刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第239話

 二人の刀使を前に、タギツヒメの視線は一瞬だけ己の右腕に向けられた。

 細く長い傷口からノロが薄く垂れている。

(――厄介なモノを残してくれたな)

 タギツヒメは内心で舌打ちをして、すぐに目前の二人へと意識を戻す。

 この刀傷を残した相手――ステインは、この場に居ない。

 彼女たちの到着前に「決着」をつけた。厄介極まる相手と激闘の末の決着だった。ようやくの思いで排除したはずだった――だが彼の置き土産だけは別だ。

 タギツヒメにとって文字通り、呪いの産物だった。

 彼の個性……すなわち、《個性》は凝結である。

 通常は人間の血液を一時的に凝固させる恐ろしい能力であるが、ノロを体内で循環させていた女神タギツヒメにすら有効であった。

 しかし、人間とは異なり、膨大な量のノロを体内で溜め込んでいるために、動きを留めるまでには至らず、動きを微かに緩慢にさせる程度だった。

 ……だが、相手となる衛藤可奈美と折神紫が相手であればどうだろう?

(この代償は大きい)

 素直にタギツヒメは認める。

 かの男、ヒーロー殺しとして元の世界で名を馳せた思想犯、ステイン。

 己の計画を小さく狂わせる存在に、タギツヒメは苦々しさを覚えた。

 

 

 Ⅰ

 ……赤黒血染、それが男の棄てた本当の名前だった。

 現在の名を《ステイン(汚れ)》

 鍛え抜かれた筋肉に、熟練した狩人のような眼差しを宿した瞳は、真紅に輝く。

 彼の瞳と同じ色の満月が彼の背中に大きく掛かっていた。

 高層ビルの最上階はさながら、世界を終わらせる儀式の祭壇と化していた。

 ヘリポートの巨大な「H」の印を踏みながらステインは背中に納刀した二振りの刃を翼の如く素早く抜刀し、首を斜めに傾けバキ、と鈍い音を響かせる。

 「ほぉ、我に抗うか」

 圧倒的な神々しさで威圧するタギツヒメは、童女のような声色でクツクツと笑う。

 女神の声を無視してステインは己の両腕を浅く刃で傷つけた。……直後、血液に混ざって禍々しい色合いの蝶が無数に羽搏く。

 蝶たちが彼の体を二つの輪のように斜めに交差して、周回する。

 《吸血蝶》

 ――と、名付けられた荒魂とステインの個性によって生み出された化け物は、主人の忠実な下僕として規律よく運動する。

 ……――夜見の血液からノロを吸い、己の能力としたステインは、自在に蝶たちを操り、敵を遠隔から仕留める術を考案していた。

 すべては、百鬼丸を討ち果たすために。

 (百鬼丸、お前を殺すか、お前が俺を殺すか――ハハ、)

 ステインは、本来タギツヒメとではなく、百鬼丸という少年との闘いを熱望していた。

 だが、不本意ながらもこうして「神」と戦おうとしている。

 これはどういうワケだろう?

 自身でもよく理解できていないステインは、しかし、世界の終焉によって百鬼丸との対決が無に帰してしまう。それだけを畏れた。

 己の血液が刃に滑るのを発見して、軽く血切するように刀身を振った。

 血飛沫から蝶が新たに羽搏き、ステインの目前を舞う。

 「タギツヒメ、貴様は邪魔だ」

 

 

 

 ◇

 (なんじゃ、この不気味な男は)

 改めて、タギツヒメは嫌悪の眼差しでステインを見返す。

 悠然とした足取りで此方に近寄る姿は、所詮人間であるにも関わらず、まして刀使でもない男に恐れを感じていた。

 女神であるタギツヒメの方が圧倒的に力量が上だ。

 にも関わらず、それ以上の犯しがたい不気味な雰囲気を纏っていた。

 「キサマなぞ、異世界から連れてこなければよかった」

 思わず、本音を漏らしたタギツヒメは、冷徹な視線でステインを睨む。

 ステインは畏れるどころか、不敵にも頬まで口を裂いて笑う。

 「そうか……俺も一度はお前を呪った。俺を殺してくれる存在は、本物のヒーロー、オールマイトだけだからだ。……だが、この世界にもオールマイトに匹敵する男が居た。……百鬼丸だ。あの男は、誰に認められなくても、誰かのために戦う。その時、俺はこの世界に飛ばされた意味を理解した。――俺はコイツに殺されるために来たんだ、とな。だからお前ごとき女神に殺されるワケにはいかない」

 断固とした調子で宣言する。

 タギツヒメは、自身が脅威として除外されている物言いに苛立った。

「なぜ、どいつもこいつも、我を無視するのか――それが人間どもの選択か?」

 両手に持った御刀を頭上に掲げ、構えをとる。

 瞬時、ステインの体を周回した吸血蝶たちが一斉にタギツヒメへ殺到した。

 その化け物の群れの裏に隠れてステインは弾丸の如く飛び出す。

 

 ステインは、直感で理解していた。

 ――……この相手には勝てない、という事を。

 しかし、それ以上に気分が高揚していた。

 敵わない相手だとしても、それでも己の貫くための信念、すなわち「悪」を遂行すること。

 絶対の英雄を求めるとき、そこには必ず立ちはだかるべき相手である「悪」が存在する。

 あの、元の腐りきった世界では偽善者の英雄で溢れかえっていた。

 そんな唾棄すべき世界への戒めとして己が「悪」の仮面を被り、悪の行動様式を纏うことで「本当の英雄」に殺される怪物を演じたかった。

 

 

 

 ――……ステインさん、あなたは、純粋ですね。

 

 皐月夜見が、いつの頃だかステインに向かって囁いた。

 普段は感情を表に出さない彼女が、ステインの頬に触れ、そういった。

 ……それは、丁度、綾小路の医務室での出来事だっただろうか。

 その一言に褒めているわけでも、貶しているワケでもなく、素直な感想を述べただけの様だった。

 

 

 …………――私もあなたのように、己の信念を枉げずにいられるでしょうか?

 

 まだ十代の少女が口にするには強すぎる言葉を夜見は、淡々とした調子で続けた。

 

 

 

 この娘は、お世辞にも「強者」と呼べる力はない。

 だが、ステインは知っている。

 単に身体や才能にかまけている奴らよりも、一つだけ相手と彼岸の差を埋める方法を。

 『強すぎる意志の力』

 それこそが、ステインが格上のヒーロー相手に連勝してきた理由だった。

 強すぎるが故におごり高ぶった連中は、ステインの綿密な計画と戦術に翻弄され、息絶えた。

 そして、皐月夜見という少女もまた、戦いにおける重要な要素、戦意を高める「意志の力」が強い。

 

 (――この小娘は、俺か)

どこか、妙に納得する結論をステインは導き出した。

 

 ◇

 「―――――ッ、厄介な男だな!!!」

 目前のタギツヒメが初めて叫ぶ。

 

 ニィ、と口端が大きく歪む。

 「覚えておけ、タギツヒメ!!! 貴様が相手をしているのは、ヒーロー殺しのステインだ!!」

 

 交差する刃が俊敏にタギツヒメに襲い掛かる。

 斬り払う刃の隙間から巧妙に襲い掛かる牙のような斬撃に、タギツヒメはたじろぐ。

 こんな幼稚な戦術でおよそ挑むとは……いや、《龍眼》によって未来視をしても、最も勝率の低い方法で挑むとは思わなかったのだ。

 

 タギツヒメは、完全に己の力量を過信していた。

 ……だからこそ、

 「――――ッ!!」

 腕を微かに傷つけられた瞬間、この男、ステインの刃に自身のノロが付着しているのを発見し、タギツヒメの表情に動揺が走った。

 

 

 

 好機を見逃すはずもなく、ベロッ、と長い舌が刃に付着したノロに伸びて舐める。

 

 「どこまでも相手をしてやるぞ、俺を殺しきれると思うな! 俺を殺せるのはオールマイトと百鬼丸だけだッ!!!」

 蛇のような執念の目と、全てを燃やし尽くす様な意志の炎がステインの魂から燃え盛っていた。

 




……予定より、延びたけど多分年内に終わることができればいいな、と思います。
でも、とじみこ関連はまだまだ続いて欲しい。
公式さん、頼みますよ!


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