刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第226話

 幻夢――と、刀身に刻まれた文字。

 大太刀を確かに握った秀光は霞の構えをとり、宿敵であり己の分身である百鬼丸を殺す為に一瞬の隙を狙って気迫を溜めている。

 秀光の顔は時間の経過と共に荒魂の特徴である黒鋼のような色合いと、溶鉱炉の橙色のラインが通ったグラデーションに蝕まれていた。

 額の辺りから鋭利な角が生え、次第に人から「人型荒魂」のように変形してゆく。

「おい、随分と男前になってるな」

 百鬼丸は軽蔑の眼差しと、皮肉を含んだ口調で挑発した。

 しかし、秀光は肩を竦めて首を横に振る。

「ああ、そうだな。……あのまま、人間の姿であった時の方が苦痛だ」

 未練もなさそうに、荒魂へと肉体が変化しつつある事を当然のように受け入れていた。

 瀟洒な屋敷内の調度品が、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。……今、ここで斬り合うには不釣り合いなほど、華麗な空間である。

「こんな所でふんぞり返ってる野郎は、考えることも一味違うのか?」

 担肩刀勢に構えた百鬼丸が、左腕を伸ばし、膝を軽く曲げて姿勢を低く相手を見据える。

「――――オレの代でこの家も屋敷も滅びる。それが自然の摂理だ。我らの一族は余りに歪だ」

 秀光は語りながら以前、血族であった錬府女学院の刀使を二人、銃殺した。彼女たちは最期まで秀光の思想を肯定し、進んで使命を果たし――役割を終えた。

 彼女たちもまた、自分たちの宿命とこの先の人生に絶望していた……そんな折、秀光の思想に共鳴した。

「後戻りなぞ出来ない。キサマのような出来損ないがこの地上に居て良いはずがないのだ!」

 顔面が、完全に荒魂を憑依させ、肉体という器が人類から怪物のソレへと変わった。

 百鬼丸はニィ、と口を曲げ、

 「知るかボケ! テメェには散々な目に遭わされたんだ。おれが先にテメェをブチのめす」

 一歩、跳ぶ。

 足裏の赤い絨毯に黒い焦げ跡。目にも止まらぬ速さでタックルの要領で突出し、刃を打ち込む。

 ……だが。

 それを予期していた様に、両足で床面を蹴って大きく後退する。

 右頭部からチラチラ、焔が燃え上がっていた。――荒魂化した影響で、体内から爆発的な炎が噴き出している。

「お前の動きはすべて見切っている。諦めろ。勝てるはずがない」

 眼球だったはずの顔のパーツは既に目玉が蒸発し、変わって白いスリット形状の「目」があった。

 

 

 (厄介だな……予知能力か)

 百鬼丸は咄嗟に《心眼》を開き、秀光の内心を読む。

 戦闘において正確な予知とは、それだけで最大級のアドバンテージとなる。相手の行動の次の一手を知ることは、髪の領域と言って良い。

 手を潰すこと、逆手に取った策略――何より反撃にも防御にも絶大な効果を発揮するのだ。

 

 

 一方、ニエと融合したことで百鬼丸の戦闘能力自体は飛躍的に向上した。

 その代わりに、《心眼》や諸々の特殊能力の感覚が鈍り、高水準に持ってゆくためには時間が必要となる。

 数メートルの間合いを両者は保ちながら、決め手に欠けていた。

 

 (クソ面倒だな)

 

 達人同士の戦いは、手数よりも決定的な一撃を至高とする。無駄を削ぎ落した剣士の戦いとは、身体の哲学的領域にある。

 

 ――だが。

 

 この二人の男たちは異なる。

 単なる殺し合いの道具に剣を用い、原始的な意志と力によって相手の息の根を止めるために絶えず緊張状態を継続するに他ならない。

 

 「どうした、かかってこないのか?」

 軽く挑発するように秀光が、喉ではないノイズがかった声で喋る。

 「気味悪いな、テメェ」

 吐き捨てるように言った百鬼丸。

 正眼に《無銘刀》構え直すと、真紅の刀身が放つ妖しい光を感じる。幾千万もの妖魔を斬り伏せた妖刀から漏れ聞こえる怨嗟と呪詛のような呻きが体内に流れ込む。

 ……ゾクゾクした。

 百鬼丸は獣のような荒い息をついて、興奮を抑える。冷静さを欠いては敵を斃せない。

 これは戦闘の鉄則――そして生き残るための術だ。

 高鳴る心臓の音に心の耳を傾け、仕掛けるタイミングを見計らう。

 

 二人の男は鋭い視線を交錯させたまま、一歩たりとも動かない。

 

 ……否。動けないのだ。

 

 一〇秒、一分、……いやそれ以上の時間が経過した。

 短く、永遠に近い体感時間に、いつしか深い奈落の底が、少年の脳裏に浮かび上がる。

 不意に百鬼丸の目前には二重写しの景色が滲んで広がり始めた。今、眼球で見ている秀光と屋敷の内部と――全く異なる大海の青い景色。波の砕ける音だけが延々と耳の奥に響く。

 余分な風景のように思われた二重写しの風景は、やがて視点を高く、細い幾つもの線に枝分かれして秀光の体外に紐づけられた。

 轆轤家の屋敷内部が、いつの間にか広大な宇宙の一隅のように真っ暗に、微かに余光が点々と瞬く不可思議な空間。

 そこに太陽系も無く、天の川銀河も無く、先程の波の音すら掻き消えて――凪いでいた。

 まるで、存在そのものの孤独を与えるように、百鬼丸に孤立感を与えた。

 薄い光の膜が、視界の遠景から急速に広がる錯覚に陥った。光の膨張は、やがて鱗粉のように百鬼丸の全身を包み、爆ぜた。

 

 

 「え……?」

 気づいた時には百鬼丸の体は飛び出していた。

 何者かに操られたかのように、体が頭の制御を無視して動きだす。床を蹴って階段手摺と壁面を足場に縦横無尽に走り回り、三次元的な角度から秀光を翻弄する。

 これも、おそらく予知しているだろう。

 だが、本当に決める一手だけは最後の最後まで分からない。

 (どうなってんだ!?)

 一番焦っているのは百鬼丸自身だった。ジョーでもニエでもない、本当に「誰か」が自分を操り人形のように動かしている気がしていた。

 しかし、不思議と不愉快ではない。むしろ心地よい。速度を増すにつれ耳元を横切る風の激しい音が興奮に拍車をかける。

 ビュン、と百鬼丸は天井に吊り下がった豪奢で巨大なシャンデリアを切り落とし、秀光を圧殺しようとした。

 バリィィン、と甲高い響きで硝子が激しく砕け散った。

 透明な破片の鋭い雨は、赤い絨毯に弾けて点った灯りが一気に消えた。天井は光源の一部を失い、一気に薄暗くなった。

 秀光は一切避ける素振りもなく、ただ煩わしそうに一閃、刃を振るいシャンデリアを切断した。

 彼の体外から放出される焔が、硝子の破片に煌めく。

 

 

 Ⅰ

 酸鼻を極めた街は、荒魂たちの切断された胴体や首――または人間たちの遺骸が回収されずに野ざらしになっていた。

「…………。」

 眉を顰めながらも、足を止めることなく糸見沙耶香は先を急ぐ。

 タギツヒメを討つべく突入する部隊は、可奈美たちを含む数人だけの精鋭刀使だけで行われる予定であった。無論、実力に申し分のない沙耶香も作戦に参加するつもりで、合流目的地まで駆けていた。

『沙耶香ちゃん、安全には十分に注意してね』

 携帯端末から聞こえる柳瀬舞衣の穏やかな声がした。

 電話越しにコクン、と頷く沙耶香は不自然なまでに減っている荒魂の数を眺めながら安全なルートを選び進んでゆく。

(百鬼丸の影響?)

 首を傾げつつ端末のスピーカーを一瞥し、

「……平気。舞衣こそ大丈夫?」気遣いながら道路に乗り捨てられた車両の列をすり抜ける。

 濃紺の防水ポンチョを羽織った沙耶香は、裾を靡かせて不吉な赤い満月の掛かる夜を急ぐ。

 

『沙耶香ちゃん、だよね?』

――突如、端末から別の大人の女性の声が聞こえた。

「……うん、」

 誰だろうか――心当たりを記憶の中に探しながらも結局分からず、「誰?」と一言訊ねた。

『うっ、ひどい……って、そんなに沙耶香ちゃんと話さなかったかな? まあいいや。恩田累だよ。前に会ったことがあるけど……流石に覚えてないか。とにかく、皆と合流する前に改良したストームアーマーを装着してからね。準備も出来てるから』

「……わかった」

 素直に返事をすると、直後に端末の地図の画面に新たな座標が赤い印で示された。

 (急がなきゃ)

 沙耶香は色素の薄い髪と、斜めに伸びた長い前髪を揺らして走る。

 ドライバーのマイナス部分に似た腰元のホルダーに手をかけた。《妙法村正》の柄を感じて、安心する。

 唯一の武器は、この惨禍の中にあっても頼れる存在として沙耶香の精神を守っていた。

 




戦いの途中ですけど、夜ぐらいに文章追加すると思います(多分)


追記、文章を午前3時に追加しました。
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