刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第229話

 非常時ゆえに人気の無い、スカイツリー内の水族館。

 淡い青色のライトに照らされたクラゲたちが、水槽の中で無数に浮かんでいる。

 時々、ライトの色が黄色や赤色に変わり、白く濁ったクラゲの体を透過して鮮やかな色を反映させた。

 「あぁ~あ、なんで皆私に隠し事するのかなぁ~」

 元折神家親衛隊の第四席、燕結芽は階段の手摺に肘を置き水槽を見下ろしながら溜息をつく。

 獅童真希も、此花寿々花も――――明らかに、結芽に対し隠し事をしている。

 (どうせ、夜見おねーさんの事だってお見通しなのに)

 結芽はポケットに入れたチョコレート菓子の箱を取り出して、袋を破りカリカリと齧り始めた。

 真希も寿々花も隠しているつもりだろうが、本当は荒魂に変わりつつある夜見を殺そうとしている。

 ――……そして、恐らく夜見も親衛隊と決別しようとしている。

 勘の鋭い結芽は浅縹色の瞳を瞬き、自分だけが蚊帳の外に置かれている事に不満を感じていた。

 (百鬼丸おにーさんも、皆、どうして子供扱いするのかなぁ)

 ……結芽は、周りの人々の優しさからくる「秘密」に不満を感じていた。

 

 かつて、病床で臥せっていた頃――長い時間をかけて生きる事と死ぬことについて考えていた。……医師や看護師たちが隠す、残酷な真実も知っていた。人を疑い、虚構を見破ることに「慣れて」しまっていた。

 

 (私を傷つけたくないって思ってくれるのは嬉しいけど……)

 ポリッ、と棒状のチョコレート菓子を口元で折る。

 眉間に皺を刻んで、結芽はモグモグと咀嚼した。

 クラゲたちの無秩序でありながら、宇宙を漂うような無重力感を見詰め、しばらく結芽は水槽の彼らを観察していた。

 「なんにも知らないままならいいのに…………」

 ――あのクラゲたちのように、何も考えることもせず、ただ浮かび触手を動かして漂う。そんな生き方が出来れば、どんなにいいだろう?

 「……私だって、皆を守れるくらい強いのに」

 誰にいうでもなく、口を尖らせて呟く。

 薄暗い館内は足元にLED照明が点っている。

 

『――……私が凄いってところ、魅せてあげるっ!』『もっと、もっと私の凄いところ見せないと、誰の記憶にも残れない』

 

 

 

 ……命に限りがあったとき。周りに気を配る余裕が無かった。今考えれば幼い考えだったのかも知れない。

 

 『バカかお前、なんで自分で自分の生命(いのち)を諦めるんだ』

 

 

 折神家の突入作戦の夜。

 命の灯が消えかけた瞬間に――たった一人の少年が、そう言って助けてくれた。

 今でも思い出す度に胸の奥が熱くなって……苦しくなる。

 彼の隣に立ちたくて追いかけているのに、全然追い付かない。

 いつも彼は二三歩先を歩いて、時々心配そうに振り返る。そして「ゆっくりでいいよ」と声をかけて、先を進む。……そんな感覚だ。

 

 (見守って欲しいんじゃないんだもん。――ただ、隣で一緒に歩きたいだけなのに)

 百鬼丸は決して、それを許してはくれない。

 それが彼なりの優しさであっても、その優しさの甘い棘の檻で結芽は息苦しくなっていた。

 地下坑道で囚われた時もそうだ。彼が一番早く助けに来てくれた。

 ――……まずは、一人の人間として向き合いたい。

 少年は不器用な笑みを浮かべて、恥ずかしそうに提案した。

 

 『将来、私が強い刀使になってもおにーさんと戦ってあげないから!』

 からかうように告げた自らの言葉を今更思い出す。……こうでも言わないと、百鬼丸が自分(結芽)を心配し続けるから。

 

 「……どうやったら、百鬼丸おにーさんに追いつけるのかな」

 バレーシューズに似た黒い靴のつま先をトン、トンと無意識に床面に当てる。

 

  ――と。

 ブゥゥ、とスカートのポケットから携帯端末の連絡が来た。

 画面を一瞥すると、寿々花の名前が表示されていた。

 「どーしたの、寿々花おねーさん?」

 『結芽、休憩は終わりですわ。すぐに下まで戻ってきて下さる?』

 「ふーん、別にいいけど、荒魂?」

 『ええ、荒魂ですわ。しかも状況が悪くて結芽の力が必要ですわ――』

 「ホント!? うん、分かったすぐに行く♪」

  通話を切ると、結芽は腰元の御刀《ニッカリ青江》を一瞥して嬉しそうに笑いかける。

 「久々に暴れられるね♪」

 そういって、オレンジ色の濃淡で色分けされた鞘を一撫でした。

 リン、リン、と鈴の音色が響く。

 鞘に取り付けたイチゴ大福ネコのストラップが二つ、揺れる。

 種類の異なる二つのストラップのうち一つは、以前少年と揃えて買ったものだった。

 「…………」

 寂しそうに微笑を浮かべた結芽は、視線を前に戻して軽やかなステップで通路を歩き始めた。

 

 

 

 Ⅱ

 押上駅での人員輸送作戦は、荒魂の発生という予期された――そして回避の出来ない存在によって全ての計画が破綻した。

 シャトル輸送の大前提として、地下鉄を用いた大量の運送こそが避難民を救う方法であった。――だが。

 地上よりも安全だと思われた地下ですらも、近年多発する地下に巣食う荒魂たちの存在によって、計画当初から危険視されていた。だからこそ、松崎老人の出番があった。

 旧軍時代の遺物ともいえる地下の坑道を徒歩で移動させる……危険度はあるものの、リスクを冒さなければ現状の危機を脱することは出来なかった。

 

『当面は電車による人員輸送、仮に電車の使用不可能な場合は地下を徒歩による移動で』と結論づけられた。

地上を移動するには、すでに「黒い灰」が天空から舞い落ちて、新たな荒魂を生み出している。

 

しかし、ある代議士は、地下坑道に跋扈する荒魂たちの中を移動する危険性について指摘したところ、都庁の緊急会議に召集された松崎老人は「ガハハ」と豪快に笑い飛ばした。

「勿論、その危険性はある。しかし、座して死を待つより、己の足で歩まねばならん……それに、ワシらの時代の……いいや、中佐殿たちが守り抜いた場所じゃ。荒魂たちからも身を守れるように巧妙に作られておるわ」と、一喝した。

 老人の主観的な意見であり、何ら信用に足る証拠もない。

 だが、それでも会議に集まった人々はこの老人の「根拠のない自信」に賭けたいと思わされた。

 

 

 

 

 かくして。

 避難民の集団を護衛するために、元親衛隊の三名が押上駅に集められた。

 

 ――折神家親衛隊

 第一席 獅童真希

 第二席 此花寿々花

 第四席 燕結芽

 

 彼女たちには、汚名を雪ぐ機会と称して最も危険な「殿(しんがり)」の役割を与えられた。

 

 

 ◇

 「ねぇ、寿々花おねーさん、いまってどんな状況?」

 押上駅の地下鉄ホームに姿を現した結芽は、閑散とした周囲を訝りながら見回して、純粋な疑問を口にした。

 寿々花は「はぁー」と深い溜息をついて首を振る。「――率直に言えば、シャトル輸送をしていた電車が荒魂に襲われましたの。幸い、電車は直前でブレーキをかけた影響で衝突事故こそ発生しなかったものの、輸送手段が潰されましたわ」

 「へぇ~。ってことは、その荒魂を倒せばいいんでしょ?」

 「いいや、違う」

 割り込んだ真希は、渋面を作っている。

 「それは、電車の中で護衛として任務にあたっていた刀使によって対処された。――ボクたちの役目は……これから、地下坑道を徒歩で移動する人々を護衛する任務だ」

 「えぇ~、なにそれ! すっっごく地味だし! 嫌っ」

 「嫌っ……じゃありませんわ。それが任務なのですから我慢なさい」

 寿々花が呆れたように叱る。

 「ぶーっ」と頬を膨らませた寿々花だったが、すぐに「えへへ」と嬉しそうに笑う。

 「ん? どうして笑うんだい?」真希が怪訝に眉を顰める。

 「ううん、あのね、また親衛隊で任務できるんだなーって♪」

 屈託なく言う結芽。

 「「…………。」」

 真希と寿々花は目を見合わせて押し黙った。

 こんな緊急時でも、マイペースというべき結芽の様子に、本来であれば窘めるべきなのだろうが――図らずも二人もまた、同様の思いだった。

 死線を幾度も乗り越えた親衛隊の絆はある意味では肉親以上のモノになっていた。

 

 地下鉄の等間隔に並ぶ柱と、頭上を強烈に照らす照明の白光。

 避難民は、これから徒歩で地下の坑道ルートを行くだろう。もしくは、各自の判断で地上へと出て脱出を試みるのだろうか?

 いずれにしろ、押上駅の地下鉄ホームは一時的だが、嘘のように静かだった。

 「ふっ」と不意に、寿々花は口元を綻ばせた。「結芽の言う通りですわ。それにわたくし達は所詮駒ですが……駒なりに、死力を尽くす。それがわたくし達の贖罪なのでしょうね」

 寿々花は悪戯っぽく微笑み、片目を瞑る。

 「……まったく、いいや。ボクも――不謹慎かも知れないが昂っている。世間からの汚名を雪ぐためにも、ボクたちの出来ることをすべきだ――そうだろ寿々花?」

 頬を緩めて真希は二人の思いに首肯した。

 

 

 「あぁ~、夜見おねーさんがいれば、敵がどこにいるかすぐに分かるのに~」

 結芽がワザとらしく大きい声で言った。

 

「「…………」」

 真希と寿々花は、顔を逸らして曇った眼差しで各々考え込む様子だった。

 そんな二人の分かりやすい反応に結芽は、

「――いつか夜見おねーさんとも遊びに行けるといいよね」小さく、しかしハッキリと自らの気持ちを伝える。

 

 真希は、苦虫をかみつぶしたように眉間に皺を寄せ、「……ああ、そうだね」と寂しそうに同意した。

 「……夜見さんも、確かにその通りですわね」改めて彼女の存在を大切に思っていた結芽の言葉を反芻した寿々花も、穏やかな声音で頷く。

 

 

 ――……この先にどんな過酷な運命が待っていたとしても、大切な人を失わないたくない。その一つの思いが、三人の気持ちを固く結びつけていた。

 

 

本作の終わるタイミングについて

  • 当初の8月中で
  • もうちょっとだけ、伸ばしてもOK
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