刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第235話

 ……私は何もない存在でした。

 ただ、『刀使』になる――その願いが、どこからきたのか。自らの意志だったのか……周囲からの期待だったのか。今となっては、その本心すら定かではありません。

 それでも…………。

 私は、刀使になりたかったというよりも――――〝御刀〟に選ばれたかった。それだけは今でも確かに覚えています。

 あの時――私には刀使になる資格が無く、どうしようもなかった私を、どん底から救って下さった「あの方」にだけは、忠誠を誓おう。そう決意しました。

 

 

 …………たとえ、道具のように扱われても、己の手を汚す結末に至ったとしても。

 

 

 「はぁっ、――――はっ」

 肺病の犬のように乾いた呼吸を口から漏らしながら、皐月夜見は、壁に寄りかかって歩く。

 大量のノロを体内に注入したことで、顔面の半分ほどか人ではない怪物の角と、色合いに蝕まれつつあった。

 右腕は折れ、顔の半分は無数の切り傷で血に塗れていた。

 夜見は、それでも歩き続ける。

 タギツヒメが世界を終わらせようとする最中にあっても、夜見はその終末の儀式に付き従うワケではなく、ただ一心に「あの方」の姿を捜していた。

 「ステインさん」

 夜見は一言、男の名を口にした。

 英雄(ヒーロー)殺しの気狂いな殺人者。

 百鬼丸という少年に執着する異常なストーカー。

 そんな彼が夜見と行動を共にしていたのは、いずれタギツヒメの下へ来ることを予想して同行していたに他ならない。

 利己的な筈の彼が、夜見に対し誓った一つの文言が「お前の剣であり続ける」というものだった。

 正直に言えば、その意味すら夜見は理解していなかった。

 確かに、ショッピングモールでの一件でステインの命を助けたものの、それはタギツヒメの計画に必要な戦力として助けたのだ。

 「不思議ですね、なんで貴方が私なんかを助けたんですか」

 自らの血で視界が赤く染まる中、ヨタヨタとした足取りで、夜見は高層ビルの廊下を進む。

 

 

 東京の中心、高層ビルの屋上。

 ――高津雪那が、タギツヒメから戦力外通告をうけ、罷免された。

 タギツヒメに従うのは、今や綾小路などノロの影響を受けた近衛隊だけだった。

 皐月夜見は、タギツヒメが一気に世界の終末に向けて動き出した時、最早、女神に付き従う必要はないと判断した。

 夜見が離脱を決めたとき、タギツヒメが背中から語り掛けた。

 「お主は、あの方とやらに義理立てをするのだな?」

 まるで、子供が拗ねたような口ぶりだった。タギツヒメを守るように、綾小路の刀使たちが周りを固めているにも関わらず、女神はひどく孤独に見えた。

 「――はい」

 「しかし、貴様はすでにノロに体を蝕まれておるではないか? どうじゃ? お主にはノロを制御するだけの力はあるのだ、此方の側に来るつもりはないか?」

 肩越しにタギツヒメが傲慢な笑みを浮かべた。

 夜見は静かにタギツヒメの燃え盛るような橙色の瞳を見返す。

 「いいえ、私にはあの方以外にお仕えするつもりはありません。……それでは」

 踵を返して、夜見は歩き出した。

 タギツヒメは、微かに肩を震わせた。

 「――ふふっっふふふ、虫けらの出来損ない風情がッ! 調子に乗りおって!! こちらが下手に出ればツケ上がりおって!!」

 突如、激情に駆られたタギツヒメは、二振りの刃を足元で交差させ、夜見の背中を狙った。

 「っ!!」

 咄嗟に振り返った夜見は、刹那の間に襲い掛かるタギツヒメの攻撃にうまく対応できず、剣の風圧と衝撃波で吹き飛ばされた……。

 既に、夜見は刀使としての力を失っていた。従って、《写シ》を貼って体を防護することも出来ずに、地面に転がった。

 バキリッ、と太い枝が折れたような音が鼓膜の奥に響いた。

 水神切兼光を握った右腕が折れたのだと、瞬時に理解した。不思議と痛みは感じなかった。最早、人間から離れようとする己の肉体が、五感の感覚から遠ざかりつつあるのだろう。

 幸い、タギツヒメの攻撃によって致命傷を負うことは無かった。

 それも、すでに夜見の体がノロに侵されつつある証拠であり、咄嗟の防御も荒魂化しつつある己の体がやったことだ――夜見は冷静に理解した。

 (やはり、私には何もできない……何もない)

 自嘲気味に、口端を曲げて夜見は笑う。

 這いつくばった状態から起き上がろうとする。

 ……しかし、その背中を強烈な圧力で踏みつける足があった。

 タギツヒメは、侮蔑するような眼差しで地に付した夜見の背中を踏みつけた。

 「なぜだ、なぜ人間はいつもそうなのだ? お前たちの勝手な都合によって生き永らえる? お前たちはなぜ、この地上に跋扈しようと思うた?」

 憎々し気に、背中に踵を突き刺して踏みつける。

 「――――ッ」

 正真正銘の激痛が、夜見の全身を貫く。

 息をするのが辛い。

 タギツヒメがなぜ、激怒しているのかも、夜見は理解できない。

 「――のう、貴様。ステインよ。貴様は悪を標榜するのだな? では問う。この世界の終末の風景は美しい、どうだ? 貴様も高揚するだろう?」

 タギツヒメが自らの紡錘形の先端から橙色の細線を天空へと延ばす光景をみせて、訊ねた。

 ヒーローを殺してきた男であれば、この世界の終末すらも同意してくれるだろう、と。

 

 

 

 今まで、タギツヒメたちの儀式や夜見への暴行も黙って腕を組み眺めていたステインは、首を微かに傾げて、三白眼をギョロリ、と天空へ向ける。

 

 「これの何が一体面白い? 世界? 終末? ふん、つまらん。オレが求めるのはただ一人――この世界において百鬼丸以外にいない。そもそも、この世界はオレの元の世界じゃない。滅びようがどうでもいい――いや、仮にオレの世界でも構わん。で、あればお前を斃すヒーローが現れるだけだ」

 頬まで裂けた口で、長い蛇の様な舌を動かし、ステインは言った。

 

 「――なに?」

 初めて、ショックを受けたような表情でタギツヒメは凍り付いた。

 しかし、そんな女神を無視して、ステインは地面へと視線を流す。

 「おい、お前がオレの持ち主ならば、お前の願いをいえ。……オレはお前に一度だけ恩義を返す。だからそれを果たすために、ここにいる。言えッ!!」激しく怒鳴った。

 夜見は、弾かれたように頭を上げて、

 「私は……私は、あのお方を追いかけたい。だから、力を貸して下さい。ステインさん」

 左手に持ち替えた御刀の柄を握り、精一杯の声量で告げた。

 

 

 ――……その言葉を聞いたステインは、心なしか、納得したような表情で、背中に交錯させた二振りの刀を引き抜き、タギツヒメに向かって突出した。

 彼の瞳は、真紅に染まっていた。

 夜見の血を吸って荒魂の力を獲得し、かつ、強靭な精神力によって制御しているのだ。圧倒的な精神力によって制御された荒魂の力を自在に操るステインは、元来の身体能力と組み合わせ、荒々しい剣技をタギツヒメにぶつける。

 「――――ッ、厄介な男を招いたものだ!」

 タギツヒメは、吐き捨てるように言ってステインの攻撃を捌く。

 箒を逆立てたような髪が風にそよぐ。

 「行けよ」と、ただ一言だけ夜見にいうステイン。

 夜見は小さく頷き、タギツヒメの足を振り払って、ヨタヨタとした頼りない足取りで出口の方角を目指す。

 

 

 

 「ありがとうございます、ステインさん」

 移動しながら、夜見は何もないと思い込んでいた自分に付いてきたステインに対し、感謝の言葉を伝えた。

 

 だが、タギツヒメと激突しているステインに無論、その言葉は届かない。

 

 (あなたはご自身を、ヒーロー殺しの悪人を自称したとしても……――私にとっては、本当のヒーローです)

 口端から垂れる血筋を拭って、夜見は先を急いだ。

 




とじよみ、良かったですね!
これから先も何か展開してくれればいいなー、と思います。
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