刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第218話

――十二月X日、更夜。

工場地帯から聞こえるボイラーやコンベアなどの巨大なモーターが立てる駆動音が地面全体から、地霊の唸りの如く響き渡る。

 外灯から映し出される煙突の細長いシルエットから濛々と排熱と排煙が夜空へと昇る。それらの景色に目もくれず、ただ、暗い海を前に、

「ステインさん、幸せとは何でしょうか?」唐突に言った。

 

 川崎の工場地帯に隣接する巨大な港湾の埠頭に、元折神家親衛隊の三席、皐月夜見はいた。彼女たちは、折神紫を捜索を口実に単独で行動していた。

「幸福とは、なんでしょうか?」

 彼女は普段と変わりなく機械的な口調で淡々と尋ねる。

 紅のバンダナを海風に靡かせる男は、

「――幸せ? それは誰のだ?」喉の奥からドスの効いた声音で問い返す。

 箒を逆立てたような髪と、目元部分のみ切り抜いた布切れで覆った三白眼をギロリと動かし、静かに隣の少女に目線を落とす。

「……恐らく、幸せを願う人の」

「それはお前自身のものか?」

夜見は口を重く閉ざして、俯き加減に目を細める。

「ええ、そうです。――私はこれまで〝あの方〟の為ならばどんな手段を使ってもいいと、思ってきました」

「……俺をショッピングモールから助けたのもその一環だろうなァ」

「はい」

 キッパリと答えた少女は、隣に立つ異形の男へ頭を上げて感情の無い瞳で見つめる。「あなたは何故、あの時――私の〝剣〟として働くと約束したのですか?」

 これまで共に行動をしてきた夜見とステイン。

 彼らの奇妙な共犯関係は、当事者である筈の夜見ですら理解のできずにいた。

 

「俺は悪だ。……絶対の悪で、元いた世界で俺は必ずの正義に滅ぼされる運命だった。だが、この世界はどうだ? ヒーロー? ハッ、所詮、まだガキの子供が剣を使って化け物と戦う――俺の元いた世界よりある意味では狂っている。そんな世界に迷い込んだ俺は、考えた。〝ヒーローの居ない世界に来た〟と。だが、それも間違いだった。居たんだ、この世界にもヒーローって奴が」

 妙に熱っぽく語るステインは、蛇のように長い舌を出して、整った歯列を舐め捕食者のような気味悪さで喋る。

「――百鬼丸さん、ですか?」夜見は静かに聞いた。

「ああ、そうだ。アイツだ。この世界にも居たんだ。……人知れず、化け物を屠る。それは、まさに俺の求めていたヒーローだ。そんな奴になら殺されてもいい。こんな気持ちはオールマイト以外に抱かなかった感情だ。ショッピングモールで闘った日の夜を今でも夢にみる。肉を削ぎ、骨を砕いて――そんなギリギリの殺し合いができた。俺にはそれが幸福だった。――満たされたんだ。俺は絶対の悪で、社会に拒絶される。それでいいんだ。だが、悪を否定する人間は、無償の正義であるべきだ。紛い物……自己顕示欲で太ったヒーローなんざゴミだ。粛清してやった。アイツは――何より、自分を正義だと思っていない。そうさ、正義なんてモノは所詮主観さ。――それがいいんだ。皆に認められる奴にロクな奴はない。ソイツは宗教だ。……俺だけが信じれば、ソイツは既にヒーローだ」

 

 長々と熱っぽく語る異形の風体をした男は、前腕レガーを動かして戦意を抑えている。今にも百鬼丸を捜してゆきそうな動作をしていた。

 夜見はステインを眺めながら、

「……私は、本当はどうしたいのか、実は分からないんです。空っぽで才能の無い私は、あの方に助けられるまで無価値な人間ですから。本当なら、この親衛隊の制服すら袖を通す権利なんて無かった。それでも、ここまでこられたのは――」

「ハッ、どうでもいい」

 軽く嘲笑うステインは、首を斜めに傾け不愉快な表情をつくる。

「――――」

夜見は途端に口を噤む。

まるで爬虫類のような瞳孔を、白髪の少女へと注ぐ。

「今のお前がどうだなんて俺は興味がない。――俺は、あの夜にお前と契約した。悪であるために、この世界で悪を続けるために、お前を契約主として、お前の剣になった。そうすればいずれ百鬼丸と最高の形で戦える。そう思ったからお前を選んだ」

 

ステインの冷酷な口調で告げた言葉は、意外にも夜見にとって何か腑に落ちるような気分に陥った。

(――私を選んだ?)

 夜見はふと、左腰に佩いた御刀(水神切兼光)の柄に触れる。

 今では殆ど御刀として反応せず、短い時間しか御刀の力を反映できない愛刀を指先に感じながら、考える。

 既に、いつ荒魂になってもおかしくない夜見の肉体は、多量のノロのアンプルが打ち込まれていた。――暴走せずにいられるのは、忠義を尽くす一心に他ならない。

 どれだけ努力しても、剣術には上がいる。刀使として才能のある者はいる。

 だから、たとえ禁忌だと知っていても「こんな方法」でしか刀使になるしかなかった。

 

『夜見さんは今、幸せ?』

 寿々花の声が耳の奥に甦る。

 

「――やはりよく分かりません」

唐突な夜見の呟きにステインは思わず「あァ?」と怪訝な声をあげる。

それにも構わず、夜見は御刀の柄に触れていた左手を離して、目前の獰猛な男の頬に手を無意識に触れさせた。

 

「もしも、貴方が私の剣たらんとするなら――――、私も選んでくれたという点では幸せなのかも知れません」

どこか寂し気な雰囲気で、珍しく夜見は慣れない微笑を浮かべた。

どんな立場でもいい、どんなに下劣で卑怯で最悪な人間でも構わない。

誰かに選ばれれる、たったそれだけのちっぽけな事が、どれだけ救いになるのか分からない。

 

ステインは少女の繊細な指にできた無数の胼胝(たこ)を感じながら、不快そうに彼女の手を払いのける。

「だったらお前の忠義って奴を見せてみろ」

「――ええ、もう後に戻ることなんて出来ません」

 夜見は、夜景に溶け込んだ筈の工場群の建物の輪郭が、ハッキリと一瞬の閃光が迸ったように明確に世界の輪郭を掴んだ。

 

 ……折神家の立派な夜桜。

 淡いピンク色の花弁たちが無情にも爽やかな風に乗って流れ落ちてゆく。

 獅童真希、此花寿々花、燕結芽、そして当主の折神紫。

 もしも叶うのならば、もう一度だけあの瞬間に戻りたい。桜は儚く散りゆく。だからこそ美しい。

 

 『また皆で夜桜みようね』

 あの日、幼い少女の声には一つの曇りもなかった。燕結芽は、あの時、己の体の限界を感じながらも、まるで何事もないように、桜のように美しい色の髪を翻らせながら言った。

 

 ――ごめんなさい、私はもうあなた方の隣に立つ資格もない存在なのです。

 本当の私は、空っぽで偽りだらけで……禁忌に手を出さなければ、何も出来ない……ただそれだけの哀れな存在なのです。

 

(それでも、もう一度だけ――願ってしまうのは私の未練なのでしょうか……)

 

 




読んでくれてありがとうございます。
この先からラストに進みますが、1話から読んでくれてる人にお願いがあります。最後まで読んでくだされば幸いです。
評価の有無はともかく、最後までお付き合い下されば幸いです。
では!
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