刀使ト修羅   作:ひのきの棒

223 / 262
第223話

「くそっ、まだ増援は来ないのかっ!?」

 自衛隊隊員が必死の形相で叫ぶ。既に彼の足元には生気の無い亡骸が無造作に転がっていた。本来であれば回収する手筈の仲間を放置して、更にバリケードから遁れ、即席のバリケードを構築し、再び遅行作戦に移る。……まるで、一分一秒が地獄のようだった。

 バババババ、と銃口から放たれる銃弾は次々と荒魂の硬質な外殻に弾かれ、跳弾し、四方八方へと消えてゆく。

 しかし連続射撃により、銃身が高温に焼け付き始めている。

 それでも尚、引き金をひくより他に生命(いのち)を守る術がない。

「……っ、まだ」

 傷ついた左腕を庇いながら、一人の少女が苦痛に顔を歪める。

 錬府女学院の刀使たちもまた、斬り込みの強行を何度も行ったために、体力も気力も限界に達していた。――幸い、まだ死者こそ出ていないものの、重軽傷者が次々と戦線を離脱してった。人間側の決定打が次々と失われれば、当然、戦いの趨勢は荒魂の側に傾く。

 

 岩倉早苗もまた、平城学館と錬府女学院の混成刀使部隊を率いながら、戦い続けている。

(今のままだと、いずれ皆が――)

 不吉なイメージが頭を過る。

(――ううん、今は……)

 そんな事を考えている暇はない。刀使の前線指揮官は自分だ。余計な事を考えるよりも最善の手を……。

 早苗は己を強く律して、御刀を握り油断なくバリケードの弱点を捜して目線を動かす。

 『うぉあああああああ、なんでだぁあああああ、くそっくそっ、くそっ!!』

 自衛隊のひとりが焦った様子で引き金をひいている。

 カチ、カチ、と弾切れの音が無情に響く。

 『なんで、なんでだよォ? おい、マジかよ、くそっ、あはははは、もういいよッ! ここで俺が死ねってことだろォ?』

 そういって、錯乱した隊員は重火器を地面に勢いよく投げ捨て、バリケードを乗り越えると、「おい、化け物ども、ここだ! おい、俺は餌だ! ホラ、喰えよぉ、他の奴らみたいに喰えよォ!」と両腕を広げてアピールした。

 男に注意を引かれた荒魂たちが、ワラワラと一人を囲み始めた。

 「――ッ!?」

 異様な光景に衝撃を受けながらも、早苗はなんとか理性を無理やり回復させて《迅移》を発動させた。

 超人的な加速度をもって距離を詰め、バリケードを片足で乗り越えると数メートル舞い上がり、落下速度を利用して刃を振り下ろす。

 目前にいたムカデ型の荒魂を頭部から真っ二つに切断した。

 その勢いを止めずに、隣のカエル型荒魂の首を素早い速度で落とす。

 周りに目を配り、タイミングを見計らって後退のためにバックステップを踏む。

 肩越しに振り返り、

 「しっかりして下さい。急いでバリケード裏に逃げて」

 早苗はなるべく穏やかに、しかし切迫した状況を鑑みて短く命令した。

 「――あ? 構うな! 俺は……もういい! あああああああ」

 目を大きく開いた男は頭を抱えて、すでに精神がヤラれていた。

 (……どうしよう? この人を守りながら戻ることは出来ない)

 状況を正確に分析しながら、なるべく冷静に思考する。だが、距離をジリジリと詰める巨大な荒魂たちが、今も早苗と男を目掛けて襲い掛かる寸前だった。

 

 (十条さんにも胸を張れる刀使だって…………言いたい)

 早苗は、かつて、孤高だった級友――十条姫和の事を思う。

 つい最近彼女、訃報を知らされた。

 人と交わりを絶っていたハズの彼女は、美しいだけではない孤独の深い色が漂っていた。もしも、孤独に理由があるとしたら? 

 そんな簡単なつながりから、姫和と距離を少しずつ縮めていった。

 

 「私が荒魂の注意を引きますから、いつでも逃げて下さい」

  背後に短く言うと、御刀を正眼に構えて神経を最大まで研ぎ澄ます。

 「あ、アンタはどうすんだ? ふざけんな!」

 「――あなたが先に逃げるまで、ここで足止めします!!」

 断固とした調子で答え、早苗は荒魂たちを睨む。

 恐らくこの数の相手では、すぐに取り囲まれて嬲られるだろう。――背後の味方も守りに集中するので精一杯だ。刀使ともなれば、消耗も激しくて動けない筈だ。

 ――だが不思議と後悔はなかった。

 恐らく、彼を見捨てていた方が後悔したはずだ。

 早苗は、清々しい気持ちで、「私が駄目になったら急いで逃げて下さい」と背後の守備部隊に言った。

 本来であればS装備でもあればこの難局を打破できたかもしれない。しかし、このような奇襲のような形での荒魂の襲撃は誰も予想しないものだった。

 生身で闘う。

 早苗の頬に冷や汗が滑る。

 それでもあきらめない。最後の一秒まで諦めてしまえば望みは潰える。

 

 

 

 

 

 『お嬢さん、ちょぉおおおおおおおっとゴメンよぉおおおおおおおお』

 ――ドスン

 ――ドスン

 質量の塊が空から落ちてくる。

 「えっ!?」

 早苗は思わず、気の抜けた声をあげた。

 よく見れば、ビルの間の上空を遊弋していた飛行型の荒魂たちの残骸が見事な輪切りになって地面に墜落してきた。

 シュー、シュー、とガスの洩れるような不気味な音と共に一筋の白い噴煙が頭上を通り過ぎる。

 たった数秒で飛行型の荒魂たち五体が斬り伏せたれた。

 

 目で追えない速度で移動する人影は、荒魂たちの蠢く中心に降り立ち、情け容赦ない斬撃を的確に繰り出してゆく。

 様々な種類の荒魂たちが巨体で、圧力を加えて包囲している筈だ。しかし、牛酪(バター)を切るナイフのように容易く化け物の胴体を斬り伏せ分解する。

 妖しく輝く真紅の刀身は、まるで空に掛かる赤い満月のように毒々しく、数々の怨念を宿しているような印象を受けた。

 白と黒のモノトーンカラーの長髪を翻し、荒魂たちの切断した箇所から噴出する橙色の液体を頬にベットリ付着させながら、狂暴な笑みで次々と自らの体格の数倍はある敵を屠ってゆく。

 さながら、地獄の門から這い上がってきた鬼のような少年に、恐れをなしてジリジリと後退を始めた荒魂たちを、反撃の余地も逃走の余地も無く斬撃で、物言わぬ物体へと変えてった。

 

「え、百鬼丸さん!?」

 早苗は息が止まるかと思った。

 彼は確か、逃走している筈ではなかったのか? 

 彼女の困惑をよそに、名前を呼ばれた少年は「あ、岩倉さん? だよな。待っててくれ。少しだけ遊んでからソッチ行くからな」と、気軽に遊んでいるような感覚で喋りながら、斬り伏せた敵の頭部を踏みつけ、残忍な笑みを浮かべる。

 

 ――ゾッ、と思わず早苗は背筋が凍った。

 あんな表情を始めてみた。

 荒魂たちが無力な人間たちの殺戮を楽しんだように、あの少年もまた、強大な存在である筈の荒魂たちを――簡単に蹂躙している。

 

 「ふっはははははっは、やっぱり楽しいよなぁ、ザコを狩るのって。気持ちがいいんだよなぁ」

 酔いしれるように、百鬼丸は全身を橙色のノロの液体に濡れながら、散らばる残骸を踏みつけて哄笑する。

 ――悪魔だった。

 真紅の刀身を持つ人型の悪魔が、血のように赤い月に向かって笑う。

 幻想的な光景でありながら、人間側の誰ひとりとして、彼を味方だと思うことが出来ずにいた。……圧倒的な暴力。……本来の力による蹂躙。

 腹を減らした捕食者と、捕食される哀れな存在のようにも見えた。

 

 ……たった一人の出現によって、荒魂たちの勢いは大いに減じた。

 

 爬虫類のように細長い瞳孔をチラと早苗に向けながら百鬼丸は、人の好さそうな顔で微笑みかけて、「よし、ちょっとは余裕できたろ?」と肩を竦めてみせた。

 

 

 

 Ⅱ

 「あ、あの助けて下さってありがとうございました」

 早苗はとにかくお礼を言わなければと思い、近寄ってくる百鬼丸に向かって一礼した。本当は先程の光景が衝撃的すぎて恐怖していたが、それ以上に命の恩人なのだ。

 「ん?」意外そうな顔をした百鬼丸は、首を傾げて怪訝な表情をつくる。「助けた、んだっけ? まあ、いいよ。それより姫和の家で会って以来だよな」

 気安く話かける少年は、ニコニコとしながら袖で顔に付着したノロを拭き取る。不思議なことに、ノロの残滓はすべて真紅の刀身に吸い込まれてゆくように、移動していた。

 「あっ、あ、はい」

 困惑しながらも、早苗はなんとか頷いて曖昧な笑みを浮かべる。

 (どうしよう? 何を言えばいいんだろう?)

 明らかに狂暴な姿を見たあとでは、ヘタな事を喋れば殺されかねない。

 しかし、姫和の家で見た少年の時と寸分も違わぬ様子に、心のどこかで安堵もしていた。

 「いや悪いね。見苦しい所みせちゃって」困ったように頭を掻いて舌を出す。

 まるで、悪戯を見つかった子供のようだった。

 「――いいえ。百鬼丸さんが助けてくれたから私も今、こうして無事なので」

 「そっかな?」 

 と、言いながら腰の鞘へ、チン、と金属の音を立てて納刀する。

 「それより、姫和たちと一緒じゃないんだな。てっきり学校単位で闘ってるもんだと……」

 

 姫和、という言葉を聞いた早苗は、チクリと胸を針で刺されるような痛みに襲われた。

 「あの……十条さんの事ですけど」

 言いにくそうに上目遣いで、百鬼丸を見る。

 「――――ん? あ、いいや。説明しにくいなら、チョット失礼」

 精悍な顔立ちの少年が、ツカツカと歩み寄り早苗の背中に腕を回して、額を押し当てた。

 「えっ!? あの……ええええ!!」

 思わず、焦りの声が洩れた。

 高い鼻梁と秀でた眉、薄い唇と、見方によっては悪くない顔立ちの少年の顔を前に、早苗は戸惑った。

 ゼロ距離まで男子と接近することの無かった彼女にとって、百鬼丸の行為は予想外の行動であった。

 「――しっ、すまんけど黙っててくれ」

 短く真剣な口調で注意する少年。

 「は、はい」

 硬直したように、早苗は直立不動になった。

 毛先のふんわりとしたボブカットの髪が、百鬼丸の右の手の甲を擽る。

 伏目がちな百鬼丸は、《心眼》によって相手の記憶や心を読み、事情を把握し始めた。……無論、姫和の訃報も。

 

 小さく何度も頷きながら百鬼丸は「ありがとな。悪かったな、急に記憶を覗き見て」と謝罪した。

 「い、いえ――あの、私の記憶を全部見たんですか?」

 「いいや、必要な部分だけ」

 「じゃあ、十条さんのことも……」

 と、言った瞬間に百鬼丸の表情が暗く曇った。

 「……ああ、大方の情報は仕入れさせてもらったよ」

 「あの、ごめんなさい」

 「ン? なんで岩倉さんが謝るんだよ?」

 「力になれなくて、私が……十条さんにもっと寄り添えれば結果が……」

 「関係ないよ。…………大丈夫だ。そもそもタギツヒメをブチのめすのが、おれの役割なんだ。アイツの敵討ちでもしてやるさ。――ああ、そういや宮城(皇居)ってどこだっけ?」

 「えっ?」

 早苗は唐突な質問に、目を丸くした。

 「どうしたんですか?」

 「いや、少しだけヤボ用ってやつがあるんだ」

 「ヤボ用、ですか」

 「ああ。そこにもブチのめさないと駄目な奴がいるんだ」

 言いながら、百鬼丸の表情が引き締まる。

 「えっと、皇居の方角は多分、荒魂たちで埋まっていますよ?」

 「ああははは、心配ありがとうな。でも大丈夫。おれは強いからな」

 ――確かにこの人は強い。

 早苗は喉元まで出かかった言葉を呑み込み、

 「――分かりました。今地図を渡します。あ、それと……」

 「ん?」

 「あの、あんまり異性に額をくっつけるのは……どうかと思います」

 微かに頬を赤面させながら批難する。

 百鬼丸は視線を宙に彷徨わせてから、

 「オッケー」

 サムズアップして、笑いかける。

 

 (これって、前に十条さんが言ってた顔なのかな……)

 

  姫和が以前、百鬼丸という少年について、「あの男は本当にどうしようもない馬鹿者だ。それにスケベの権現だ。全ての常識がない。最低最悪な男だ!」と力説していた。

 

 ――しかし、早苗は知っている。

 十条姫和という少女がここまで他人に対して、語っている時なんて今までなかった事を。

 散々、少年に対する文句を述べたあとに、最後に口元を綻ばせて、

 『……ただ、あの馬鹿者はな。本当にピンチの時にタイミングよく駆け付けてくれるんだ。それに、何でもないような顔をして笑いかけてくれる。どこか憎めない馬鹿者なんだ』と、微笑んでいた。

 

 

 くすっ、と早苗は不意に笑みがこぼれてしまった。

 「百鬼丸さんなら、他の人たちも助けてくれるのかも知れないですね」

 姫和の面影を思い浮かべながら、早苗はかつて友が語った人物を前に、どこか懐かしさを感じていた。

 「……? お、おう。任せろ」と、首を傾げた百鬼丸。

 彼は、姫和の訃報を噛みしめるように脳裏に彼女と過ごした逃走の日々を思い返し、もうひとりの少女――可奈美にも思いを馳せた。

 (クソッたれ。全部遅すぎた――)

 己の無力さと、守ると誓った少女たちを失ってしまった後悔を忘れようと――剣を握り戦う事を選ぶ。

 

 

 ……これまでも悲しみを癒すのは、戦いだけだったから。

 

 

 ――――これからも戦いだけで心の傷を忘れる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。