刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第209話

 二人は微妙な距離のはす向かいに座っている。

 「…………。」

 「…………。」

 ソファーに腰かけながら百鬼丸は、何を話すべきか考えあぐねていた。

 だが、いざとなれば思いつく話題もなく、沈黙する他なかった。ひたすら木目のフローリングを眺めて時間が無駄に過ぎる感覚を味わっていた。

 それもこれも、大関が「んじゃあ、まああとは積もる話もあるだろうから」と言い残して部屋を出ていった余計な気遣いに原因がある。

 (――くっそ、ああ畜生っ)

 仲も悪くないのに気まずい空気に、百鬼丸はつい居づらさが募った。しかも、落ち着かなくキョロキョロ頭を動かしていると、

 「……百鬼丸は」

 と、珍しく沙耶香の方から行動を起こした。彼女はサイドテーブルの椅子に座り、指先を絡ませて、時々、指先同士をクルクル回して落ち着きを取り戻そうとしている様子だった。――沙耶香は、レディース用のウィンドブレーカーに身を包み、首の辺りは黒いネックウォーマーを着用していた。

 火照った頬は、素振りなど運動直後の色艶だった。「……百鬼丸、」

「う、うん?」

ジッ、と百鬼丸を真正面から見据えた沙耶香の紫紺色の美しい瞳が、トボけた顔の少年の像を映す。

「――? な、なんだよぅ」若干怯えて震えた声で反応する。

瞼を二三瞬き、「ううん。なんでもない」と小さく首を振る。それから彼女は思い出したように右のポケットに手を入れた。

 

「……そういえば、百鬼丸に渡すものがある」

 沙耶香の右手に細い束が握られていた。

「あ、それ――」

 彼女が差し出したのは、渋谷の騒動で可奈美から受け取った髪を縛る紐だった。あの時、己を見失い暴力に身を任せ、血まみれになった時、ギリギリの場面で受け取った紐――たったそれだけのモノが、百鬼丸にとって人との関係を繋ぐ絆の象徴となっていた。

「サンキューな」

受け取ろうと左手を差し出した百鬼丸に対し、沙耶香は一瞬、躊躇したように紐をグッと強く握り締める。

「お、おい。どーしたんだよ?」思わず戸惑いを口にする百鬼丸。

「……百鬼丸は可奈美に会いたい?」

伏目がちに沙耶香は疑問をぶつける。

「うん? どういう意味だ?」

「……自分でも解らない。でも、あの時、黒い獣の姿になった百鬼丸を――怖がらずに最初に駆け寄ったのが可奈美だから」

「あー、なるほど。そうなんだな。いいや、でもまあ、普通じゃねぇか。おれだって、獣になった奴なんて近寄りたくねーし」

「……でも、可奈美はやった」

「そりゃあ、そうかも知れないけど、沙耶香に助けられたおれからすりゃあ、感謝こそすれ恨んでなんてねーよ。あんまり自分を責めるなよ」

 その瞬間、小柄な白い影がガバッ、と飛びつくように百鬼丸の腰元辺りに抱き着いた。

「ど、どーしたんだよ!?」

咄嗟の出来事に百鬼丸は困惑する。

「……分かりたい、ってずっと思ってた。百鬼丸はどんな存在でも、受け入れたいと思ってる。……でも、怖い。百鬼丸が怖い。それでも、一緒にいると知りたい。荒魂もきっとそうだと思う。寂しくて、怖い。それでも…………どうしたらいいか、わたしには分からない」

 柔らかく色素の薄い髪と、小顔を百鬼丸の脇腹に押し付ける。

(なるほどね。)

百鬼丸は肩を竦めて、苦笑いを漏らす。

「そっか。――不安、なんだよな」

「……不安?」

「ああ、そうだ。きっとさ、背負い込み過ぎなんだよ」

「……わたしは背負ってない。それは百鬼丸が――」

「違う、違う、おれとか他人は関係ないんだよ。沙耶香はさ、ノロの因子を体内で感じるだろ?」

「……うん」

「だよな。だからさ、分かるんだよな。あいつらの本当の感情とか、全部」

「……うん」

「そんでもって、その年で色々と背負うべきじゃない事まで沢山抱えたってことさ。それにさ、化物っになるの、怖いだろ?」

しばらく躊躇ったあと、沙耶香は強く頷く。

百鬼丸はニッ、と笑いかけて、

「――折角だからさ、おれに沙耶香の不安を聞かせてくれないか? おれは別に正しい答えなんて持ってないけど、ただ聞くことならできるからさ」

 揉むように髪の毛をワシャワシャと撫でる。紫紺色の美しい瞳を細め、気持ちよさそうに少年の手の感触に身を任せていた。

「対話、したいんだろ? ならさ、まずは沙耶香自身について訊かせてくれよ」

「……うん」

 胸の中のモヤモヤとした感情が一気に氷解したみたいに、沙耶香は安堵した。百鬼丸の手に、ゆっくりと可奈美の黒いリボンを返した。

 

 

 

首都地下に拡がる巨大坑道の一件からすでに、数日が経過した。

 東京の地層に溜まったガス爆発による地盤沈下――という事で、旧軍の構築した広大な坑道の存在は秘匿された。

 同様に地下で関係した者たちにも厳重な緘口令が敷かれ、一体なにがあったか詳らかに話すことを禁じられた。

 無論、元折神家親衛隊の面々も同様の処遇であった。

 

――午後8時50分。

 首都高を走る一台の黒いメルセデス・ベンツSクラスが東京から海老名方面へと移動している。

 その車窓に肘を置き、物憂げな眼差しで外を見る少女がいる。ワインレッドの髪が緩くウェーブした毛先を摘まんで弄りながら、軽く「はぁ」と溜息をつく。

 

 病院で散々検査をされたあとは妙な気怠さが残る、と此花寿々花は思った。

 

 彼女たち親衛隊は体内に残るノロの影響を調べるため定期的に、身体検査を行っていた。親衛隊の面々は夜見を除き、刀剣類管理局が管理する研究施設のもとで全て管理されていた。

 行動については制限が設けられているが、世間や社会の評価が現時点で最底辺を思えば現状でもマシなのかもしれない。

 ……そうやって、自分自身を納得させるしかない。

 (――まったく)

寿々花はもう何度目かも分からないほど、憂鬱な気分で額に手を当てる。己に言い聞かせて現状を受け入れる。――だというのに。

「ねぇー、ヒマだよぉ~戦いたいよぉ~」

 幼い甘ったるい声で不服を申し立てる人物が、後部座席でジタバタしていた。

「まったく、先ほどから……」呆れて車のバックミラーに目線をやる。

 

 

 

 

撫子色の髪を本革の座席シートへ流麗と流しながら、後部座席を倒して寝転がっていた。

「う~っ、うぅうううう!!」

 燕結芽は鋭い八重歯を剥き出しにお気に入りのマスコットキャラのクッションを抱きしめている。「悔しいっ、百鬼丸おにーさんなんて、絶対に私が強くなっても戦ってあげないから!」

 駄々っ子のように、数日前からこんな調子で叫んでいた。

 今回、寿々花と結芽はペアで身体検査を受ける手筈となっており、獅童真希は単独行動の経緯を刀剣類管理局で話終えてから合流する事となっていた。

 

「はぁ~」

と、疲れたように溜息を零した寿々花。

「いい加減にしなさい。これからまた別の病院で精密検査をするんですから落ち着いて……」

「だって! だって!」

「ええ、分かっていますわ。〝将来、美人で強い剣士と戦えなくなるなんてな〟でしょう?

良かったじゃありませんこと? あんなロクでなしの厄介ごとの塊みたいな存在と決別できて」

「それじゃ全然面白くないじゃん! やっぱり、私の方が強いって記憶に焼き付けるまで戦いたい~っ!!!」

「はぁ、困った子ですわ」と、額に手を当て小さく愚痴をこぼす。「そもそも貴女はもう病気で苦しむ事もないのでしょう?」

 寿々花の一言でハッとした結芽は、

「うん、百鬼丸おにーさんの青ノロのおかげで……あっ」

断片的な記憶が結芽の脳裏を過る。

折神家屋敷襲撃事件の際、生死の境を彷徨っていた彼女は大樹の幹に寄りかかり、死を覚悟していた。

――お前は生きろ。

そう言われている気がした。

視界が霞んでおぼろげながら、片目から血を流しつつ頭を撫でる人影があった。

ノロのアンプルによって生き永らえていた筈の結芽に、新たに副作用のない「百鬼丸の肉体」から生成されたノロを引き継ぐことで、現在も身体に問題なく活動が行える。

命の恩人であるとともに、良き対戦相手である――結芽は百鬼丸という生き物を無視できなくなっていた。

しかも、旧日本軍の地下施設で囚われた自身を救出までしてくれた。

「なんで、なんで普通は戦ってくれるよね? 一度断っただけじゃ足りないからやっぱり戦いたくなるよね?」

寿々花は車窓に額を押し当て、ゲンナリとした表情で首を振る。

「……では、結芽はどうしたくて?」

「たくさん戦うの。それで今は百鬼丸おにーさんの方が強いかもだけど、いつか私の方が強くなって泣いて謝らせるってどう?」

「どうって言われましても。ああ、そうえいば百鬼丸さんは刀使以外は興味がないようですから、いずれ結芽は刀使を辞める時がくると相手にされなくなりますわね」

「……えっ?」

素っ頓狂な反応で結芽は大きな瞳を瞬く。

「えっ、……って。まさか考えていなかった訳じゃないのでしょう?」

「――だって、そこまで長く生きると思わなかったもん」

結芽の放った一言は、寿々花に深くナイフのように突き刺さった。

「……そう、でしたわね。でも貴女はもう長く生きられるのですから、将来の事も考えたらどうです?」

 

「分からないよ……だって、私、戦うことしか出来ないし。ねぇ、寿々花おねーさん」

「どうしましたの?」

「百鬼丸おにーさんは、私が刀使じゃなくなったら嫌いになるのかな? もう戦ってくれないのかな?」

「もう、知りませんわ。本人に直接聞いてみたらどうですの? もっとも、どこに居るか分からなくて指名手配されている位なのですから」

「……そう、だよね」

「それに結芽はあの黒い獣の姿をみてもまだ会いたいとお思いで?」

「うん。百鬼丸おにーさんが強ければどんな形でもいいもん」

「形って、そんな粘土人形みたいな――」

「だって百鬼丸おにーさんは私に優しいもん」

寿々花の論理的な頭脳では、結芽の支離滅裂な会話の内容に辟易していた。一方で寿々花自身、年ごろの少女たちより、やや幼く危うい考えの彼女を実の妹のように可愛がってもいた。

「そう、お優しいのは結構ですけれど、それで? じゃあ、倒してしまえばもう関係ないので結構ではないですか。放っておけば……」

「ちーがーうーの! 私が勝って、百鬼丸おにーさんも勝って、どっちも強くなり続けるのがいいの」

「だったら永久に関係が終わらないじゃ――」

と、言いかけて寿々花は気が付いた。

結芽は人との関係の仕方が上手くない。いいや、上手い下手ではない。それまでマトモな人間関係を築く機会が失われていた。ある時は天才剣士として持て囃され、ある時は病床で孤独になり、ある時は折神家の親衛隊として活躍し……年相応の生き方を奪われてきた。

だから、戦うことでしか愛情の表現方法を知らなかった。

ふと、気が付いて寿々花はバックミラー越しに結芽を窺う。

「えへへ、それでね、寿々花おねーさん。私がやっぱり少しだけ強くなるでしょ? そしたら……」

興奮で紅潮した結芽はとても幸せそうだった。ただ剣術の事を語りながら、具体的な相手の特徴を妄想して熱を上げている。

普通とは少し異なるが、結芽らしく素直で温かな愛情表現の一歩を踏み出していた。

「それでね、私が勝つでしょ? 〝やっぱり結芽は強いな。うし、じゃあもう一度勝負だ〟って言って立ち上がるんだ~。ねぇ、面白そうだよね?」

同意を求められた寿々花はいい加減、ここ数日続く少女の妄想に飽き飽きしながらも、

「ええ、そうですわね」と、気の無い返事で頷く。

「それでね、もう一つだけ愉しみがあるんだ。今度もまた夜桜みるの――ね、寿々花おねーさんもいいと思うよね? 夜見おねーさんも一緒だよ」

「夜見さんも……」

「うん、だって親衛隊は皆集まらないと!」

 屈託のない笑みに、

「……そう、ですわね」

寿々花は躊躇いがちに同意した。……もう、あの頃のように集まることが出来ないかも知れない。――今の夜見の動向は杳として知れず、最悪の場合、敵対する可能性が高い。

それでも結芽のいう通り、あの時のようにもう一度夜桜を眺められたら。

「紫様と親衛隊でもう一度――」

 

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