刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第211話

 都内のある一軒のブティックショップの出入口周辺には、綾小路の刀使たちが警護任務にあたっていた。

 眩い照明のショウウィンドウに、マネキンや女性が身に着ける装飾品が並べられている。

 その店舗の最奥には、大きな試着室用の部屋がある。

 左右には色とりどりの衣類がハンガーにかけられていた。

 スッ、スッ、と砂を指から零したような音が聞こえる。

 

「――ときに鎌倉はどうなっている?」

 タギツヒメが、訊ねる。

 「どうもなっておりません」

 忍び笑いを漏らしながら、高津雪那は櫛でタギツヒメの純白な髪を梳く。

 「ここを攻め入る度胸などないのでしょう。刀使たちも荒魂退治に躍起になっていますがそれもいつまで続くことやら」

  と、言葉を区切り愛撫するようにタギツヒメの髪を一束持ち上げ、指の間からサラサラと流してゆく。「――さて、出来ました」

 壁に備え付けられた大鏡を前に、タギツヒメは興味のない眼差しで自身の姿を一瞥する。少女趣味の強い水色を基調とした洋服は、白いレースで手首や胸元、スカートを波打たせていた。

 いかにも満ち足りた表情となった雪那は、

 「私は所用で出かけますが、ご用心下さいませ」頬を微かに紅潮させながら言った。

 「――用心? 誰に向かって言っている?」

 己の強さに疑いの余地すらないタギツヒメは、彼女の一言に苛立ちを含んだ口調で訊く。

 しかし、雪那は気圧されることなく微笑を浮かべる。

 「いいえ、御身を案じております。それは強さではありません。貴女を失いたくないのです。大切なお方は強さではなく、お守りするのが役割でございます」

 瞳の奥には昏く、感情が一切ないような感じがした。……まるで、わが子を失った事があるような母親の悲哀と、叶えられなかった愛情を注ぐように。

 「誰に向かってものを申しているか分かっているのか?」

 「ヒメは私にとって、生きる価値そのものです」

 雪那はタギツヒメの頬を優しく撫でようと手を伸ばす。

 「チッ、汚らわしい」

 咄嗟に苛立ち、タギツヒメは雪那の手を叩き、軽蔑した目で睨む。

 「もうよい。下がれ」

 「――はっ、仰せのままに」

 ニッコリ、とタギツヒメに笑顔を向けて部屋から出て行った。

 ――暴走した母親の深く、奇妙なまでの愛情を与えられたタギツヒメは形容し難い感情に囚われた。……それは、彼女の経験した事のない『恐怖』という代物とも知らずに。

 

 

 

 ……赤黒血染

 それが、男の棄てた名前だった。

 男は夜空を仰ぎ見ながら鋭利な顎を動かし、蛇のように長い舌を伸ばす。

 〝英雄とはなにか〟

 恐らく、こんな単純な疑問に対し、命を賭して考え続けた「悪」は彼以外に居ないだろう。真摯に、ひたむきに考えた――己の固陋な思想を守りながら。

 

 夜の空から数滴の雨が落ちる。

 やがて雨は本降りとなり、車道に佇むステインを濡らしてゆく。中央分離帯に立つ彼の両側を眩い車のヘッドライトが強力に照射されながら通り過ぎていった。

 雨は好ましくない。

 切り刻んだ肉の血液を薄め、洗い流してしまう。

 全身を濡らしながらも、ステインは昂る感情と高鳴る心臓に耳を傾ける。目を閉じ、神経を研ぎ澄ませた。

 一時的なゲリラ豪雨だったらしい。辺りに点在する水溜まりが、街灯の白い光に反射していた。

 夜の晴れた空、棚引く雲の裂け目に現れた黄月が浮かんでいる。

 

 ダイナミックな排気ガスの息吹を感じながらステインは、三白眼で濃紺の星を睨む。

 「英雄を取り戻さねば」

 歯並びの良い口から男の低い声が洩れる。

 顔を半分包帯状のマスクで覆い、首元は赤いスカーフを二束だけ風に靡かせた。額の辺りにバンダナを巻き、髪はトゲトゲと箒を逆立てたように鋭い。

 前腕レガーで覆った手首を軽く捻って運動させ、背中に背負った数本の日本刀の柄を触る。

 血走った眼は夜空の四隅を隈なく睨む。

 余計な夜雲は消え去り、星の光輝が目視で確かめられる。

 ――あった

 と、ひとりほくそ笑む。

 七つの星……北斗七星を発見し、不動の連星を捉え心拍数が上がった。

 あれは、オールマイトだ。

 何者にも負けない絶対不動の『正義』オールマイト。

 理想の人物を星になぞらえるように、ステインは視界に入れる。

 両腕が日本刀を素早く引き抜き――キィィン、と音叉の反響に似た金属音が不快に鳴る。

 首を二三左右に傾け、「百鬼丸――お前はどこだ?」静かに燃える青い炎のようにステインは頭を元の位置に戻す。

 

 

『ギャオオオオオオオオオ!!』

 

 頭上からけたたましいサイレンを連想させる鳴き声が聞こえた。声の方に意識を投げると、ムカデのような胴体と頭部から鴉のように禍々しい翼を広げる《飛行型の荒魂》が遊弋していた。

 

 

「チッ、お前のような雑魚が出しゃばるべきではない」

 ステインは背中にクロスして掛けた鞘から二振りの刀を引き抜く。……妙な薄白いオーラを纏った刃は、魂魄の宿っているような雰囲気だった。

 

 

 ――ステインの殺気を感知したのだろうか?

 『ギャオオオオオオオオオ!!』

 荒魂は体を大きく反らして一気に、道路の中央分離帯に佇む一人に向かって攻撃を仕掛けた。

 

「……ちょうどいい、試し斬りだ」

 と、いうが早いが超人的な脚力を活かして地面を蹴り体がフワっと飛び上がる。逆手に持った刀を二つの素早い斬撃により、荒魂の頭部と胴体を切り離した。

 最短距離で相手の行動を終えた。

 鮮やかな手際により、頭部と胴体は自由落下の速度に身を任せ、コンクリートの地面に叩きつけられた。

 粉塵が舞い上がり、濃密な煙幕のようになった。

 

 ステインは煙幕の渦中に何事もなく着地し、煙幕が風にのって消えるまで待ち続けた。

 

 ギィ、ギィ、ギィ…………と、機械の関節部が鳴る駆動音が遠くから近寄ってくるのが聞こえた。

 「はぁ、はぁ……ああ、やっぱり間に合わなかった」

 悔しそうに憤慨する少女が荒魂の残骸を見ながら言った。「――どうして荒魂の居場所がわかるんですか、ステインさん?」

 綾小路の制服と紅のS装備に身を包んだ少女――内里歩が、悔しさと羨望の眼差しでステインに問いかける。

 「……ア? お前には関係ない。勝手にコイツらの方から来た。それだけだ」

 二振りの刀を慣れた手つきで背中の鞘にチン、と音を立てて仕舞う。その様子はどこか職人のようだった。

 「むーっ、それじゃ答えになってないですよー。後始末の報告はわたし達がするんですから!」

 ぷくーっ、と頬を膨らませて文句をいう。

 「チッ」と短く舌打ちしたステインは、「気安く話かけるなッ!」と、血走った三白眼で歩を威圧する。

 ゾワッ、と全身に怖気と鳥肌がたった。

 歩はその強者だけが持ちうる余裕と鋭い空気に一瞬で呑まれた。……と同時に、

(――凄いっ、すごい、衛藤さんも凄かったけど……それとも全然ちがう!)

 ステインの放つ危険な雰囲気に、少女は強いアルコールに陶酔するような感覚を味わった。

 

 

「もう行く。始末はお前たちでなんとかしろ」

 ステインは不機嫌に吐き捨てて、その場を後にした。孤独に揺らめく男の影は等間隔で並ぶ街灯の白光に照らされ、《悪》を擬人化したような――そんな印象を受けた。

 

「……いいなぁ」と、歩は小さく呟いた。

 

 元折神家親衛隊の第三席、皐月夜見の傍らに居て常に危険な空気を漂わせる男。不可思議な存在であると同時に――近衛隊が束になっても勝てない相手だと理解できるほどの強さ。

(――もっと強くならなきゃ)

 歩は、ステインの背中を眺めなら羨望の眼差しを送っていた。

 

『あ、こんなところに……内里隊長―!!』

 部下であろう、刀使の女子生徒が背後から叫ぶ声がした。

 

 「ごめん、今いくからー」

 歩は大手を振って答えると踵を返して、仲間の元へと駆け寄る。

 

 

 

「――あいつら本気で管理局を二分するつもりか」

 ペットボトルのお茶を強くカウンターテーブルに置き、薫は憤りの籠った口調で地面を睨む。

 錬府女学院の休憩室の自販機前で、可奈美たち五人が集まっていた。

「……最近、荒魂の出現率が低い理由ってもしかして」

 可奈美は以前から感じていた違和感を、改めて口にする。

「わかりまセン」

隣の席でタブレット端末をタップしているエレンは、画面に表示されている荒魂の討伐履歴のアーカイブを眺めていた。

《近衛隊》

この文字が異様に目立っている。

関東で頻発する荒魂の発生を悉くが、近衛隊によって始末されているのだ。おかげで、他の刀使たちは楽が出来ている――と、そんな単純な状況でない事は薫をはじめ、錬府女学院に居る刀使たちは実感していた。

 

「アーカイブの履歴を見ても、ノロの回収状況は確認できないし……どういう事だろう? 維新派が拠点にしているのは東京駅の近くのホテルで、そこにはノロの貯蔵施設もないし」

 舞衣は、伏目がちになって考え込む。

「お社に祀るって訳でもなさそうデス」

「――だったら簡単だろ。タギツヒメがノロを吸収してるんだ」

 大荒魂であり、二〇年前の大災厄を齎した元凶…………そのタギツヒメが力を取り戻すために再びノロを吸収し、力を蓄えている。

「それって、本部長も知ってるのかな?」舞衣が、不安げに言う。

 薫は肩を竦めて、

「だろーな。こんなあからさまな対応をとってるんだ。挑発行為だろうな。それでも、本部が動けないのは――世論を味方につけた維新派と争いたくなんだろうな。下手に出れば、刀剣類管理局が解体されて、維新派が牛耳る」溜息交じりに語る。

 

「タギツヒメが力を蓄えていても……か」

 それまで、ずっと黙っていた姫和がたまりかねたように、憤りを口にした。

「――多分だが、お偉いさんから指示があったんだろーな。タギツヒメの会見で官房長官がアッチ側だったんだ。……ちっ、だからって黙って待つわけにもいかねーよな。こーなったら、本部長に直談判だ」

「ねー!」ムッ、と怒った顔をしたねねもピョンと薫の肩に乗った。

「あっ、紗南センセーなら出かけたみたいデスヨ」

思い出したエレンが押しとどめるように、間髪入れず指摘する。

「えっ?」

薫は動きをピタッと止めて、首だけエレンの方に向いた。




閃光のハサウェイ、面白い。
虐殺器官のアニメっぽいなー、とか思ってたら監督さん同じでした。
やっぱり! 
映像がリッチで満足度の高いお菓子を食べたみたいで、お腹いっぱい。
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