刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第216話

 Ⅰ

 タギツヒメが事実上、日本政府の後ろ盾を得た直後から荒魂の頻発が無数に報告された。――政府関係者および高官は、すでに事態を把握できず、事実上の機能不全に陥ってしまった。

 東京は、一週間の期限付きで首都封鎖(ロックダウン)を発表した。

 一三〇〇万人もの人口を抱える都市部では、混乱が始まっていた。まず、東京都外へと流出する人々である。……しかし、これは実際の数としては多くはない。せいぜ、数万人程度であった。

 また、東京への流入人口も問題となっていた。

 北関東三県からは約一〇万人、埼玉県約九三万人、千葉県約七一万人、神奈川県一〇六万人が日常的に押し寄せていた。

 これらの人々の動きを規制することは容易ではなく、寧ろ市民生活を阻害する形になるために国会でも「主権の制約」という部分が焦点となってしまった。

 また、企業など経済活動の縮小による問題があり、「弱い」首都封鎖となっていた。

 余談であるが、この首都封鎖(ロックダウン)は一四世紀欧州のイタリア都市ミラノにまで遡る事ができる。

 当時、黒死病(ペスト)の流行によって、海上貿易の盛んであったミラノは、流入人口を制限するために城郭都市の機能を最大限に活用して、門戸と閉ざした。

 それはともかく、十二月の中旬までは比較的「平和」な時間が過ぎていた。

 

 形骸化した首都封鎖と、緊急事態宣言は人々にとって「トイレに流す紙」ほどの重要な効果をもって受け入れられた。

 

 しかし、この事態が一転したのが、十二月二二日――。

 それまで散発的に発生した荒魂たちの発生の報告件数が極端に減少したのだ。

 原因はなんであろうか? 既存メディアやネットでも話題になり、「本格的な平和」が訪れたのだ、という論調が俄かに世間で活気づいた。

 

 

 ―――――。

 ―――――――。

 ―――――。

 

 更に事態が一変する。

 二二日の午後七時、突如として民放や公共放送のチャンネルが一斉に「タギツヒメの会見」を放映し始めた。

 彼女は、広い空間に設えられた御簾の奥から神々しい姿を画面の現すと、燃えるような橙色の瞳でカメラの向こうの人間たちを睥睨する。

 

『我はタギツヒメ。貴様ら人間に宣告する。――――消えよ』

 冷酷な声音で、たった一言だけ言い残し御簾の奥まで踵を返して帰っていった。

 勿論、世間は騒然となった。

 ――――荒魂の発生こそ減少したものの、人間が過ごした平和な時間は幻であった事を知る。女神による人間たちへの審判が下ったのである。

 すでに、タギツヒメによって掌握された荒魂たちの力は、人間たちの対抗できる想定を超え、破滅の一途を辿る事となった……。

 

 

 

The road to hell is paved with good intentions(地獄への道は善意で舗装されている) 

           

 

 

 

 Ⅱ

 十二月二十四日。

 東京駅にほど近い高層ビルの屋上ヘリポートには、タギツヒメと親衛隊の姿があった。

 彼女の紡錘形に膨らんだ頭部の先端から、眩い光線が天空の曇り空へと延びている。

 灰色の分厚い雲の裏に見え隠れした巨大な隠世の片鱗である、黒い破片のような物質が上空を覆う。幾何学的な前衛パズルの形状をした隠世の一端は、切れ目のように橙色のラインを表面上に浮かべている。

 

 そんな中、ただひとり楽し気にタギツヒメは頭部を介して感じる。燃え盛る溶鉱炉のような橙色の光線が、「あちら側の世界」と接続したことを。

「繋がった。ヒルコミタマよ」陶然と独り言ちる。

 

 ――ヒルコミタマとは、隠世に存在する大荒魂でタギツヒメの本体である。

 のち、推定されたヒルコミタマの推定では600平方kmにもなる大きさを有しており、検証後、明らかになった外見は球体上の頭部に無数に貼りつく目玉、そこから派生した脊柱と枝分かれした肋骨と触手……。異形、という他ない。

 

 「ヒメ、おめでとうございます。これで隠世の本体と繋がり本来の力を得られたヒメに敵はりません」

 近衛隊の後ろから、白いパンツスーツを着た女性、高津雪那が祝意を述べる。

 だがタギツヒメは振り返って一瞥もせず、本体との接続を確かめ続けている。

 

「ヒメ、今こそ現世に覇を唱える時が来たのです。……これからも私は粉骨砕身――、」

 雪那は興奮した様子で喋り続ける。

 

『去ね』

 タギツヒメはただ一言、切り捨てた。

 

「…………は?」

 長い沈黙のあと、雪那はその一言を受け入れることができずに、短く声を漏らした。

 今、タギツヒメは何といったのだろうか? 去ね? 

 なぜ? ここまで尽くしてきたのに? 

 

 「い、いま何と?」

 聞き間違いだろう、そう思い再び訊ねる。

 「だから去ねと言ったのだ。最早キサマがなすべきことは何もない」

 しかしタギツヒメは雪那に向き合うこともなく、背中で応じる。

 呆気にとられた雪那はまるで懇願するように、「な、何をおっしゃるのですか? 私はヒメのために忠義を……」と、切々と己の忠義を語った。

 何かの間違いだ、きっとそうだ。間違いは修正しなければ。その一心で雪那は自己の功績を伝える。

 ……だが。

 紅のS装備(ストームアーマー)に身を包んだ近衛隊の隊員たちが、徐に抜刀した。

 無論、雪那の方向へ、喉元へ。

 剣先は迷いなく、あと数センチで彼女の喉元を貫く位置にあった。

 「貴様ら、誰に御刀を向けているッ!!」

 激情の籠った恫喝で、近衛隊である刀使の少女たちを睨みつける。

 ――しかし、彼女たちのバイザー越しに映る無機質な眼差しから、突然の行動ではなく予め用意された段階の出来事だった――雪那は直感で理解した。

 近衛隊は、タギツヒメの命令一つで動く。つまり、彼女たちにこのような行動を指示した者は…………。

 

 「なぜ、そんなヒメ……」

 雪那はその場で足元から崩れた。

 全身から力が抜け、失望から声すらも出せなくなった。

 この段階において、ようやく彼女自身は気が付いた。「自分は捨てられたのだ」と。

 

 

 ――――だが、そんな哀れな女性に憐憫を感じる様子もなく、タギツヒメはただ上空を覆う歪な黒い幾何学的な影を眺めながら「あと暫しだ……」と、ほくそ笑む。

 

 童女のような無邪気な声音で、タギツヒメは歌うように、この世の終わりの光景を想像し、「あはははは」と哄笑した。

 自らの欲望のために振る舞う生き物たちを放逐し、壊し尽くす。

 「お前はどんな顔をするだろうなぁ、百鬼丸」

 

 

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