刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第231話

 地中に掘られた円筒状のトンネルに延びるレールの上を走る列車の車体が、僅かに傾いて停車している。

 

 押上駅から北関東方面へ向かうはずだった車両は、荒魂の発生という事態に際し、緊急停車をした。未だ東京から逃げ遅れた人々が、公共交通機関を利用している最中の出来事だった。

 

 ……どうやら、怪物たちはトンネルの上に伸びる親ケーブルを繋ぐ牽引用ジャッキを幾つか喰い破り、円筒の外壁を破壊して侵入したのだろう。

 幸いにして、車両内に護衛の刀使が十数人おり対処した為に人的被害はなかった。

 

 

 だが、輸送手段が破壊された以上は避難計画が大きく狂う。

 副次的な案として立案されていた「地下坑道」への移動を実行するにあたってまず、重要な部分は「そのルートが安全か」という一点である。物理的な安全性と、荒魂からの攻撃があるか否か、それが問題であった。

 

 

 勿論、たった一路線だけが破壊されたなら、対応は簡単であった。しかし現在の自衛隊および治安維持の組織は地上への防衛線に人員を割いており、地下鉄の路線すべてを防衛できるほどの戦力は残されていなかった。いつまた、他の路線でも攻撃を受けるか……避難計画を推進していた上層部の人々は、苦肉の策として、地下坑道の移動を、限定的に認めた。

 条件を掲げ、地下坑道の移動を許可した。

 

 一つ、避難する際のリスクは人々の自己責任とすること。

 一つ、先行する集団は一〇〇~五〇〇名ほど。

 一つ、安定的な移動ルートでない場合は即時撤退、およびルートの破棄。

 

 

 Ⅰ

 「はっ、奴らは本当に昔からお役所仕事が大好きな生き物なんだな」

 箇条書きの文書を読んだ松崎老人は紙をグシャグシャに丸めて放り投げた。

 地下鉄押上駅のホーム。

 徒歩による地下の移動する人員を募集した結果、253名が志願した。

 彼らは危険を承知で先遣隊に志願したため、ある程度の覚悟は決まっていた。

 

 老人は彼らの勇気に対し、敬意と共に己の双肩にかかる負担を感じた。しかし、ここで足を止めれば、確実に終わりを待つだけ。

 「――さて、行くか」

 老人は安全ヘルメットに装着したライトを調整し、ランニングシャツという薄着の腕を振り回して独特の準備体操を終わらせた。

 カーキ色のバックアップを担ぎ、老人は屈伸してから頭の中にある「地下坑道の地図」を思い描く。

 軍手を嵌めた両手をバンバンと叩き合わせ、ズボンのポケットに折り畳んでいた地下鉄の路線図を眺める。……老人は当時の地下坑道と、現在の路線図を照合させていた。

 

 「ほいじゃあ、まずはワシが先導するか……おい、えぇーっと、あの親衛隊の娘ども! 一人でいいから、ワシの後ろをついて来い」

 振り返った老人は、薄い白髪の頭をポリポリと掻いて、入れ歯の口をクチャと動かす。

 「――前衛はボクが務める」

 挙手した真希は、真剣な眼差しで老人を見返した。

 「ほぉ、そいじゃついて来い。……くれぐれも、死ぬなよ」

 松崎老人はクシャッと皺だらけの顔を、真希に向けた。

 無言で真希は頷き、路線のレールの上に降り立つ。

 

 

 

 Ⅱ

 「……しかし、戦前にこのような大規模な坑道を作る技術があったとは思わなかったです」

 真希は、素直な感想を漏らした。

 地下鉄のトンネルの非常扉に繋がるポイントから、旧軍時代の地下坑道に繋がるルート。

 

 高さ4m、幅1・5mの細長い空間があった。

 自然の岩盤や地層が剥き出しになった坑道は、所々をコンクリートで塗り固められていた。しかも、古びたものではなく、近年まで整備を続けられた形跡があった。等間隔で高さ1・5mの金網のフェンスも手摺替わりに設置され、足元の時にクレーチングになったり、採掘現場のような雰囲気を醸し出している。

 

 

 余談であるが、東京港の地層は沖積層(軟弱な断層で有楽町地層などが代表的である。2万年~1万年前の間に形成)された部分と、更にその下に7号地層がある。さらにその下には江戸川層などがあり、海から離れた沖積層基底では、埋没ローム層、および埋没立川段丘などがある。

 かつて――古東京湾(約20万年前)があった時代、房総半島と東京が海によって隔てられた頃、現在の東京・千葉・水戸の辺りは海の底に沈んでいた。

 

 地殻変動などの諸条件によって、地続きとなった東京および房総半島には、活火山であり噴火を繰り返していた富士山の火山灰などが降り積もり、関東ローム層の形成に繋がった。

 「かははは」と、笑いながら老人はクレーチングの敷かれた道を歩く。「ワシもよく分からんが、上官の冗談みたいな話によると、由井正雪が反乱を起こす際に、地下を利用する計画だった――と聞いた事があるわ」

 「由井正雪? 大分昔の話ですね」

 慶安(西暦一六五〇年代)に江戸幕府に対して反旗を翻そうと企てた兵学者である。彼の計画では日本の重要都市、京都、大阪、また駿府などを含む数か所を襲撃する予定であった。

 「ウム、しかし真実は分からん。この穴自体が荒魂どもの堀進めたもんだからな。我々はただ、ソイツを利用するにすぎん」

 松崎老人は首筋にタオルをかけ、歩く度に汗を拭く。

 「それでも……、今こうしてボクたちが脱出に利用できるのも貴方のお蔭です」

 「カカ、……そうか。少佐殿もその言葉を聞けば多少は救われるかもしらんが」

 どこか寂しそうな横顔で老人は微笑する。

 「ところでこの道を行くとどこに出るんですか?」

 「あ? ウム、ここは5街道のうちの一つ、日光街道に沿って作られている」

 

 

 江戸期、人々の交通として主に利用された主要幹線がある。それが5街道であり、甲州街道、日光街道、奥州街道、中山道、東海道である。

 「ま、本来であれば鎌倉へ抜けるのであれば東海道沿いを行くべきだろうが……あそこは、ワシの担当ではなかった」

 「――えっ?」真希は思わず聞き返した。

 「こんな大規模な坑道じゃ。ワシのように道を隈なく覚えて案内する役割の人間は複数いる。じゃから、ワシの担当は主にこの日光街道方面だったんじゃい、文句あるか?」

 「い、いえ……」

 なぜか逆ギレする老人に気圧されつつ、真希は内心で「なんだこの人は」と疲れた吐息をつく。

 「ほれ、それよりついて来い。ここからが正念場だ」

 老人は振り返って、真剣さを帯びた雰囲気で注意を促す。

 

 

 

 Ⅲ

 「ねぇ、寿々花おねーさんって気になる人っている?」

 最後尾を歩く燕結芽と此花寿々花は二人並んで敵を警戒しつつ、LEDの懐中電灯を点して適度に息抜きの会話をしていた。

 

 「……あら、どうしましたの急に?」

 唐突な質問に寿々花は珍しく、声を微かに上擦らせて問い返す。

 「うーん、なんでだろう? 色々と難しくて……これから、どうやって〝生きるのか〟って百鬼丸おにーさんがくれた命を、どうすればいいか分からなくて。おにーさんは多分親切で助けてくれただけだと思うんだ。でも……おにーさんには何も出来ないから」

 小さな手を開いて、ジッと見詰める。

 「そんな事でしたの。でしたらわたくしには助言は出来ませんわ。そんな立場でもありません。それは結芽自身が考えることですから」

 「うーん、そうなんだけど……」 

 「それに前にも同じような話をした気がしますわ」

 「そうかな?」

 「――ええ。それにあの……百鬼丸さんが大好きなのでしょう?」

 揶揄うように意地悪い声音で寿々花はクスッ、と口元に微笑を浮かべた。

 淡い撫子色の髪の毛をふわっ、と少し浮かせた結芽は、年上の少女を見上げる。宝石のように綺麗な浅縹色の光彩に一筋の輝きが点る。

 「――――」

 暫く何を言うべきか悩んだ風に口を動かそうとして……やがて、小さく首肯した。

 「……うん」

 頭を前に戻して俯き加減に、頭を縦に振る。

 「……………。」

 まさか素直な反応をすると思わなかった寿々花は、気まずそうに目線を逸らし、自らの機能性に優れたスポーツ用の赤いレギンスの太腿辺りを軽く叩いた。

 「――寿々花おねーさん、私ね、〝誰か〟の記憶に焼き付けるような戦いじゃなくて、覚えていて欲しい〝ひとり〟のために戦いたいんだ」

 コツ、コツと甲高い靴底の音をたてながら、天才剣士と謳われた少女は、戦うべき理由を自らに確かめるように語った。

 言い終わってから、結芽は青いマニキュアを塗った爪の一つを撫で、胸の前で軽く拳を握る。

 「……結芽は成長しましたのね」

 「え……?」

 「いいえ、なんでもありませんわ。さ、しっかり護衛の仕事をしませんと、後で真希さんが怒りますわ」

 

 




アンケート回答ありがとうございました。
多分、9月くらいには終わらせる予定に頑張りマス。

本作の終わるタイミングについて

  • 当初の8月中で
  • もうちょっとだけ、伸ばしてもOK
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