刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第232話

 

一羽の雛が、折れた片翼の翼を痙攣させながら、頭上の遥か高い木の場所にある巣を見ている。翼から骨が露出しており、落下のダメージで、じきに死ぬだろう――。

 草むらに隠れた蛇の黄色い瞳が鋭い光を放ちながら、雛の柔らかな肉を狙っていた。

 野生の直感から――雛は、蛇の気配を感じ取りながらも、己の死期が近いのを感じながらも……それでも、巣だけを見詰めた雛は、衰弱した様子でも真直ぐに巣の更に高い青磁の空を素直な目で見つめていた。

 いつか、跳べるはずだった世界を、雛はまだ諦めてはいなかった。

 ぴぃー、と小さく鳴いた。

 最後の力を振り絞った鳴き声は、諦めではなく、その空へと向かう意志を示すものだった。

 

 

 1

 腹部の破れた百鬼丸は冷たい床面に横たわり、鉄臭く生温かい赤い絨毯を広げていた。

 少年の首など、荒魂と化した秀光の力であれば容易に刎ねる事ができた。

 ――……その筈だった。

 しかし、先程から振り上げた《幻夢刀》は百鬼丸の首の辺りまで来ると、軌道が逸れて切先が床面に当たる。

 まるで意志を有するように、何度試しても首一つ刎ねることが出来ない。

 「なぜだッ!! ここにきて、何故なんだッ……」

 右手に握った刀を眺めながら秀光は、鈍色の刀身に映る己の人外の容貌を改めて見た。

 人の頭部形状こそ保つものの、黒鉄色の肌、頬まで裂けた鋭利な口、絶えず口腔から洩れる焔と火の粉。

 鬼のような角も額から生えていた。

 これが、望んだ罰の結果だった。

 己の犯した罪の分だけ、容貌も何もかも醜くなれば、秀光にとっては救われた気になっていた。

 ……その筈だった。

 (叶、お前は今も――意志を持っているのか?)

 小刻みに震えた手元は、過去の少女の姿を反芻し、無力感と困惑に揺らぐ。

 かつて、守りたかった少女。

 どれほど手を、身を汚してでも――守りたかった存在。

 

 「皮肉なものだな。……結局、血脈を滅ぼすために、最後の……百鬼丸を殺すために特別な刃が必要だった――それが、幻夢刀(おまえ)だとは思わなかった」

 自嘲気味に秀光は呟く。

 

 

 

 

『おい、テメェなに勝手に感傷に浸ってんだよ、イッつつ……』

 皮肉がかった口調で、秀光の背後から少年の声が聞こえた。

 秀光が振り返る。

「――――よォ、クソ〝親父〟! ご機嫌はいかがぁ?」

 少年は首を回し、バキリバキリと鈍い音が鳴り響く。

「!?」

 あり得ない、奴は確かにこの刀で腹部を貫き深い『眠り』の底に沈んでいる筈だ。秀光は困惑した。――この刀に斬られた者は、己の欲する『欲望を叶える』夢を見る。現実から遁れ、甘い夢や欲望の中で悠久の時間を過ごす。決して目覚める事はない。

 しかし、現に百鬼丸は刀を頼りにしてよろめきながら立ち上がろうと膝を立てた。

「何を驚いていやがる、〝親父〟」

 その、たった一言が秀光の癇に障る。

「……オレを、父と呼んだか?」

 深い憎悪に充ちた声音で百鬼丸を睨みつける。

 

「――へっ、じゃあ別の言い方で読んでやろうか……おれは、お前で、お前はおれだ」

 腹部を左手で押さえた百鬼丸は無銘刀を杖の代わりに、ゆっくりと血の池から立ち上がり、血に濡れた掌を己の顔に塗りつける。

「流石にしぶとい。すぐに殺せないが……まぁいい。確実に殺すならば、いくらでも方法はある」

 吐き捨てるように言った秀光は、努めて理性的に喋り精神を落ち着ける。

「そうかよぉ、随分とけなげだな。そりゃあ、叶さんにも慕われるワケだ――」

 八相の構えで迎え撃つ体勢をとっていた秀光の手がピタッ、と止まった。

「おい、キサマ! なぜその名前を知っている?」

 あり得ない、この少年がなぜ『轆轤叶』の事を知っているのか? 一瞬、彼の脳裏に疑問が巡る。

「なぁ、お前の敗因を教えてやろうか? その刀を使ったことだよ。……確かに、他の奴だったらその刀はマジで強いはずだわな。……でもな、おれには無意味なんだよ! なにより、そんなに優しい刀を、お前は今まで暗殺だとかロクな使い方してこなかったもんな! その刀の真価を知らずに使ってきたんだからよォ!」

 傷口の激痛を堪えて百鬼丸は、今までの鬱憤を晴らすように怒鳴り散らす。

 

 

 

「ふーっ」と息を整えた百鬼丸は、驚異的な自然回復をみせる腹部を指先で確認し、頭を切り替え刀を正眼に構える。

 

 

「――叶さんに言われたんだ、てめぇを救って欲しいってなぁ! でもな、やっぱりナシだ。テメェは地獄の底に叩き込んでやらなきゃ気が済まねぇぞ」と、口腔に拡がる血痰をプッと床面に吐き捨てる。

 

 

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