刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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かなり胸糞わるいです。
閲覧注意です。

結構アレな描写が多いので、この話だけは飛ばしても構いません。


第206話

〇月×日

私(橋本善海)は、とある研究機関に雇われた。そこでは、新たな「兵器」を作るために研究をするらしい。なんでも、荒魂を人類の文明に活用できるようにするらしい。日米合同の研究チームという事で、気を引き締めなければいけない。

 

 

〇月×日

研究の概要は、ごく簡単なものだった。それが故に恐ろしい内容でもあった。だが私は一度この研究を引き受けた以上、最後まで完遂義務を負わねばいけない。それが研究の契約であるから。

 

〇月×日

被験者となるのは、「轆轤秀光」という男性だった。彼は眉目秀麗であり、一見するとモデルかと思うような人物だった。――「どうぞよろしく」と、微笑みかける爽やかな笑顔は作り物のようだが、それが分かっていても多くの人々の目を惹く。彼は男女を問わず魅了する能力のようなモノが備わっているらしい。

 

〇月×日

「轆轤秀光」の体から幾つかの細胞を採取し、それをベースに「クローン人間」を作成する。細胞の培養には時間がかかるため、暫く時間を必要とした。ある程度成長した後で、「ノロ」のアンプルと混ぜる研究も行われる。……正直、最初こそ自分でも抵抗感があったが、最近になって結果が気になって仕方がない。

 

〇月×日

思った以上に成果は芳しくない。理由には

 

――やはり、クローンをベースにしたノロとの融合にあると思われる。そのため、人間の姿形になれず、ドロドロのナメクジのような化け物(失敗作)が数多く量産されている。もし、成功して人の形をしていても、実験水槽の中でしか生きることができない存在だ。……失敗作たちは、ある程度の経過観察の後に処分されていく。あれを直視するのは精神的にキツい。

 

〇月×日

最近、秀光の衰弱が激しい。何度も体を切り刻まれているからだろう。当然だ。だが彼自身はむしろ研究のために、「早く次の実験を」と求めている。研究をしている私からしても、彼はおかしい。体が衰えているにも関わらず、精神だけが頑強……というより、何かを求めている気すらした。執念だろう。

 

〇月×日

つい昨日、妻から電話があった。無事、娘が生まれたとのこと。あとで写真が郵送で送られる。愉しみだ。

……それはともかく、研究は完全に行き詰まりを迎えていた。しかしあと数日でアメリカから高名な兵器研究のジョー・シュタインベルク博士が合流するとのこと。

 

〇月×日

ジョー氏は、正直に言おう。

狂人だ。そして、天才だ。

我々は倫理観という蓋で今まで、出来ない事が多すぎた。ジョー氏のプランは人道に反するもので最初こそ研究チームからは批難されていたが、途中から皆の耳目を集める内容になった。

……つまり、ノロに馴染ませる人体には「刀使」の血を仕えば良いのだ、と。

我々も考えないではなかった。しかし、彼はさらに踏み込んで革新的かつ具体的なアイディアを提示し続けた。

例えば、殉職した刀使の肉体を使う、など。だがそれは一蹴された。

そもそも、生命力のない肉体ではノロが入り込む容器として利用されるだけだ。それはこれまでの歴史が証明している。

 

 

〇月×日

久々に秀光に面会すると、彼は明らかに憔悴しきっていた。だが、「まだ研究は続きますよね?」と笑顔で尋ねる。私は呆気にとられた。

「なぜ、君はそこまでこだわるんだい?」と思わず聞いた。

「――私には、剣が必要なんですよ」

意味深な言葉と共に、彼は虚ろな目で微笑んだ。

 

〇月×日

――――僥倖、というべきだろうか。

これまで行き詰まりをみせていた研究に進展があった。

高津雪那という女性が、この病院、もとい研究所に現れた。彼女の腕の中には温かな毛布に包まれた赤子が一人いた。

「この子はまだ死んでいない、そうなんですよね?」

やつれきった表情の中、声の調子が高く叫んでいた。

彼女を連れてきたジョー博士は笑顔で頷きながら、

「ええ、勿論。その子は死産したのではありません。この研究で復活するのですから」

さも、正しい意見を述べているようなあの男は、詐欺師だ。

あの男には、死産した赤子すら「実験の材料」としか見えていないらしい。まさに悪魔だ。……いや、この研究に関わる私もまた、その悪魔の一味だ。

 

 

〇月×日

あとで知ったことだが、高津雪那とは、あの十数年前の「鎌倉の事件」の英雄の一人だったらしい。刀使としての能力は高いモノだと思われる。

ジョー博士の説明によると、彼女は初めての我が子を死産で失ったことが、事実として受け入れられず、精神を壊したらしい。だから、ずっと赤子を抱き続けて、まだ生きている子供のように扱っているとのこと。

「あの女性は、可哀そうだ。そうだ、秀光くんに頼もう。彼は何か秘術によって人の記憶を少しだけ改ざんすることが出来るのだろう?」

ジョーは、完全にあの赤子を材料として手に入れたいらしい。

 

 

〇月×日

ジョーの考えは完全に的中した。

「――あなたの苦しみは今、楽になりますよ」優しい声音で高津雪那を騙した。

彼女には心療内科の治療の一環と称して、秀光の不思議な能力を用い、記憶の改ざんを謀った。

結果、彼女はそもそも「赤子を死産した」という辛い現実自体を消し去った。

以後の彼女はまるで人が変わったように明るく、そして傲慢に振る舞うようになった。……どこか行き場のない愛情を求め、与えようとするみたいに。

 

 

〇月×日

折神紫が研究所の視察に来た。

彼女はまるで一〇代のような容姿で、変わらない。

冷徹な眼差しで、研究員の説明を聞いているフリをしながらノロのアンプルや「赤子」を「保存」している部屋を興味深そうに眺めていた。……そして、彼女の口端が微かに釣り上がるのが解った。……彼女は何を企んでいるのだろう?

 

〇月×日

ついにこの日がきた。

赤子を基盤にして、秀光から採取した細胞を融合させ、そこにノロを投与する。詳細は――あまりに惨い。人の尊厳というのは、倫理観というのは、こんなに脆いものだろうか? 私自身、仕事場では普通だが、一人になると頭がおかしくなりそうだ。なにが人を人たらしめるのだろう?

ジョーは、最近では折神家に出入りしているらしく、江ノ島での調査をしているとの噂。彼の姿を見ないことが安心でもあり、同時に不安にもさせた。

 

〇月×日

――――非常事態が発生した。赤子が喰われた。

いや、それは正確ではない。

研究所が、数多くの荒魂に襲撃された。目的は……赤子だった。

研究員たちは急いでシェルターに逃げた。秘密裡なプロジェクトだったため、刀使は無論警護として使えない。我々は荒魂たちが消え去るまで、身を潜めてやり過ごすことしかできなかった。

 

 

〇月×日

……なんてことだ。

赤子の体は無残に食い尽くされていた。手術台に乗せられていた赤子――だったナニカは、まるでこけしのような形状をしている。私は思わず膝から崩れるように脱力した。

「なんてことをしたんだ」

と、無意識に呟いていた。

私はいままで、どれほど冷徹なことをしていたのだろう。ただ、非道な現実を前に小さい不満を紙面に記すだけで何ら行動をしてこなかった。死んでもなお、こんな惨い仕打ちを受けるようなことがあっていいはずがない。私は、生まれたばかりの娘が、頭を過った。あの高津雪那もまた、悲しい存在だ。わが子を失いながら、本来愛情を注ぐべき子供がこのように惨い扱いを受けているのだから……。

私は、どこまで落ちたのか。

人類の医療発展のために、尽力するつもりでこの研究に参加した。だが待ち受けた結果はこんなにも酷いものだ。

打ちひしがれる私の耳に、研究所の皆がヒソヒソと囁き合う声が聞こえていた。

『どうする、コレ』

『ジョーさんが来る前に始末しないとな』

『あの……失敗作を棄てる場所に投棄すれば、荒魂に被験体がきれいさっぱり喰われました、って言い訳ききますよね』

――――コイツラは悪魔だ。

いや、私もその一味だ。今更、なにを善人ぶっているんだ?

 

 

〇月×日

闇の底、十メートル近い暗渠の中に赤子の遺体を投棄する……そんな残酷な役割をするのが私になった。理由は簡単だ。――誰も「酷い役割」をしたがらなかった。

自分の手を汚したくない。

ただ、誰かがやらなければいけない。

――ならば、私がなぜやる? これは報いだ。いずれ、こんな非人道的な研究は歴史に出ることもなく処理されるだろう。だが、それで私自身は自分を許すことが出来ない。

……投棄? 

違う、馬鹿をいうな。

この赤子も、本来であれば安らかに安置される筈だった。決して人体を玩具のように扱っていいはずがないのだ!

せめて、この子の体は投げ捨てるなんてひどいことは出来ない。

 

 

 

私は気が付くと、地下まで続く階段を下りていた。薄暗い蛍光灯だけが点る中、私は無心で赤子を抱いて暗渠の最下層まで足を向けていた。

ひどいアンモニア匂いと、肉の腐ったような匂いが鼻を刺激する。思わず吐き気がした。

だが、足を止めるワケにはいかない。この赤子を――

階段を下り切ると、地面には無数の目玉の海が泳いでいた。

「ギィー、ギィー」と耳障りな鳴き声が聞こえた。

まるで、赤子にすらなり切れない生物が悲しみを訴えかけるようだ。

ヌラヌラした体液を撒き散らしながら、私の存在に気付いた「化け物」どもが私の足元に近づく。

「近寄るな、化け物どもがッ!」

思わず、私は怒鳴っていた。生理的な嫌悪から叫んでいた。

ゾワッ、と悪寒が背筋を走った。

(私は、なんて偽善者なんだ…………)

いい加減、自分が人間である事が嫌になった。

「いいや、私たち人間が化け物なんだ。許してくれ……」

私は階段に腰を下ろして、暫く自分という人間の弱さに打ちひしがれていた。

死臭の漂う赤子を胸元に抱えながら私は必死に誰かの許しを乞うた。

……失敗作、と呼んだ生き物たちは私の怒鳴り声に怯え、私に近寄ろうとはしなかった。…………ただ、一匹を除いては。

 

何かが近づく気配があった。

「ギィー、ギィー?」

ひときわ小さく、ピンク色の肉塊の体のアチコチが齧られた痕跡がある。……どうやら、この失敗作たちは、弱い個体を食べて生存しているらしい。

生き物は残酷だ。だが、それは自然の生存本能だ。

 

 

「なんだお前」

私は棘のある口調で、不気味な化け物の目玉を睨む。

「ギィー、ギィー」

耳障りな鳴き声で、私に何かを訴えかけているようだ。

「なんだ?」

奴の目玉の視線を辿ると、赤子に行きついた。――まさか、

「コイツ、この子供は餌じゃないんだぞ!」

いいや、本当はこの子供を隠蔽するために持ってきた筈だった。どこまで腐っているんだ、私たちは。

――――だが、そのひときわ小さな個体は、目線だけで何かを訴えかけていた。

「……?」

私はその時、無意識にこの不気味な生き物の行動の意図が理解できた。……なぜだろう。理由は分からない。ただ、この個体が「赤子」を、食欲など残酷な理由以外で求めている気がした。

抱きかかえた腕で、分厚い毛布を引き剥がし、恐る恐る、生き物の目の前に赤子をみせた。

 

「ギィー、ギィー」

アチコチ齧られた痕跡のある体をヨロヨロと動かして、小さな口の部分から細長い舌を伸ばしてきた。

「――!!」

パチッ、と私は腕を振って舌を振り払う。コイツはやはり「食べる」気だったのか?

しかし、それでもあきらめずに、小さな個体は細長い舌を伸ばして、赤子に触れようとした。

…………その一個だけの目玉に「涙」のような透明な液体を湛えながら。

「っ!!」

私は、思わず胸が締め付けられる思いがした。

触手のように伸びた舌先が、まるで労わるように赤子を舐めた。

「ギィー、ギィー」

他の個体の鳴き声とは違う、まるで同情し、共感し、――そして優しく癒そうとするように小さな個体が泣いた。

「なんでだ……お前も、理不尽に生み出されて世界を、私たちを恨んでもいいはずなのに、なんでお前は、誰かの為に泣けるんだ?」

私は、いつの間にかこの小さな一個の生き物に、語りかけていた。

 

「私は、私たちは到底許されることのない行為をいくつもしてきた! ……お前たちを理不尽に生み出してしまった! 荒魂もそうだ! 人間の愚かさで都合で生み出してしまった! ……この子もそうだ。身勝手な連中と私のせいで、死んだ後も、こんな惨い目にあって」

 

誰がこの子の為に泣いた?

 

今のいままで、この失敗作と罵ってきた生き物が泣くまで、誰一人として赤子に関心すら示さなかったではないか?

 

 

(痛い、怖いよ……)

「…………え?」

幼い子の声が聞こえた。

私は思わず周囲を見回したが、その正体はどこにもない。

(痛い、痛い、痛い)

だが、悲痛な子供の叫びが聞こえる。耳にではない。

まるで、脳内に直接語り掛けるように。

「まさか」

目線を落とすと、こけしの形状になった赤子が――すでに死んだと思われた赤子から訴えかけが聞こえていた。

「きみ、か?」

(寂しい、寂しいよ)

「どうして、声が……お前か?」

舌を伸ばして、赤子の頬を舐めていた肉塊の生き物が、この子の精神の声を私に伝えているとでも? 

「ギィー、ギィー」

その肉塊の生き物は、目玉から涙を溢れさせ、同情するように泣き続けていた。

 

 

まったく荒唐無稽な行為かもしれない。……だが、この「死んだはずの子」を、生き返らせる方法が――この生き物によって出来るのならば、あるいは……。

 

「おい、お前。この子の為に犠牲になる気はあるか?」

自然と、私は醜い部分をさらけ出しながら、小さな肉塊へと語り掛けていた。

 

「ギィー、ギィー」

透明な涙を溢れさせていた生き物は、私の言葉に反応したように目玉をギョロリと動かし、暫く視線を絡ませた。――少ししてから、「わかった」と頷くように、小さな生物が近寄りながら目玉を頷かせるように動かした。

 

 

 

…………もう、私は普通の人間の倫理観で生きることができない。

…………悔やむなら、もう遅い。

…………きっと、いい死に方はしないだろう。いや、望んでなどいない。

…………だが、この赤子と、この生き物を、私は、

 

 

「この子を活かすため、犠牲になるんだな」

念押しするように、小さき生き物を見詰める。

 

「ギィー、ギィー」

強く跳ねて強い意志を示した。

もはや、疑うことは出来ない。この個体は確かに、共感し、同情し、そして自己犠牲によって誰かを「助け」とようとしていた。

他の個体とは明らかに違う。

「この子を救ってくれるのが、人間ではなく、お前でよかった」思わず、私は呟いていた。

 

 

〇月×日

赤子と失敗作だったはずの生き物を融合させる恐ろしい手術を私は秘密裏に行った。……結果として、成功した。

……だが、もう、この研究所に居ることも出来ない。

私は研究所を去って、人目を避けて生きようと思った。余りに業深く罪を数多く犯した私は、この子を育てることに決めた。

 

 

……もし、この子に自身の出生を聞かれた時は嘘をつく。

かつて、戦国時代に活躍した伝説の人物、「百鬼丸」の物語を下敷きに語り聞かせよう。そうすれば、信じてくれる。

真実はあまりに惨すぎる。

 

 

 

〇月×日

このロクでなしを、初めて「父」と呼んだ。私の中に複雑な感情が芽生えた。――私は、お前に何一つ報いることができないのだ。

――百鬼丸、お前はあまりに優し過ぎるのだ。

許されていいはずのない、私の人生に、光明を与えてくれた。

私を慕ってくれるお前は、どこまでも優しすぎるのだ。

――お前の本当の強さは「共感」してやることと、「優しさ」だ。

誰かの痛みを自分のことのように思って、涙を流して、損を承知で自己犠牲を果たす。お前は――もっと幸せになっていい。

 

 

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