刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第207話

「小娘風情が知った風な口をきくなッ!!」

 秀光は血走った目で激昂し、テーブルを挟んで座った可奈美の胸ぐらを掴もうとして――深呼吸して自制する。こめかみに青筋を浮かべながら、激情を堪えて痙攣した表情筋で可奈美を睨む。

「……チッ、つくづく扱いにくいお嬢さんだ」

 肩から息を抜いて毒づく。

「――もしもあなたのお話が全部本当だったとしても、それで私の意志が変わることはありません」

 くりっ、とした大きな琥珀色の瞳で少女が断言する。

 ぎゅっ、と強く赤い美濃関のプリーツスカートの裾を握り、真摯な眼差しで秀光を見返す。

(こういう手合いの人間が苦手なんだ――)

 かつて、秀光は可奈美のように純粋な『刀使』を知っていた。

「……分かりました。あくまであなた方が独自の路線を行かれるのであれば、忠告は無駄でしたね」

 テーブルに置いた携帯端末を手に取ると、すぐに通話を始めた。

 短い会話を終え、秀光は改めて可奈美と姫和を交互に見比べた。

「あなた方の身柄は一時的にですが、我々の管理下に置かれますが――正直、最近の荒魂出現によって優秀な刀使がひとりでも必要ですから…………はぁ。事実上の釈放です」

 酒気を帯びた微かに赤い顔で、秀光は苦い笑みを口元に浮かべる。

 

「「!?」」

 ふたりは、思わず動揺した。

 まさかこうもアッサリと釈放されると思わなかったのである。

 その困惑する様子をみて秀光は笑う。

「警戒しないで下さい。わたくし自身は、刀使を殺すつもりはありません。むしろ、あなた方の身の安全を最大限に守りたいとすら思っていますよ。……無論、轆轤家の人間以外は、ですが」

 そういいながら、エレベーターホールの方から数人の足音が聞こえた。

 可奈美と姫和は思わず身を固くして警戒した。

 ホテルの従業員用の制服を身に着けた男性たちが、営業スマイルを浮かべながら、長方形のアルミ製アタッシュケースを抱えて持ってきた。

「お二人の御刀は返却致します。…………どうか、これからもご無事で任務を遂行してくださいね」

 余りにも呆気なさ過ぎる対応に姫和は、

「お前はどういうつもりなんだ!」

 と、キツイ口調で睨みつけた。

 秀光はただ「はぁ」と面倒くさそうに溜息をついて、「わたくしの本来の役割は、あなた方の身の保護なんですよ。勿論、維新派の方々の思惑は違いますが。彼女たちは――というよりも、タギツヒメは世界を滅ぼしたがっている。わたくしも概ねその考えに賛同しますが、全滅まではやり過ぎた。そう思うだけですよ」

 人類の滅亡という重々しい言葉を、まるで冗談のように言い捨てる。

 ちら、とホテルの従業員の男たちに視線をむけ、

「勿論、彼らは〝私〟の重要な部下ですからご安心ください。この話自体、まだ政府もどこの官庁のお偉いさんたちも知らない話ですから。……あなた方は、特別ですよ。その滅亡する世界を救う救世主となれるのか。せいぜい頑張って下さいね」

 マシンガンのように連続して喋る秀光は、酒に軽く酔っているらしい。

 ニタニタとして、姫和の敵意を爽やかな笑顔で受け流している。

 

 「ちっ、もう二度とお前などと会いたくない。それだけはハッキリと分かった」

 姫和は吐き捨てるように言って、開かれたアタッシュケースから《小烏丸》の太い黒瑪瑙色の太い鞘を掴み、エレベーターホールへと歩き出す。

 

 「姫和ちゃん…………」目線で黒髪の少女を追う可奈美は、急いで椅子から立ち上がり、ホテルマンの男性からアタッシュケースの《千鳥》を受け取る。

 

 「秀光、さんでしたよね」

 振り返り、戸惑い気味に言葉をかける。

 「……ええ。どうかされましたか」

 突然声をかけられ、一瞬だけ反応の遅れた秀光。それでも営業スマイルは崩さず、返事をする。

 「――私は皆を守るって決めているので」

 「は?」

 少女の唐突な宣告に、思わず秀光は間抜けな顔をした。

 「――世界が滅ぶかもしれないんですよね?」

 「わたくしには、詳細は分かりませんが……」

 「そうだとしても、私は、刀使(わたしたち)は最後まで守ります」

 凛々しい表情で可奈美は告げる。それは確定事項らしい。瞳の奥には一切の迷いがなかった。

 彼女の言葉に呆気にとられていた秀光は、やがて「くくくっ」とひそかに笑い始めた。

 ――それから。

 「そうですか。それでは愉しみにしていますよ。貴女の母上と同じように……〝英雄〟たらんとする、その心意気。見守らせて頂きましょうか」

 秀光はそう言って、微笑む。

 

 「ししょ……お母さんのことを知っているんですか?」

 母の事に触れられた可奈美は思わず、聞き返した。

 しかし、秀光は既に話相手にする様子もなく、ただ部下のホテルマンに扮した男たちに「彼女たちを無事に送って差し上げなさい」とだけ命令して、携帯端末を使って誰かと会話を始めた。

 

 可奈美は、この国の権力を自在に操れるはずの男を前にして、どこか哀れな印象を持った。

着崩した白いワイシャツに隠れているが、彼も相当の剣士なのだろう。

 素手の武芸にも精通しているようだった。

 何より、四〇歳を超えてもなお衰えない整った顔立ちに、どこか人外めいた感覚すらした。

 「……百鬼丸さんのこと、教えてくれてありがとうございました。さようなら」

 亜麻色の髪の少女は、深々と頭を下げて一礼すると運動靴の踵を返してエレベーターホールへ強い足取りで向かう。

 

 

 横目でチラリと、可奈美の後ろ姿を眺めた秀光は憂いを帯びた目で、「私こそ礼をいうべきでしたね」と、小声で呟いた。

 『――轆轤さん、どうされました?』

 電話の相手は、意味の分からない文言を吐いた男に困惑した。

 「ああ、いいえ。こちらの話です。すいません。ええと、それで…………折神紫の確保ですね」

 その後もそつなく相手と会話を続けながら、エレベーターホールから姿が消えるまで、秀光は二人の刀使を見送った。

 

 

 ――――二度とは出逢わぬ人間たちを記憶に刻むように。

 

 

 

 2

 夜闇の中、バギリ、バギリ、と枯れ枝と湿った咀嚼音だけが異様に響き渡る。

 それも、5分間の出来事だった。

 …………その間、沙耶香たちは、二人の「同じ顔をした少年」たちの戦いを指をくわえて見守ることしか出来なかった。否、動く事が出来なかった。

 

 両者の戦闘は、すぐに暗闇へと転じて姿をくらませたのである。

 しかも、手練れ同士の戦いだ。

 戦闘不能の沙耶香、一般人の大関、そして舞草のサポートを担当する少女たちには戦闘の支援は不可能であった。

 

 ただ、一条の光を走らせるライトで百鬼丸たちの姿を捜すことしか出来ない。

 広い駐車場ではあるが、それでも限度というモノがある。音のする方角である程度の位置は予測できる。しかし、だからと言って、戦闘に巻き込まれることも本意ではない。

 ――したがって、彼女たちはその場から動かない、という選択肢を採用した。

 

 

 

 3

 ……私は、むかしから「何を考えているのか分からない」って言われてきた。

 『糸見さんはもう少し笑顔をつくってみると、友達も増えると思うな』

 と、前に学校の先生に言われた気がする。

 ――でも、分からない。

 どうすれば笑えるのか?

 どうして笑うのか?

 どうして他の人と一緒に居ないと駄目なのか?

 自分自身の頭で考えることが苦痛だった。……だから逃げた。

 刀使になって任務を達成すれば、笑顔じゃなくても大人たちは褒めてくれた。それは嬉しかった。難しいことは大人が考えてくれればいいと思った。

 他人の感情を読み取ることが苦痛だった。

 どうして相手が泣くのか、どうして怒るのか、どうして喜ぶのか――全部から逃げていた。

 ……そうしたら、いつの間にか周りが見えなくなった。

 ノロが体内に打ち込まれたとき、本当の《孤独》が私の中に染み込んできた。悲しくて、誰かに暴力をぶつけたくなった。

 ひとりぼっちが――本当に怖いんだ、ってようやく理解できた。

 だから、ノロを受け入れた今ならわかる。

 荒魂たちも、本当は寂しいってことに。

 ねねと薫みたいに、分かり合いたい……。

 相手を知りたいと思うようになった。

 …………例えば、百鬼丸みたいに、今までよく分からなかった相手にもきちんと話をしたいと思う。

 今の私なら、できると思う。

 

 

 4

 二重に輪郭線の滲んだ視界を何度も瞬きして、沙耶香は首に違和感を覚えた。指先で原因を捜すと、絆創膏が貼られていた。自分がどうやら一瞬だけ、気絶していたらしいと合点がいった。なにせ、〝ニエ〟との対決で何度も《写シ》を剥がされた。

 体力と精神力の消耗は本人が思っていたよりも著しいらしい。

 紫紺色の目を完全に開いた沙耶香は、自分を抱きかかえる大関に、

「……百鬼丸は?」と、か細い声で尋ねた。

 ハッ、と大関は沙耶香の意識回復に気が付き、「え、ああよかった」と人のよさそうな笑みを浮かべた。――それから、

「百鬼丸くんは……もうひとりの白い奴と戦って…………」

 複雑な表情で大関は太い指で、不気味な音の鳴る方角に向ける。

 つられて沙耶香も指の向く方角に合わせて視線をむけると、だだっ広い暗闇だけが拡がる虚無の空間が続いていた。

 

 本来は、廃病院の広い駐車場の筈だが――バキリ、バキリ、と鳴る乾いた音のせいで、地獄のような連想すらしてしまう。

 

 しかし、その音はすぐに止んだ。

 長い沈黙の余韻が――この場を支配する。

 「音」の無い世界。それは、人を心理的な不安に陥れるには絶好の要素であった。

 

 どれほどの重苦しい沈黙が続いたのだろう? しかも、この場に居る人間たちは、誰一人として言葉を発することすら出来なかった。

 なぜか? 

 それは頭ではなく、身体の方が理解していたのだ――まことに異様かつ強大な力同士が衝突していることに。

 たとえば、山中で熊と出くわした時、人の肉体は野生の本能により身体が硬直する。

 それと原理は同じであった。

 しかも周囲は人の恐怖を煽り立てる「暗闇」。

 ……しかし。

 この場で唯一人だけ、事情が異なる少女がいる。

 糸見沙耶香は、なんとか持ち直した体力と気力を集めて自力で立ち上がると、脱力感の凄まじい体に鞭を打って歩き出した。

 「……百鬼丸、探さないと」

 一言、告げると沙耶香はふらつく足取りで、少年を探そうと行動した。

 「あああ、ダメだ駄目。危ないだろ!」

 大関は慌てて沙耶香を押しとどめようと立ち上がった。

 

 「……ううん、大丈夫」

 

「糸見さん、お願い待って」笹野美也子は、諭すように口を挟んだ。

 

「……どうして?」

 

「夜は本当に危ないの。貴女がいくら優れた刀使でも――」

 

「……ちがう。百鬼丸を捜すだけだから」

 

「だから、本当に待って! お願い」

 美也子は強い懇願の響きが籠る声音で沙耶香を押しとどめようとした。

 

 

 

――――その時。

 

 ぺた、ぺた、ぺた…………。

 湿った肉のような音が重なって聞こえた。

 

「「!?」」

 その場の皆が緊張のあまり、咄嗟に身構えた。

 ニエが勝ったのだろうか? そうすればこの場の全員が皆殺しになるだろう。いいや、捕虜になるのだろうか。それとも――。

美也子の脳裏には幾つもの絶望的なシナリオが浮かんでは消え、歯噛みをした。目的を完遂することが出来ずに終わるのか。

 

 

だが、そんな美也子の予想を裏切るように、夜闇からゆっくりと近づいてくる「人」の気配には一切の敵意がなかった。

 

美也子は持っていた懐中電灯をサッ、とその人影の方に合わせる。

 

『うぉっ、まぶしい!! ……って、おれだよ』

顔を守るように手庇をつくり、不機嫌に反応する少年。

 

 

 

「キミは……」

 思わず、美也子は訊ねていた。

 ニエと百鬼丸の違いは分からない。だからこそ、警戒すべきなのだ、と自分に言い聞かせるように。

 

 

「――あ、おれは……」

 

『……百鬼丸』

 沙耶香は、精一杯の音量で相手の名を呼ぶ。

 

「お?」

 少年は驚いたように眉を開いて反応した。

 

「……百鬼丸、おかえりなさい」

もう一度、沙耶香は相手の名を呼び、再会を歓迎した。

 

 

やや、長い沈黙のあと、

「――――ああ、ただいま」

百鬼丸は、懐中電灯の光に照らされながら何度も頷いて返事をした。白と黒の混ざった長い髪を夜風に靡かせながら、何度も頷く。

自身の両足で地上に立ち、再び再起を図るように。

「帰ってきたぞ」

 

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