刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第213話

 工事用の強烈な白い光を放つ提灯型の投光器が、楕円の形になる様に並べられている。

 周囲を警視庁の車両、および陸上自衛隊から急遽招集させた人員輸送用のジープ型車両が何十台も駐車している。

 陸上では既に折神紫の捜索にむけて本格的な包囲網が構築されつつあった。刀使の歴史の中でも歴代最強と名高い彼女を武力によって制圧することは相当な労力が必要となる。

 そのための戦力が続々と、房総半島の湾口、および東京湾沿岸に集結していた。

 

 冬、下旬――。

 南関東でも冬の沿岸部は荒い海波が目立ち、房総半島の小さな漁港に停泊した小型船舶も大きく上下に揺られた。

 「ひぃ~久々の船舶って緊張したぁーーーー」

 眼鏡をかけたパンツスーツ姿の女性が泣き言を言いながら、操舵ハンドルから手を離した。実に2時間45分をかけて荒波を超えた船舶は、船腹に飛沫を受けながら一定の間隔で揺れた。

 

 原子力潜水艦「ノーチラス号」からいち早く離脱し、舞草の構成員の手助けによって小型船舶によって周辺海域から逃れた。

 そもそも累は、学生時代からコツコツと特殊車両および小型船舶の1級免許を取得していた。社会人になった後も舞草の刀使サポートおよび趣味から、免許を取得し続け――結局、大抵の乗り物の操作が可能となった。

 彼女は運転席を離れ、左舷側へとゆく。途中、濡れて滑りそうになる足元を気にしながら、新調に歩きつつ、ため息をついた。

 「もう潜水艦を拿捕するなんて早すぎますよー」恩田累は盛大にボヤく。

 雪那たち維新派の行動の迅速さに驚きつつ、その厄介な相手から遁れるための苦労にボヤいたのかも知れない。

 「――ご苦労だった。では、行ってくる」

 漁港の係留場に降り立った折神紫は、切れ長の涼やかな目元を細め、肩越しに感謝を伝える。

 「い、いえ……それでも、単身で逃走するのって難しいですよ?」

 これからの困難な行動を起こそうとする紫に対し、思わず声をかえた。

 累の心配を察した紫は「ふっ」と微かに口元を綻ばせる。

 「――そうかもしれない。だが、最早逃げ回ることも出来ない。それに……」

 と、紫は視線を隣に向ける。

 猫背気味の人の姿をした……イチキシマヒメが、気怠そうに佇んでいた。

 「……なんだ紫? 我を切り捨てるのか? それも良いだろう」

 諦めきった声音で呟く。

 その悲観的な態度に紫は思わず額を手で押さえて、「そうではない。一度、再起を図るために逃げるんだ」と付け加える。

 虚ろな目のイチキシマヒメは紫を一瞥し、首を振る。

 「……もうどちらでもよい」

「行くぞ」

半ば無理やり命令する口調で紫はイチキシマヒメを促し、歩き出す。

 

「気を付けて下さいね」

 累は大きく手を振っ無事に逃げられるよう無事を祈った。

 

 夜闇の中へと溶け込んでゆく紫とイチキシマヒメが微かに振り返った。

「――ああ、お互いにな」と、返事をして再び前を見て歩を進めた。

 

 

 

 

 

 1

 「百鬼丸くんは随分と女たらしになったんだな」

 大関は朝食のトーストを乗せた皿を手渡しながら、ニヤっと笑いかける。

 午前五時。ロッジ小屋の広間で朝食を摂るのは、男二人だけで、他の者は皆眠っていた。

 牛乳パックに直接口をつけてグビグビ呑んでいた百鬼丸は、口を離して「へぇ?」と、怪訝な顔をしながら首を捻る。「どういう事ですか?」

 「ハハハ、恥ずかしがるなよ。最近、沙耶香ちゃんと長船の女の子にチョッカイかけてるんだろ?」

 「――む? むむむ? おれはただ、〝人間〟を知りたくて……会話をしているだけですけど」

 戸惑う少年をよそに、大関はワザとらしく大げさに驚いたフリをして「そうやって口説くのか! ガハハ、悪い奴だなー」と楽しそうに笑った。そして、百鬼丸の方をバンバンと叩いて、「色男になるのは悪くないけど、責任はとるんだぞ」と念押しをする。

 口端の牛乳の雫を手で拭いながら、「はぁ、分かりました」と百鬼丸は素直に頷く。

 (――なんの話だろう?)

 大関のからかう意味がよく分からず、百鬼丸は用意されたトーストにかぶりつく。

 カリッ、と茶色い焦げ目から香ばしい香りと味が口腔を満たす。

 

 

 ◇

 山奥の隠れ家風に設えられたロッジ小屋は、隠れ家とするには丁度良かった。小屋から徒歩五分ほどの所に湖畔がみえる。潜伏から2日半が経過しているが、捜査網が緩んでいるのだろうか? 今のところ、急な脱走準備もせずに体力を回復できている。

 

 百鬼丸は気晴らしと周囲の警戒をかねて湖畔周辺を散策していた。

 『今日も、助っ人が来るらしい。どんな奴かまでは知らないけどな!』

 大関は出っ張った小腹をゆすって破顔した。

 (――どんな奴か分からないけど酔狂な奴だな)

 わざわざ全国的に指名手配されている百鬼丸たちに加担する人間は、変人ではなく酔狂な奴だ。どこかトチ狂ってるのかもしれない、と百鬼丸は思った。

 

 ブーツの靴底に茶色く薄い葉が付着する。湿っている分、剥がすのにも面倒だが、生憎百鬼丸は細かいことを気にしない。スタスタと歩きながら敵意を持つ相手を警戒し続ける。

 「ま、いないよな」

 独り言をポツりとつぶやく。

 帯刀できるように改造された黒い革ベルトを触って位置をズラし、《無銘刀》を掴みやすいように直した。

 激しく吹きすさぶ冷風が、百鬼丸の白黒の髪の毛を巻き上げる。

 《さて、百鬼丸くん。君の精神ではどちらが主なんだい?》

 不意に胸の奥から声が響く。大量殺人犯のジョーだ。チッ、と軽く舌打ちをして百鬼丸はガシガシと後頭部を掻く。

 「なんで今更出てくるんだよ。ずっと眠ってろよ」

 《はは、無理さ。君は面白い検体だからねぇ。それに最近やたら他人にたいして興味を持つフリをしているだろ? ずーっと不思議だったんだ。でも気付いた。君は、ニエという片割れの人格に対し、〝人間とは何か?〟を間接的に教えているんだとね》

 「…………」 

 黙り込む百鬼丸。

 その様子が面白いのか、ジョーは哄笑した。

《あはは、ビンゴ。そうだビンゴだ。じゃなきゃ、本質的に君は他人と関わらないだろ? むしろ自分から避ける傾向にある君が……お節介に〝いい人〟を演じる筈がない。理由は単純だけどね。ニエの人格か、元の君の人格か確かめたくて会話をしているんだとしたら……君はボクと同じタイプの生き物だよ。本質的に他人に興味なんてない。自分の目的のために他人を利用するタイプのクズさ》

「うるせぇ、黙れ」

 ギリッと歯を嚙み合わせて威嚇する。

《君の今の心理状態を当ててあげよう。混乱、そう君は混乱しているんだ。色んな奴の人格と記憶を引き受けたせいで、本当の自分が分からなくなっている。――そう、記憶とは本来誰かに共有されるモノじゃないんだ。けど、君はどうだ? 記憶も感情も引き受けているから、本当の自分という核が失われつつある。違うかい?》

 

 

 「黙れ! …………糞が」

 毒づきながら、ジョーの指摘に百鬼丸は胸の奥がチクりと痛む。彼の言葉通り、百鬼丸自身もアイデンティティが分からなくなっていた。

 《だったら、またあの娘にでも抱きしめてもらえばいいんじゃないか? 本当の赦しを求める君なら》

 明らかに馬鹿にしたような物言いでジョーは、嗤う。

 あの娘――すなわち、渋谷巨獣騒動のときの可奈美を指しているのだろう。

 「黙れといった筈だぞ」

 《いいかい、君は永久に赦しは得られない。なぜなら、ボクと同様に生きているだけで周囲の全てを傷つける厄介な存在なのさ》

 「――――分かってるよ」弱弱しく答えた百鬼丸は俯く。

 《人を理解しようとするのは悪くない。でも分をわきまえないと、ひどい目に遭うと思うね、ボクは。まぁ、ボクはそんな事を気にせず殺し続けたんだけどね》

 

 ……人と共に歩んでいきたいと思ったいた。

 

 (――おれは人殺しだからな)

 冬の灰色雲に覆われた早朝の空を仰ぎ見る。太陽の微光はカーテンレースのように薄い光の襞をつくって湖畔の水面に流れる。

 

 生命を奪い汚れ続けた両手を握って、深く息を吸い込む。

 (誰かに愛されたいって、望むのは分不相応ってやつだよな……)

 自嘲気味に鼻を鳴らす。

 

 

 

 2

 刀剣類管理局維新派が拠点とする東京駅に近い高級ホテルの応接室の一角には、暖色のシャンデリアと、シックな調度品が設えられている。

 「もう一度だけ確認させてくれ夜見。タギツヒメに協力しているのは君の自由意志によるものなのか?」

 獅童真希は、相対する少女に向かって尋ねた。

 白髪の目立つ少女……元折神家親衛隊の三席皐月夜見はコクンと頷く。

 「……はい」

 「何か理由があって不本意ながら力を貸している――という訳ではありませんのね」

 ワインレッドの緩くウェーブした髪を摘まみながら此花寿々花は、最後の確認を終える。

 「……はい」

 

 

 

 真希と寿々花は、ふたりだけで敵地の本拠地まで赴いた。――理由はただ一つ。親衛隊の仲間であった筈の夜見が、タギツヒメ側に居ること。その意味が分からなかったのだ。

 綾小路の刀使がホテルを警備しているところを、堂々と真正面から訪問した二人。

 当然だが、綾小路の刀使が制止し、一触即発の雰囲気が漂う中、夜見がタイミング良く二人の前に現れた。

 もしかすると、身を隠して様子を観察していたのかも知れない。

 『お二人の相手は私がします――』 

 無機質に感情のない声で、応接室へと誘った。

 

 

 

 ◇

 「――では、もうコチラ側に戻る気もないと?」

 寿々花は確かめるように聞く。

 「……はい。私にはやるべきことがあります」

 淀んだ目は、静かに真希と寿々花を見返す。

 ふーっ、と諦めの息を吐いた真希はポツりと、「結芽を連れてこなくてよかった」と呟いた。

 親衛隊最年少の少女は現在、錬府女学院に居る。

 彼女に黙って二人は夜見に会いにきた。

 「……君と戦う事があれば、ボクたちだけの方がいい」

 真希は、親衛隊同士で殺し合う事を想定していた。事実、夜見の決意の固さを見るに遠くない将来、斬り合うだろうと納得してしまった。

 「――ええ。そんな汚れ役、あの娘には荷が重すぎますわ」隣で寿々花も同意する。

 その話を聞いていた夜見は、珍しく口角を微かに上げた。

 「……ええ。本当に感謝しています。私も巻き込むのは心苦しいですから」

 どこか安堵したような雰囲気が夜見から漂っていた。

 (どうしてそんな顔をするんだッ!)

 思わず、激昂したくなる衝動を堪えて真希は右手の拳を握る。

 また一緒に親衛隊として荒魂討伐を遂行する。そんな微かな真希の夢は、この瞬間に潰えた。

 

 「――やはりボクたちの進む道は違うようだ」

渋い顔の真希はそう言い残して踵を返し、出口へと向かった。

 真希の横顔を眺めながら、「まったく分かりやすい人ですこと」と呆れたように肩を竦める。

 「では、わたくしもこれで失礼致しますわ。……ああ、そうそう、夜見さんに一つだけ教えて差し上げますわ」

 寿々花が理知的な顔に蠱惑な微笑を浮かべる。

 「結芽が前に言っていましたの。また一緒に皆揃って夜桜を見れるかな、と。……勿論、夜見さん。その中に貴女も含まれている筈ですが…………」

 挑発するようにさらに続ける。

 「――夜見さんは今、幸せですの?」

 会心の一撃に、夜見はそれまで平然さを取り繕っていた表情を完全に崩し、俯いた。

 「……どう、なんでしょうね」

 白い髪で夜見の顔は完全に見えない。けれども、苦悶しているようにも見えた。

 「では、わたくしもこれで」

 寿々花も足早に立ち去った。

 

 残された夜見は、だだっ広い応接室の空間で孤独に立ち尽くした。

 (――私は本来、貴女たちのような優秀な刀使ではないんですよ。偽物、マガイモノなんですよ。……だからあの日々も本当は、偽りなんです)

 夜見は頭を上げて出口の扉へ意識をむけ、かつての戦友の背中を見送った。

 

 

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