刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第22話

「私達は先程まで、折神家の親衛隊と交戦してきた……」

 姫和は僅かに声を硬くしていった。

 その内容によると、親衛隊第一席と二席が直々に手を下しにきたようだ。しかも、薫は三席と戦ったらしい。

 「ふーむ、そうか……」

 百鬼丸は暫く考え込んで相槌をうつ。

 「なんだ、お前もなにかあったのか」

 薫に聞かれた百鬼丸は「いいや、特に」と首を横に振る。

 ――そうか、とだけ呟くと再び薄桃色の低い背丈が先を進み出す。祢々切丸という巨大な御刀を担ぎながら……。

 「なぁ……だから、どこに行くんだよチビ助」

 ぴたり、と小さな靴が止まった。ツインテールが大きく跳ねる肩越しに、

「だから、先を急ぐんだって言ってるだろうが!」

 激しく怒鳴った薫。

 しかしその表情はどこか頼りなく、迷いの色がつよい。

 「助けに行かなくていいのか?」

 「時間がない」

 「そうか?」

 「そうだ」

 「だったら、なんでお前迷ってるんだよ」

 「えっ?」

 虚を衝かれたように、口をぽかーんと開けた。

 「な、んだと……?」

 何故、今の気持ちがタイミングよく見透かされているようだった。

 百鬼丸は意地悪く微笑みながらいう。

 「お前の気持ちでは、あのエレンって奴を救いたいと思ってるんだろ? 悪いけど心眼で心を覗かせてもらった」

 (心眼……あの時に説明されたことか)

 心中で納得した薫は大きく息を吐いた。

 「あ〜、そうだよ。悪いか!」

 観念したように頭をガシガシと掻く。結局どう言い訳しても取り繕っても、意味がないのだと理解できた。相手の心中を察した百鬼丸はヘッ、と口を曲げて、

 「いいや、全然。生憎おれは時間が有り余ってて暇してたんだ。ちょうど一人助けにいく時間くらいならあるかもな」

 言い切ってから破顔した。

 ――ったく、お前は変な奴だよ

 小さく、微かに薫は呟いた。

 「ああ、分かった。ちくしょう、んじゃエレンを助けに行くのに協力してもらうぞお前ら」

 視線を可奈美と姫和に流す。

 「うん、もちろん!」

 天真爛漫に親指を立てて微笑む可奈美。

 「……まぁ、そうだな。悪くはない」

 姫和は腕を組んでそっぽを向く。彼女なりの照れ隠しなのだろう。

 お前らお人好しだな、と薫は困ったような、しかし悪くはない気分だった。

 「にしても、お前はなんでそんなに助けることにこだわるんだ?」

 薫は不意に少年に問う。

 大きく肩をすくめると百鬼丸は薫の目をしっかりと捉える。

 「誰かを助けられるなら、助けるべきだ。目の前でまだ終わってない命なら絶対にどんな奴でも救う……って、格好良い理念だろ? つーか、格好良いのはおれかな?」

 自慢げに笑う。

 「ったく、お前はイロイロと台無しだな……だがまぁ、そうだな。お前が言わなきゃ格好良いと思ったよそのセリフ」

 だな、と頷きながら百鬼丸は自分の左掌を強く握る。まるで、なにか重大な「ナニカ」を取りこぼさないように、しっかりと指を丸めて握り締める。

 

 

 2

 「ひっー、ふぅーっ」

 規則正しい呼吸をしてみる。実際にやってみて、きちんと成果があるのか試さなければ気が済まない性分なのだ……これは両親と祖父からの遺伝だろうか? とエレンは思った。

 「あら? どうかされました?」

 「いいえ、ただの眠気覚ましデス。ご飯を食べた後は眠くなるノデ」

 そう、と指先でワインレッドの毛先を弄ぶ親衛隊二席、此花寿々花は興味なさげに相槌をうった。

 ここは、可奈美と姫和を追跡するためだけに設えられた野営地の本拠地であり、その中枢である会議室に現在居る。

 「――それで、なにか話す気になりまして?」

 「うぅ~ん、さっきのハナシで聞かれたコト以外はサッパリ、デスね」

 先程からの話の内容と云えば簡単な略歴とこれまでの行動、あとは南伊豆方面に射出された飛翔体の正体について、などなど。だがどれも確信を持って尋問している様子でもないため、誤魔化し切れるとエレンは判断していた。――が。

 「……そう、あくまでシラをきるおつもり」

 冷ややかな声で低く囁いた。一瞬灯った鋭い眼光……寿々花は間違いなく切れ者だ。エレンは迂闊な発言をしないよう内心で戒める。

 パイプ椅子から立ち上がった寿々花は外へと去り際、

 「そうそう。貴女のご友人の益子薫ですが、コチラの皐月夜見に御刀を向けたそうですわね」

 「っ!?」

 初耳だ、なぜ薫が〝人〟に対して御刀を?

 そもそもなんの理由もなく、彼女がそんなことをするだろうか。

 初めて見せたエレンの戸惑う顔に寿々花は確信を深めた。

 「――尤も、貴女や益子薫が舞草であろうとなかろうと、御刀を親衛隊に向けるということはどうなるかくらいご存知でしょ?」

 言外に脅しているのだ。折神家に喧嘩を売った、そう暗に仄めかしているに過ぎない。

 「……薫はどうなりマシタ?」

 さぁ、と寿々花は小さく首を振ると、

 「またお話しましょう」

 意味ありげに言い残し、その場を立ち去った。

 

 

 

 3

 (外が騒がしくなってキマシタネ)

 エレンは両手首を後ろに縛られ、走行車両に乗せられていた。次々と駐車された装甲車が出発するのをみるに、薫たちの居所がバレた可能性が高い。

 「お!」

 小さな車窓から、親衛隊第二席の此花寿々花を乗せた装甲車が過ぎ去るのを発見した。

 「――では、そろそろ行動開始デスかね」

 そう呟きながらエレンは靴の踵に仕込んだ刃物を手に取ろうとした……そのとき。

 こんこん、と軽やかに車両の扉が叩かれた。

 (まさか、こんな時に尋問なんデスカネ)

 しかし、対応ははやいに越したことはない。素早く刃物を元の位置に隠し、

 「はぁ~イ、中に乗ってマスヨ」

 陽気に返事をしてみる。さて、今後どうしたものか、時間との戦いだろうか。物思いに一瞬沈むエレン。

 が、彼女の予想は大きく異なった。 

 車の扉を開いた人物は、

 「失礼しますね。エレンさん。助けに参りましたよ」

 柔らかな声音でそう告げた。ソプラノの耳心地のよい声だった。

 車に半身を入れた人物はほっそりとした輪郭線だった。

 黒髪の艶やかな色は、昼間の日差しを浴びて輝いている。あの緑の制服は平城学館のものだ。

 「わぁ~オ、知らない人デスネ」

 すると、謎の人物は、

 「しぃーっ、大声だとバレてしまいます」

 片目を瞑りながら、口元に人差し指を立てて静かにするようジェスチャーを送る。その謎の人物の顔立ちは可愛らしさと凛とした佇まいの同居した〝少女〟だった。

 顔を半分覆うくらいの豊かな髪を煩わしそうに何度も手甲で払いのけながら、小首を傾げる。まさに、美少女のお手本的な動作だった。深窓の令嬢という形容が一番当てはまる。

 「……で、本当は誰なんですカ」

 真剣味を帯びた口調で詰問する。答えによっては実力行使も必要だと考えていた。

 だが、相手は意外にも「はぁ、マジかよ」と不満をこぼす。

 「あれ、その声はまるまるっ、まるまるじゃないデスカ!」

 謎の少女はぎくっ、という擬音が似合うような格好で固まった。

 相手は面倒くさそうに頭をガシガシと掻き一拍置いてから、

 「――ああ、そうだよ。おれだよ。なんか文句あるか?」

 簡単に自白した。しかも少年の声に一瞬にして戻った。そして不貞腐れた態度で腕を組む。

 エレンは目を横に逸らしながら、

 「まさか、助けに来るのが白馬に乗った王子様じゃなくて、お姫様だったトハ――しかも、男の娘――ナニカに目覚めそうデス」

 「目覚めんでいい!」

 ったく、と女装した百鬼丸は盛大に精神的疲労の息を吐く。

 「あ、だったら早くこの手の拘束を外して下サイ」

 背中を向けるエレン。手首に巻かれった荒縄をみる。

 「あーはいはい。了解」

 渋々、ナイフで拘束を解いた。

 ふと、エレンは疑問に思ったことを口にする。

 「そういえば、どうしてまるまるが女装して助けにきてくれたんですか?」 

 ナイフで縄を切ながら不機嫌に、

 「話せば長くなるが、まぁ簡単にいうと、貧乏くじを引いた」

 遠い目でいった。

 

 4

 「んじゃ、まずエレンを助ける人間だが、百鬼丸で決定だな」

 「なんでだよ!」

 唐突な宣告にただただ、ツッコミを入れるしかない。

 ちっ、と薫は舌打ちしながら、

 「んじゃ、そっちの二人に異存は?」

 話題を振られた可奈美と姫和は同時に、

 「「なし」」と声を揃えて返事をした。

 「えぇ~、なんでだよ!」

 不服そうに百鬼丸が口を「へ」の字に曲げる。

 「いいか、まず敵地に乗り込む時には顔バレしてないかが重要なんだ。その点、逃走中の二人じゃ無理だな。んで、オレも皐月夜見と交戦した。だから、本部にいるだろう敵に再会するのはマズい。……だとしたら、顔のバレてないお前が一番いいな」

 薫の説明になんとなく説得されかけた百鬼丸だったが、首を大きく振った。

 「だけどよ、おれがこのまま行っても門前払いか……最悪不審者だろ?」

 その言葉を聴き、薫の瞳はきらん、と光った。大抵こんな時は悪知恵が働いたときである。

 「いいや、お前を女にしてやるぞ!」

 幼女体型の胸をぽん、と拳で叩いて自信満々に鼻を膨らます。

 

 ~~~~数分後。

 

 黒髪を後ろに束ねただけの百鬼丸は、その束ねていた紐を解き、ボサボサの髪は一度飲料水で洗い流して、櫛で梳かす。そしてどこから取り出したか分からないメイク道具を薫は持ち出して、

 「おい、動くなよ」

 意地悪い笑みで、百鬼丸の顔に化粧を施す。

 実に見事に仕上げたようで、薫は「我ながら天才かもしれん」と呟いていた。

 手鏡を受け取った百鬼丸は、

 「単におれの顔は改造しやすいからじゃないか?」と言うと薫は百鬼丸の膝に蹴りをいれた。

 「いてっ、なんでだよ!」

 「ちっ、うるせーやつだな。なぁ、ねね」

 「ねね~!」

 機嫌よく小動物が薄桃色の髪の上で跳ねる。

 「んじゃ、あとは制服だが……」

 ちらり、と可奈美と姫和を一瞥する。

「よし、エターナルぺったんこの制服を着ていけ」

 指さされた姫和は、

「おい貴様。なぜこちらを指差している? そしてそのエターナルぺったんことはなんだ?」

 青筋をこめかみに浮かべながら、御刀を握り締める。

 (あっ、これは一触即発の感じだ)

 百鬼丸は話題を逸らすために咄嗟に、

「な、なんで姫和の制服なんだ?」 

 薫はむぅーっ、と目を細めながら喋る。

「いいか、まずオレの制服では背丈が合わない。そして可奈美の美濃関の制服は露出が多くてお前のギミックを隠すのには不都合だ。――とすると、平城の制服が一番しっくりくるだろ? あ、あと可奈美は胸の発育がいいから制服の胸にへんな空洞ができるけど、そこのエターナル胸ぺったんこにはそんな心配はないからな」

 ぐっ、と姫和は拳を握り締める。

 顔を真っ赤にしてご立腹のご様子。

 「ゆ……許さんぞ!」

 今にも斬りかかりそうな彼女の抑えるため百鬼丸は、

 「ま待て。可奈美は……その、どうだ?」

 そう聞かれた可奈美は、

 「えっ? 薫ちゃんのいうとおりかな、って思ったよ」

 笑顔で答える。

 天使のような笑顔で一番えげつない方法で死体に蹴りを入れる可奈美。……まさに鬼だった。

 「うぅ~ん、確かに胸の辺りは一理あるかもね」

 美濃関の制服を上から触りながら、胸の盛り上がりを手触りで確認する可奈美は、隣りに姫和がいることを忘れているらしい。

 「おい可奈美……貴様も同じように潰してやるぞ」

 可奈美は「えっ?」と隣りの存在に気がついたらしい。視線を自分の胸部と姫和の胸部に交互に移す。――それから。

 「あっ、ごめんね。傷つけちゃったかな?」

 マジトーンの心配した声で聞き返す。

 

 グサグサグサ、と姫和の心にナイフが突き刺さりまくった。黒ヒゲ危機一髪状態だった。

そんな様子を見るに見かねた百鬼丸が、姫和の肩をぽんと叩く。

 「……まぁ、どんまい」

 女装した美少女の百鬼丸が、優しく微笑む。

 「――っ、な、なんだ急に」

 急に耳元を真っ赤にして、顔を逸らす。図らずも、少女の百鬼丸に胸がときめいた。

 「……? なんだよ突然」

 わけが分からん、と言いながら百鬼丸は準備をしようと、

 「んじゃ、服脱いでくれ姫和」

 少年の声で告げる。

 「……おい、変態、死ね!」

 強くビンタされた。

 

 余談だが、少女の声で再び同じセリフを吐いたところ「ま、まぁ仕方ないか」と応じた。

無論着替えは別々のところで行った。姫和は黒のパーカーに百鬼丸のズボンを借りた格好となる。

その後には、少女らしい仕草レクチャーをうけた。指南役の薫は半笑いで「いいか、オレが今からいうことを完全にマスターしろよ」と念押しした。百鬼丸は真面目に口調から動作まで全てを完璧にしたところ、可奈美と姫和は小刻みに震えていた。

 

 あとで聞いた話だが、全て仕草も口調もデマだった。

 

 なお、此花寿々花との出会い頭でのやり取りの成功は偶然の産物に過ぎなかったが、それについては後日語る。

 とかく、百鬼丸はこの時間を目一杯玩具にされた。

 

 5

 拘束を解いたと、逃げる段階にはいった時、エレンが百鬼丸の肩を叩く。

 「あの~御刀を取られたので、取り返しに行きたいデス」

 「えっ? ああ、御刀なら取り返しておいた。ホレ」

 越前康継を手にしたエレンは瞳を輝かせた。

 「うぅ~ん、会いたかったデス。マイスイート康継っ。アリガトウ、まるまる」

 抱きつこうとしたエレンのほっぺを押さえて制しながら、

 「ひっ……ゴホン。分かった、分かったから落ち着け。――そんで他に用事は?」

 「ふぁりますフォ」

 

 

 野営テントの一角に、救護所がある。

 薬品の詰まった棚の辺りをエレンは金髪を靡かせながら、探る。

 「えーっと、あっ、ココにありマシタ」

 手にしたのは携帯端末だった。

 「なんだそれ?」

 携帯端末の画面に映し出されていたのは、親衛隊の制服に身を包んだ少女がおもむろに、ノロの入った円筒状の注射器を手に取り首筋に突き刺す。

 「……まじかよ、これ」

 百鬼丸は自分から進んでノロを受け入れる〝刀使〟を初めてみた。そういえば、あの糸見沙耶香の首筋から漂った妙な気配の正体も……。

 ――その時。

 背後に嫌な気配を感じ、百鬼丸はすぐに左腕を抜き放つ。

 銀閃が煌くと、赤黒い蝶が一刀両断されていた。

 「お前か、自分からノロを摂取したバカ野郎は」

 女装百鬼丸が問う。

 目前の、少女皐月夜見は乏しい表情から静かに、

 「紫様に仇なす者に容赦はしません」

 無機質に言い放つと、左腰から鍔をきった。

 

 

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