はどこまで馬鹿なんだ。…………きっと、そうか。お前が自由に生きられた理由が少しだけ分かった気がするよ。そのお人好し……違うな。その無知さが――共感することだけがお前を特別にしたんだな」

 同じ細胞を持つニエと肉塊の生き物。彼らは触れ合った瞬間から、全ての記憶も情報も……そして、悲しみな喜びの感情を伝え合うことが可能であった。

 両者はまさしく、今、この段階で「一人」だった。

 

「ゴホッ、ゴホッ、もう――終わりか。なぁ、百鬼丸、頼みがあるんだ。都合がいい話かもしれんが……頼む」

「ぎぃー、ぎぃー」

「おれ、を喰ってくれ。完全にこの生命が尽きる前であれば……同種の個体であるお前ならば可能だ」

まるで、「いやだ」と拒否するように肉塊の生き物はジリジリ後ずさりする。

「頼む。おれ達は遅かれ早かれ、組織に回収されてまた、同じ地獄を味わうんだ。その前にお前に喰われて、お前の一部として生きたいんだ」

「ぎぃー、」

「そうすれば……ようやく、おれ達も自由になれるんだ。頼む百鬼丸。おれ達も、お前に……お前の味わう、苦しみも悲しみも、喜びも共に感じさせてくれ! おれ達が本当に欲しかった、自分だけの人生が欲しい!」

ニエは目を大きく見開き、小さな生き物を凝視する。

 

「……頼む。もう時間がない」

 

「ぎぃー、」悲しそうな鳴き声で、応じる。

 

 

「…………おれ達を自由にしてくれ」

 




読んでくださりありがとうございます。
もし、良かったらアンケもオナシャス。

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