刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第214話

 複合ビルと公園を繋ぐ地下施設の細長い通路は、息の詰まるような打ちっ放しコンクリートの壁面が両側に延々と続く。壁はどこまでも冷淡に無機質な灰色をしている。

窮屈な通路にプゥン、――と粉っぽい粘土の焼けたような不快な匂いが漂い鼻を打つ。

 地上では……アスファルト舗装の地面がドロドロに灼けていた。

 都会の夜の、しめやかな霧雨が噴き付ける中で延焼した鉄筋コンクリートの巨大な破片が街に散乱した。子供がおもちゃ箱を散らかしたように無秩序に建物は破壊され、被害を畏れた人々は消え、生き物の気配が完全に失せている。

 

ギャォオオオオオオオオオ!

 

 昆虫のように尖った四脚を動かす荒魂は、鰐のように大きく鋭い牙と顎から暴力的な悲鳴を迸らせた――。その数は五、一〇……いや、もっと多くの犇めき合う荒魂たちは目的もなく前脚を地面に突き刺し、地面に放射状の線を走らせる。

 怪物たちの黒い鉱物質な表殻に雨粒が点々と付着した。

 

 都下、この街の半径1・5kmを避難指示範囲に決めた日本政府は、地下から蠢くように湧き出た荒魂たちの対応に追われていた。

 運の悪い事に、この地域は新宿にほど近いため、都庁は放棄され八王子方面に東京の政治的中枢が移動した。

 それに合わせ、日本政府でも永田町から茨城、埼玉、神奈川、千葉へと分散しリモートによる連絡で政治的な意志決定を図っていた。

 

 

 十二月二二日、タギツヒメを首魁とする刀剣類管理局維新派は、日本国政府への政治的介入を行った。

 

 ――すでに東京は首都機能の35%を喪失。

 更に不運は続く。

 渋谷で発生した巨獣事件により、首都の交通機能は打撃を受け東京から遁れるための「足」が麻痺していた。その機能が回復し始めた矢先――出没地不明の荒魂たちが地下より襲来した。

 ……人々は絶望し、悲嘆しただろうか? 答えは否である。

 『ああ、またか。運が悪い』

 大変〝冷静〟に現実を受け止めてしまっていた。

 東京を中心に、人々は「非常事態」に慣れてしまっていた。

 いわゆる、正常性バイアスである。

自分たちだけは大丈夫だ――人々は牧歌的に、過酷な現実と向かい合っていた。

 まるで、生贄として捧げられる羊のように疲れ、諦めきった瞳で「現実」を直視していた。

 この心理的な枷があるため、東京の居住者への避難計画も難航した。

 自衛隊は全国の拠点から人員および装備支援要請を図り、関東区域からの避難計画を遂行している。

 

 

「フフフ、あっはははははは!! 美しい。やはり人間たちは無様に逃げるのがお似合いだ! あっははははは」

 高らかに哄笑する童女の声がひと際目立つ。

 特に危険と言われる批難区域の中心、壊れた街の中心で童女は二振りの《御刀》を握りゆったりした足取りで、火の粉舞う夜街を進む。

 タギツヒメは単身、ノロの回収を目的に移動していた。

『ギャォオオオオオオオオオ!!』

『グゥコオオオオ!!』

 耳を劈く鳴き声と共に左右から襲い掛かる全長約5mほどの荒魂たちが獰猛な牙を剥き口腔を最大に広げた。

「ふっ、甘い、雑魚どもめ」

 吐き捨てるように左右を一瞥もせず、両腕を真横に動かす。――一閃、正確な剣筋に裂かれた荒魂たちが口を開いたまま真っ二つに切断された。

 両断された荒魂たちは地面に倒れ伏す前に全身が橙色に液化し、タギツヒメの体へと吸い寄せられるように純白の肌へ流入した。

 薄い光を放つタギツヒメは、大きな瞳を動かして細かな雨の流跡にまざって飛び散るノロの飛沫を頬に付着させながら、妖しく唇を歪める。

 

「まだだ……まだ足らぬ。もっとノロを。……百鬼丸はどうしているだろうなぁ。あやつもしぶとく生き残っているだろうが――ふっふふふふ。あぁ、愉しみだ」

 ショッピングを楽しむ少女のように、かつてはメインストリートだった車道を堂々と歩く。道中には乗り捨てられた乗用車やトラックなどの車輌群を無視して、センターラインの白線を踏んで進む。

 

 

隠れ家であるロッジの広間に、新たな訪問者がいた。

 「ったく大変な目に遭ったぜ」

 青砥陽司は頭を乱雑に掻いて首を横に振る。

 「青砥さんは、新宿から避難という名目で援軍に来てくれた」

 「ああ、本当は何がなんでもオレの死地は店だと決めてたんだがな……娘も、残るとか言い出したから仕方なくコッチに来たまでだ」

 両腕を組む、薄い緑の作務衣とヘアバンドが特徴的な中年の男性。

 「……大関さん、あの助っ人って、このおっさんですか?」

 百鬼丸は胡散臭そうに目を細めて陽司を指さす。

 「ああ? 誰がジジイだって?」

 「いや、ジジイとか言ってないですよ! ったく、めんどくさいジジイだな」百鬼丸はボソッと本音を漏らした。

 「おい! やっぱり今、オレをジジイって言っただろ!」

 口を3の形にした百鬼丸は「いってまーせーんー」と悪びれる様子もなく口笛を吹いた。

「こんのぉ……」陽司は額に青筋を浮かべる。

 「おいおい、待ってくれ。いきなり喧嘩しないでくれ」

 厄介だな、という表情で大関は二人の間を仲裁する。

 二人がにらみ合う中、大関は手を叩いてゴホン、と咳払いをした。

 「――改めて紹介する。青砥陽司さんだ。新宿で刀剣拵えの店を構えている店主さんだ」

 「へぇ、おっさん凄いんですね」

 「このガキ、大人に敬意ってモンがないのか」

 「百鬼丸くんは少し、口を閉じていてくれ。話が進まないんだ」

 大関は少年を嗜めながら、彼が初対面の人間に対して無礼に振る舞う理由があるのだろうか? と少し考えた。だが、今は無駄な事に考えを分配する時間はない。

 「……本題だが、百鬼丸くんの無銘刀は刀身が凄く強いんだろう?」

 そういった大関は、百鬼丸の腰に佩いた刀を一瞥した。

 「ええ、まぁ」

 しかし、初見でも解る通り柄巻きの辺りがボロボロでいかにも破損していた。

 「おい、まさかそのまま刀を振り回して戦っているんじゃないよな?」

 陽司は信じられないという表情で百鬼丸の腰元の刀を眺める。

 「……まぁ」

 「こんのぉバカタレ!」

 思い切り強い拳骨が百鬼丸の頭部に振り下ろされた。

 「イデッ!」

 「もっと刀剣を大事にしようって気持ちはないのか!?」

 口から盛大に唾を飛ばして説教を始める。

 「いや、だってこれ妖刀だし、おれの生命力とか吸い取る性格悪い刀だし……」

 「口答えするな!」

「えぇー、理不尽すぎる」

 百鬼丸は眉間に皺を刻み口を「へ」の字に曲げた。

「なんでも、その刀はお前しか握れないんだろ?」

陽司は真摯な眼差しで《無銘刀》を確認して分析しつつ、訊ねた。

「そう、ですけど……」

「だったら基本的な刀の手入れと修繕方法を教えるからその通りにしろ。いいか? 刀剣の効力を最大に発揮するには普段の手入れが大事なんだ。覚えておけ」

力説する職人の言葉には妙な熱っぽさが籠っていた。その迫力に思わず――

「はい」

と、素直に百鬼丸は同意した。

 

陽司は「ついて来い」と言ってロッジの一角に用意した刀剣を手入れするための道具を広げていた。

彼は百鬼丸の方には振り返らず、

「……ウチの娘はいま、錬府女学院に居る。刀使たちのサポートとして御刀の修繕、手入れをしてんだ。オレは一応舞草の構成員だ。だから協力する――それと」と、言葉を一度区切る。

「いいか坊主」

肩越しに陽司は百鬼丸を真正面から捉える。

「これはオレ個人の願いだ。お前さんが舞草に期待されている戦力だって聞いてる。だからウチの娘も他の連中も助けてくれ。そのためならどんな協力も惜しまない」

 下顎の髭を触りながら、首を前に戻し研師の道具を点検して、準備を始める。

 どこか気迫の感じる中年の男性の背中を眺めながら百鬼丸は「困ったな」と眉を下げて、気恥ずかしさを隠すように頭をガリガリと掻く。

 「うっす」

 誰かに期待されている。――昔なら考えられなかった事だ。

 少年は誰かの〝期待〟を背負っていると――初めて自覚した。

 




これから一気に最終局面まで行きます。
アニメでのお話や描写は大幅カットして、主人公の戦いをメインでやります。アニメの名場面などは全てが不足している今の私では描けないので、ラストバトルまでかなり駆け足になります。

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