刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第233話

 ――荒野と化した風景は、つい先刻までの戦の名残だった。

 旗指物が折れて地面に突き刺さり、荒々しく乾いた風が吹き付ける。鎧甲冑を着た骸の数々が地面に打ち捨てられていた。鴉が死肉を啄み、酸鼻を極める地獄のような風景だった。

 赤い空は夕暮れなのか、朝焼けなのかも分からない。

 周囲を囲繞する山々は枯れた色で、裸木の枝を無数に揺らす。

 そんな戦場に霧雨が降りかかる。

 どす黒い雲が遠方から山際を超えてやがて、猛烈な勢いで来るのだろう。

 ……長く黒い髪を後ろで束ねた少年は、頬に赤黒い血痕を塗りつけ、暗い空を見上げる。

 破損し、折れた武具の数々。

 少年の薄い唇に細かな水滴が貼りつく。

 肩をダラリと下げ、虚ろな目で空では無い「ナニカ」を見詰めている。

 流れる黒雲の間から太い節の音が地響きと共に這い回り、紫の閃光が雲間を駆け抜けた。

 少年の右手に握った刀は血肉と脂がこびり付いた刃に、切先に血流が滴る。

 見渡す限り、幾千幾万の骸の数々が、もう数刻――折り重なって倒れ伏していた。

 無念の死を遂げた人間の死体に群がるのは、鴉以外にも…………魍魎どもが、幽体のまま浮遊しつつ、血肉を啜ろうと彷徨っていた。

 

 切れ長の涼やかな目元が印象的な少年が、高い鼻梁に流れた雨滴を黒髪と共に流す。

 

 もうじき、骸の脂に燻っていた残火の揺らめきも、白雨によって消えるだろう。

 

 この時代、人が人として生きるには難しく、人ではない《獣性》を覚醒させなければ容易く命が踏みにじられた。

 

 長い黒髪の少年は手に持った剣を手放し、ただ降り続く雨に全身を洗わせた。

 ゆっくりと、深い吐息が白く染まり、気温の低下を感じさせた……。

 左腕を空高く掲げ、指の隙間から微かに洩れた雲間の日光に目を細める。

 

 のち、この少年は魑魅魍魎を討伐する武芸者として名を馳せる――――。一説によれば『農民の国』とも友誼を結んでいたという彼の名は……半ば、伝説の中にのみ記されている。

 

 Ⅱ

 (その男の名を冠したキサマの正体は――出来損ないのオレの複製(レプリカ)だ)

 轆轤秀光は、最早、人の姿形を棄て去り、人型の荒魂として存在している。

 刀を正眼に構えつつ、足裏を擦り間合いを測る。

 

 

 「どーしたよ? かかってこいよォ!!」

 肩を怒らせて百鬼丸は吼える。

 秀光の握る刀身に、白と黒の綯交ぜになった長髪の少年を映し出す。

 

 (確かに、昔のオレによく似ているな……。)

 過去の自分を前にした秀光は、内心で独り言ちる。

 

 ――もしかしたら、彼のように純粋な精神で生きる未来もあったのかも知れない。今の己のように復讐鬼となって生きる以外にも道があったのかも知れない。

 ……だが、もう遅い。

 「お前を殺さねば、オレの復讐は終わらんのだ」

 

 


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