刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第221話

 真紅の満月が中天に掛かり、昏い上空を妖しい光で照らす。

その大空の一隅にコーヒーの染みに似た黒い異界の一端が顕現している。……隠世の一部が現世と重なろうと、真の姿を現し始めて早や数時間――。橙色の幾何学的な細線が、縦横無尽に上空に伸びていた。

 ハラリ、ハラリ……。

 粉雪のように、空から黒い塵のような物質が地上へ降り注ぐ。

 東京の大手町周辺を警備していた自衛隊員の一人が、ふと首を上げて「雪、か?」怪訝に頭を傾げる。

 ……当然、雪など生易しいモノではない。

 のち、生存者の証言からは「黒い雪」と名称されたコレは――

 俗に言う『死の灰』と呼ばれる核爆発から放出される放射性下降物(フォールアウト)の様にも見えた。放射性核分裂によって生成された物質である以上、生物に対し急性放射線障害を発生させた危険な代物である。

 ――しかし、或いはこの黒い塵灰は《放射性物質》並みに厄介なものだった。

 空気抵抗によって外気を揺らめくように舞う黒い塵灰は、地面に付着すると急速に膨らみ、無秩序に泡の如く膨らんだ黒灰は、一つの意志を帯びたように、生物の外見を模した怪物――《荒魂》として、地上に直立する。

 降り始めた「黒い雪」は、やがて等比級数的な速度で化け物を生み出してゆく。

 

 

 

 『総員、持ち場につけ!! 準備が完了次第、発砲を許可する。』

 自衛隊前線指揮官の努めて冷静に抑えた口調が、各員の耳に装着したインカム越しに伝わる。

 ――しかし。

 人間の判断速度では早くとも、強大な暴力性を秘めた怪物たちを相手に全ては手遅れだった。

 人の数倍はある体格の荒魂たちは、あるものは牙を剥き出しに人体を砕くために口腔を開き、目にも止まらぬ速さで頭部を動かす。

 ある荒魂は太い舌を使い、目前の人間を舐めとるように舌で丸め込み、バキバキと脊椎や腕の骨が枝のようにへし折れる歪な交響曲を奏でながら圧殺する。

 ……まさに殺戮だった。

 一瞬で血の海と化した地上は(なまぐさ)い臓物の匂いで満ちた。

 

 「応戦しろ! いいからたっぷりお(銃撃)してやれ!!」

 ただ、人間もされるがままに任せているワケではない。

 必死に抵抗するため、各員は5・56ミリ89式自動小銃の銃弾を撒き散らす。

 通常、荒魂を仕留めるには御刀と刀使でなければ『祓う』ことは不可能――であるものの、一時的に動きを留めるには通常兵器でも可能であった。

 とにかく、人間たちは必死に祈るように引き金を引き続けていた。もし、銃弾の加護が無くなれば――密林で裸になったも同然の状態になる。

「くそっ、うぉあああああああああああああ!!」

 だが、一人……また一人と荒魂の前に斃れていった。

 人間の抵抗など無意味であるかのように、バリケードを破壊し、車両を喰い破り、荒魂たちは人間を屠るための盛大なパレードを繰り広げていた。

 

 

 Ⅱ

 悲鳴、悲鳴……そしてまた悲鳴。

 街のあちこちから響き渡る人間たちの絶望に塗り固められた声があちこちから聞こえる。

 

 高層ビルの屋上ヘリポートで、物理的に聞こえるはずもない位置で佇む純白に薄光を放つ童女は、下界を睥睨しながら「ふっ、ふはははははっは」と心の底から愉快そうに笑う。

 まるで、虫の羽を捥いで遊ぶ子供のように純粋な目で、殺戮を眺めていた。

 「ついに開いたぞ、異界への門が――」

 タギツヒメは、陶然とした口調で自らの紡錘形の頭部先端から繋がった橙色の線を目で辿り、上空の雲間から覗く、黒い異界の一端を見上げる。

 

 あと、少しで現世は滅ぶであろう……。

 そんな期待を込めた眼差しが、タギツヒメの瞳の奥に宿っていた。

 

 

 Ⅲ

 「――じゃあ、作戦通りにやるか。もう手筈は決まってるんだろ?」

 達夫は都心に近づくにつれて明らかになる惨状と、人間たちの劣勢を車窓越しに感じながら、ワザと陽気な口調で言った。

 (くそっ、なんで俺たちは何も出来ないんだよッ!!)

 内心で闘う術のない一般人である彼は、歯噛みをしながら膝の上で拳を固く握る。

 黒と白のモノトーンカラーが綯交ぜになった美しい長髪を左右に散らした少年が、

 「まずはタギツヒメの居る場所まで直線距離で移動するのは不可能だ。だから、少しだけ回り道してから突っ込む。……沙耶香は可奈美たちと合流する。幸い舞草のGPSで位置は分かってるんだよな?」百鬼丸が訊ねる。

 「……うん、平気。でも百鬼丸は――」

 「タギツヒメを必ず潰すために必要な方法を全てやる。それが戦いってもんだろ?」

 そう言って、痙攣したような下手くそなウィンクを飛ばし、肩を竦める。

 「なぁ、百鬼丸くん。これだけは言わせてくれ。絶対に生きて帰ってきてくれ。そだけが頼みだ。じゃないと、田村に顔向けできないんだ」

 ハンドルを握った大関は心配そうに言った。

 「こんなに強いおれの心配ですか? へへ、まったく理解できませんね」

 「沙耶香ちゃんは大丈夫だ。しっかりしてるからな…………だけど、君は別だ。いくら強くてもまだ子どもだ」

 「童心を忘れてないって奴ですよ」

 「――そんな言葉を聞いてオレは放心してるよ」

 「はっ、」と、苦笑いを零した百鬼丸は小さく首を振って俯く。

 「正直、ここまでくるのに皆の助けがなかったら今頃、おれは死んでたと思う。けど、こうやってタギツヒメと対決できる場所まで運んでくれたんだ。全部、おれ一人だとできないと思う。だから、皆の期待に応えるよ。こんなクソタレな世界に生れ落ちても悪くないよな、って思えるくらいのいい奴らには出会えたからさ」

 そう言って、後ろ髪を束ねた黒いリボンを触る。

 

 『もし、自分を忘れそうになっても……――思い出して』

 

 優しい声音で右手に固く結んでくれた少女の言葉が耳の奥に甦る。

 「なぁ、大関さん。そろそろ宮城近くだろ? なら、そこでおれは勝手に降りるからな。タギツヒメの前に倒さなきゃ駄目な奴がいるんだ」

 断固たる意志の籠った口調で百鬼丸は、視線を刀に落とす。

 「……それって、」

 沙耶香が助手席から身を乗り出して不安そうに百鬼丸を見詰める。

 まるで、幼い妹のようだな……と、思いながら内心で苦笑いした百鬼丸は、

 「轆轤秀光。奴は必ず〝おれたち〟の手で決着をつけないといけないんだ」

 片方の義眼と片方の肉眼が同時に底光りする。

 「――どんな結末が待ってても、必ずやり遂げる」

 

 

 

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