刀使ト修羅   作:ひのきの棒

215 / 262
第215話

 敵地に赴く最後の境界線……ルビコン川を前にてカエサルに曰く、〝賽を投げよ〟――――と。

 賽とはすなわち命運であり、命運とは常に自らの手中にあるものだ。

 

 

 Ⅰ

 乳白色の濃い霧が辺り一面を覆い始めている。

 もう、あと数時間もすれば晴れるのだろう……しかし、最早待つ時間は無い。南方の空が禍々しく紅に染まり、黒雲が昼時であるにも関わらず、空一面を覆い尽している。

 

 

 (とき)、2018年 12月24日

 

 この日時は、或いは世界が真の終わりを迎える終焉の季節と記憶するだろう。タギツヒメによって齎された崩壊の鐘が、重々しく鳴り響く。

 

 

 ◇

 深い森林に囲まれたコテージもまた、濃霧が周囲を漂っていた。

 標高が1000m以上もあるこの土地では、冬の訪れも早い。じきに、この場所も深い雪に埋もれるのだろう。

 百鬼丸は静かに呼吸を整え、瞑目したまま首を軽く回してリラックスする。

(もう始まったのか……。)

 彼の中の本能が〝世界の終わり〟に近づいている事を告げた。――自然、心臓の鼓動が早くなる。百鬼丸は思わず、自身が緊張している事に気か付いた。

 ツツ、と上着の袖を引っ張る感覚がして、百鬼丸はその方へ首を巡らせた。

 「……百鬼丸、怖くないの?」

 小動物のような雰囲気の少女、糸見沙耶香が紫紺の瞳を上に向けて少年に問いかける。

 「怖い? うぅん、どうかな? おれはぶっ潰すだけだらさ」

 「……誰を?」

 ニィ、と子供っぽく口角を釣り上げ、

 「決まってんだろ。轆轤秀光と、タギツヒメ。あとはオマケの荒魂だな」

 何も気負う素振りも感じさせず、百鬼丸は色素の薄い沙耶香の髪をクシャクシャと揉むように撫でた。まるで、子犬を撫でる飼い主のような手つきだった。

 通常であれば、一般女性が不快に思うような行動も――沙耶香は受け入れていた。

 彼女にとって、今の百鬼丸は兄のような存在になっていた。

 「……うん。できる。百鬼丸ならできる」

 半ば確信のような声音で沙耶香はいう。短い期間だが、この少年と過ごした日々が彼女を少しだけ変えた。

 「おう、ありがとうよ。んでもさ、おれ一人だけだと絶対に無理だ。――沙耶香も、他の刀使も……色んな連中に手伝って貰わないと、タギツヒメの元まで辿り着けないと思うんだ」

 そう言いながら、百鬼丸は目線を二台の車両へと投げた。

 

 

 車高のある黒塗りのジープ・ラングラーへ荷積みをする大関。衛星無線通信機器を調整しながらヘッドセットマイクで連絡をとっている舞草の美也子。ぶつくさ文句を言いながらも段ボールを運ぶ青砥陽司。その他にも、ここ数日で合流した数名の人々を確認しながら、百鬼丸は微かに笑った。

 

「可奈美たちは多分、東京の方で闘ってるだろうな」

「……うん」

「今度はおれが助ける番だ。――あの時、渋谷で大暴れした詫びだ。それに、あの時はお前にも助けられたしな」百鬼丸は思い出すようにしみじみと語る。

しかし、その少年の一言に沙耶香はムッ、と眉間に小さな皺を寄せる。

「……〝お前〟じゃない」

「ん?」と目を丸くした百鬼丸は直ぐに気が付いたように頷き「すまぬ、沙耶香。おれたちで助けにいこーぜ」

 底抜けに明るい口調と態度で、少年は前を向き濃霧の先――タギツヒメの居る場所へと焦点を合わせていた。

 

 とんとん、と百鬼丸の肩を叩く人影があった。

「ん?」

 肩越しに振り返ると、美也子が硬い表情で彼の傍に立っていた。

「どーしました?」

「今、東京方面の舞草の仲間に連絡したんだけど……率直に言って、現状は最悪。東京からの避難民と、関東域外からの避難民が混交して、二重の混乱を生み出してる。しかも道路と公共交通機関が意図的に破壊されてる。……どれだけの被害が出ているのか分からない」

 淡々と、現状の最悪な状況を説明する。

「ん~、なるほど。んじゃ、荒魂たちボコすんでササッと片付けていきましょうか」

 まるで朝食のメニューを決めるような気軽さで返事をする不遜な少年は、修繕した柄巻きを握り、戦意の昂りを抑えていた。

 

――その様子を眺めていた美也子は呆れて肩を竦める。以前の彼女であれば厳しく、態度を咎めたのかも知れない。だが、今の彼女は違う。

 この目前に居る、掴みどころのない少年を――自らのトラウマと向き合う事を、あの日の苦痛を吐露できた少年に、全幅の信頼を置いている。

 

「そう。じゃあ頼りにしてる」

 美也子は、思わず微笑を浮かべていた。

 事態はすでにひっ迫している。舞草の仲間からの連絡でもそれは痛切に感じていた――だが、不思議とこの少年の近くにいると、不可能も可能になりそうな気がしていた。

 

 百鬼丸は「おう、任せてくれ」と生意気な口を叩いて親指を立てる。それから何かを思い出したように、美也子の耳元に口を寄せて「――もし悪夢をみたらさ、おれが全部ブチのめしてやるよ」と囁いた。

 ……どこまでも子供っぽい言い方で、美也子が驚きながら百鬼丸を見返した時、彼は片方の眉をあげて生意気な表情をしていた。

 彼女は無言で頷き、「その時は頼む」と呟いた。――しかし、百鬼丸には一つだけ隠している事がある。

 美也子は百鬼丸に、あの日のトラウマを語って以来――幻肢痛が軽減され、精神安定剤に頼らなくても良い事を告げていなかった。

 彼に全てを語っていた時、この少年もまた、痛み、悲しみを抱えている存在なのだと悟った。だから、その相槌もなく、ただ黙って聞いている少年に対し、美也子は自然と喋っていた。

 そんな生意気な弟のような存在の少年に、その事実を教えることが、自身の癪に障る気がした。

 

 

 『お~い、もう準備はいいか? 行くぞ』

 男子高校生特有の、若い声が聞こえた。

 

 「おーっす、服部いま行くわ」

 百鬼丸は明らかに軽口を叩くような返事で右腕を挙げた。

 冬の枯れた地面は霜が降り、飴色に薄くコーティングされている。それをバリバリと激しく踏み鳴らして近寄る――服部と呼ばれた男子高校生は、額に青筋を浮かべて百鬼丸の首を絞める。

 「おい! 先輩をつけろ、この野郎」

 チョークスリーパーをかけるように、美濃関の高等部三年の服部達夫は百鬼丸の首を締め上げて折檻した。

「うぐぐ、苦しい、ストップ、パワハラだぞ! ストップ!」

 少年は苦し気に、だが、どこか楽し気に達夫の腕を叩いてギブアップを示した。

 本来の彼の実力であれば、そんな絞め技など容易に抜け出せるのだが、まるでじゃれるように、愉快そうに顔を顰める百鬼丸は、一見して年相応の少年という印象を与えた。

 

 

「つーか、なんでアンタがいるんだよ」

 つい半日前に合流した達夫は、正確には舞草からの派遣要員ではない。単に一個人の意志によるものだった。

 

 服部達夫は、研師を目指す見習いの学生に過ぎない――しかし、最新技術の導入や技術研鑽によって、美濃関の技術部門では、なくてはならない人材であった。

 

 そんな彼は、現今の混沌とした社会情勢に思う所があったのだろうか。とかく、美濃関学院の学長、羽島江麻に直訴した。

 曰く、「何か力になれる事があれば、どんな事でもさせて下さい」と強く願い出た。

 

 江麻は、刀使でもない学生を最前線に送る訳にはいかなかった。

 だが、技術畑の達夫の力は、必ず来るべき最悪において、大いに活躍するだろう。悩んだ挙句、百鬼丸一行に合流させることに決めた。

 

 

 ◇

 百鬼丸と初対面である筈の服部達夫は、生意気そうな少年を一瞥して、どこか違和感を感じていた。

 当の本人である百鬼丸は、口元に手をあて「プププ」と馬鹿にして笑いを堪えていた。

 達夫と百鬼丸は一度、出会っていた。しかも美濃関学院で。

 

 百鬼丸は、意地悪く笑いながら、ゴホンと咳払いをして喉仏あたりを指で無理やり押し込んで調整しながら、

 「あら、もうわたくしの事はお忘れですか?」と、清楚で可憐な声音を出す。

 以前、百鬼丸は美濃関学院へ女装して単身潜入を行っていた。――その時、最初に出会ったのが達夫だった。

 

その声音の変化に、服部達夫は口をパクパクと動かし、思い出した。

「あ、お前……あの時の奴かッ!」

 プルプルと震える指で、羞恥と怒りを綯交ぜにした複雑な様子で、達夫は暫く硬直していた。

 

 

 ――そんな様子を面白そうに眺めながら百鬼丸は「あははは、馬鹿だなー」と、腹を抱えて笑い続けていた。

 

 




大幅にアニメ本編の描写をカットしたので、もし、まだアニメ本編を見ていないアニキたちがいたら、ぜひともほんへをみてね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。