刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第210話

 官房長官が会見を開く筈の空間は、異様な雰囲気だった。

朝廷の玉座を模したように御簾の奥に一つの豪奢な椅子が用意されている。

報道記者やTVカメラが『玉座』を模した一角に神経を集中させている。全く前例のないことに、〝荒魂〟――が会見を開くのだという。

 

防衛省の襲撃事件以来、姿を隠していたタギツヒメが衆人の前に姿を現したのだ。

 

眩い無数のフラッシュを浴びながら臆することなく、淡々と無気力に、持論を述べる。

『――我は人間との共存を望んでいる。しかし、人間の中には共存を望まぬ者たちがいる。荒魂退治を名目に過ぎたる力を有する者たち……刀使だ。対話を求める我の声を無視し、言葉を介さぬ荒魂と同様に討ち滅ぼそうとした。我はただ、身に降りかかる火の粉を振り払おうとしたに過ぎぬ。――それが二十年前の真実だ』

タギツヒメが言い終わると同時に御簾が下げられ、姿を消した。

報道陣を含め、その場の全員が固唾を呑んで、不思議な緊張感に包まれた空間で肩を並べた。

と、ある一人の記者が手を挙げ、

「――その話を裏付ける証拠は?」発言した。

「それについては、私が説明しましょう」

五十代の恰幅の良い男性がマイクで割って入った。――内閣官房である。「今回はもう一人、詳しいお話をして下さる方に来て頂きました」

間髪を入れず、白いレディース用スーツで記者たちの前に現れたのは、高津雪那……騒動の渦中にある人物だった。

彼女は頭のネジが外れたような異様な高いテンションのまま、周囲を見渡し、手元のマイクで言葉を紡ぐ。

「確かにタギツヒメは二〇年前被害を齎しました。しかし、それ以上の被害を齎すことなく、刀剣類管理局の拘束を受け入れることにしました。彼女は対話を求めました。その姿を目にして、刀使の中でも考えを改める者も現れました。――人間の文明は対話によって発展しました。ならば、対話を求める荒魂とも信頼関係を築けるのではないか、と。私もその一人です。――しかし折神紫は違います。タギツヒメの言葉を無視して監禁しました。そしてアレが生まれた……イチキシマヒメです。このもう一人のタギツヒメの分身が鎌倉から遁れたことで、関東一円にノロが撒き散らされる事になった」

 たっぷりと息を吸い、雪那は瞳の奥で淀む粘つく闇のようなどす黒い感情を、宿していた。……雄弁な演説家とは、すなわち狂人である。かつての古人の言葉にもある通り、彼女は正真正銘の演説家となった。

 小さな嘘と小さな真実を綯交ぜにすることで、事実は秘匿され、美しい物語を語る。これは一種の神話であった。雪那は雄弁に「神話」を語る。

 「――しかし、相楽学長のもと、新生錬府女学院の一部刀使と綾小路の精鋭部隊により、タギツヒメを御救いしたいのです。近衛隊として」

 

――――イチキシマヒメは現在も逃走中です。彼女の目的は人間への復讐です。それのみです。仮に彼女が力を開放すればこれまで以上の被害が出るでしょう。そんな危険な存在を折神紫は未だに手放そうとしていないのです。

 

―――被害を出さないためにも、タギツヒメとイチキシマヒメを融合させます。そのためにも我々刀剣類管理局維新派は、ここ東京を拠点に決起します。

 

――その上で警告します。折神紫、並びに刀剣類管理局は今すぐにイチキシマヒメを渡しなさい。これ以上国民を危険に晒してはいけない! もし、拒めば実力行使を以てして対処します。

 

 ……その、最後通告のような言葉と同時にカメラのフラッシュは盛大に焚かれ、画面が一瞬真っ白に染まった。

 

 能弁家としての彼女は、この時において最盛期を迎えた。日本政府は二〇年前の事後処理のマズさを秘匿するため、米国側は事件の原因追及を避けるため……互いに手を取りタギツヒメ側の意見を擁立した。

 政治的権力の裏付けも工作も済んでいる。

 

 気分を昂らせた高津雪那は、まるで蛇のように執拗に眼球を動かし、口を歪に曲げる。

「そう、それともう一つ。あの渋谷での惨劇……これも未だ全容が解明されておりませんが、刀剣類管理局は一体〝何を〟隠しているんでしょうか? 皆さまもご存じでしょうが、あの巨大な荒魂とも異なる怪物と、その怪物を醜く捕食した……黒い人型の獣。あれらの説明も、我々国民の側は求めていますよ」

 トドメを刺したように、雪那は言い切った。

 

 

 1

 夕刻――すでに、人も疎らな窓際の席では、テレビ画面を眺める数人がいた。

 ここ鎌府女学院の食堂の一角、テレビモニターの前で衛藤可奈美たちは茫然とタギツヒメの会見を見詰めている。

 

 全ての映像が終わったあと、可奈美は暫くモニターを見上げていた。

「――――」

 その場の誰も、発言できずにいた。

 タキリヒメを奪われ、渋谷で数多くの犠牲者を出した惨劇……数えきれない試練が彼女たち刀使に圧し掛かっていた。

 嘘に塗り固められた会見は、しかし、嘘を貫き通す狂信的な意志によって妙な説得力を持ってしまった。

「……沙耶香ちゃんたちは大丈夫、だよね」

 誰にいうでもなく、柳瀬舞衣がポツリと呟く。

百鬼丸を連れて逃走した現在、彼女たちもまた逃走犯であった。

「――大丈夫だよ。百鬼丸さんと一緒だからきっと」

 可奈美は新調したばかりの黒いリボンで束ねた髪の辺りを触り、伏目がちに答える。何かを論拠にしている訳でもない。だが、百鬼丸という少年を信じたい――可奈美は彼らの無事を祈っていた。

 

 2

「サイズは合うか?」

 大関は両腕を組み、壁に寄りかかって聞く。

 長い姿見の前に立つ人影が、

 「――うん、ピッタリっすね」気楽に返答する。

 黒い本革のライダースジャケットの襟を折り、百鬼丸は満足そうに頷いた。

 ボロボロだった衣服を棄て、新調した服で心機一転……と気分の区切りをつけるため着替えた。

 後ろ髪を可奈美から貰った黒いリボンで束ね背筋をピンと伸ばす。窓枠から流れ込む冬の薄い光を浴び、異形の少年を淡い光源が包む。

 分厚いジーンズと茶色いワークブーツで佇む百鬼丸は、一見すると大人びた雰囲気を纏っていた。

 「おー、似合ってる、似合ってる。あとは捜査網が狭まる前に……」

 「タギツヒメの元に乗り込む。そりゃ、簡単でいいや。んで、いつにするんです?」

 「舞草の協力者もあと、数日で全員揃う。それまではここで待機だ」

 「……そっすか。まあ仕方ないですね」

 左腕の義手を開閉して違和感がないか確かめながら、百鬼丸は今後の敵について考える。

 

 ――ステイン

 

 不思議と、まず彼の名前が思い浮かんだ。

 彼とはもう一度戦う――そんな気がする。ステインとは浅からぬ因縁で結ばれているようだ。ひとり、百鬼丸は「へっ」と、鼻で笑い肩を竦める。

「でも、なんだか妙ですよね」

「ん? どういう事だ?」

「おれは、こうやって何度も逃げて人から離れてるのに、やっぱり離れきれない。特に刀使絡みだと……ましてタギツヒメが相手だと戦わざるを得ない。面倒ですよね」

 へへっ、とはにかみながら少年は照れ笑いして頬を掻く。

 年相応の無防備な様子に大関は思わずからかいたくなり、

「刀使に誰か好きな子でもいるのか――おいおい」

 と、茶化した。

 キョトン、とした百鬼丸は視線を宙に上げて首を傾げる。それから、

「――どうなんですかね? でも、うん……皆大好きですよ。これからどんな戦いになっても誰も失いたくないです。それだけは本当の気持ちです」

 少年は真剣な眼差しで頭の位置を戻し、己の右手を凝視した。「――皆大好きだから死んで欲しくない」と、ボソリと同じ台詞を呟く。

 一瞬、言葉に詰まった大関は空気を変えようと破顔して、

「は、ははは。そうか。なんだツマラない返事だな」

 大関の方をみた少年は一拍だけ間を置いてから、

「へへ、ツマラない答えしかなくてサーセン。……でも、大関さんにも無事でいて欲しいんですよ。それじゃ駄目ですかね?」

 「……何というか、百鬼丸くんはアレだな。いい顔つきをしてるな」

 「ははーん、分かりますか? おれって結構カッコいい男なんですよ?」

 顎に手を当てポーズをキメる。

 「ったく、いや……でも頼もしいよ。情けない話だけど、君が居てくれるだけで精神的にも本当に心強いんだ」

 「……任せて下さいよ。誰も死なせませんから」

 「はは、大見得をきったな」

 

 コンコン、と扉にノックがきた。

 「はい」と百鬼丸が返事をすると、黒瑪瑙塗りの鞘を片手に持った笹野美也子が入室した。

 「頼まれていた鞘だ」

 「あ、どーも」

 無銘刀を収めるため、鞘を所望していた。

 古刀に部類される百鬼丸の無銘刀は、肉厚で大振りな代物であるため、限定的な鞘でなければ納刀することができない。

 美也子は百鬼丸を一瞥すると、

「馬子にも衣裳、かな」と微かに笑みを頬に浮かべた。

「まご? えへへ、なんか照れますね」

 と、大関に話を振った。

「……そうだな」

微妙な表情で大関は首肯する。

 

 

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